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ルシアナの虜

 フレイヤとルシアナの面識は決して多いわけではない。

 何度か庭でシャルドと話しているルシアナを遠くから見た程度だ。

 直接会って話したのは、つい数週間前――ルシアナが王都に帰ってきて、フレイヤが国境砦に訪れる前の僅かの間にあったシャルドのデビュタントパーティでのことだった。

 この国で王族、貴族は十五歳になったら一人前とされ、正式に社交界デビューすることが許される。

 その時、十五歳となった貴族の家で行われるのがデビュタントパーティだ。 

 

 当然、婚約者であるルシアナも招待された。

 彼女もまた先日、十五歳になり社交界デビューを飾ったばかりだった。

 そして、シャルドの母であるフレイヤも当然そのパーティに出席した。

 

(ふぅん、あれがルシアナ・マクラスね)


 近くで見たフレイヤのルシアナへの第一印象は普通の貴族令嬢だった。

 厚化粧を肌の色もほとんどわからないほど塗り固めた蝋人形のような少女。もっとも、それは他の貴族令嬢も変わらない。

 少なくとも、シャルドの好みではないのは確かだった。

 ルシアナは同年代の貴族令嬢に囲まれている。

 随分と派手な装いだ。

 本来、婚約者であるルシアナには、シャルドを引き立てる役目も与えられているというのに、まるで自分が主役のような立ち振る舞い。

 

(……よくもまぁ妾の息子を自慢の道具に使ってくれるわね)


 

 近付かなくても唇の動きでわかる。

 事ある毎に自分をシャルド殿下の婚約者だと吹聴して、それを自慢している。

 しかし、本人が惚気ている様子はない。

 そこにシャルドへの愛は感じられない。

 まるでシャルドのことをアクセサリーの一種としか思っていないように。

 その証拠に、彼女はシャルドに一度挨拶した後は彼の方を見ようともしていない。

 もっとも、それでフレイヤの中のルシアナの評価が下がることはない。

 ルシアナの評判はフレイヤの耳に届いている。

 その評判が事実ならば彼女の振る舞いに何の矛盾もない。

 だが――


(妙なのよね……演技にしては自然過ぎる。なのに嘘の臭いがする)


 気になる。

 気になったら動くのがフレイヤだった。

 彼女は取り巻きに囲まれているルシアナに近付いて声を掛けた。

 

「ごきげんよう、ルシアナさん。こうしてお話するのは初めてだったかしら?」

「ごきげんよう、フレイヤ王妃。ええ、このようにお話できる日を心待ちにしておりました」


 私の目を正面から見据える彼女の胆力には少しだけ驚かされた。

 周囲の取り巻き連中は私に声をかけようとしたが、直ぐに退散してしまったのに。


(それにしても、酷い臭いね)


 香水が流行っているのは聞いていたけれど、ここまでつけると悪臭でしかないとフレイヤは思った。


「フレイヤ王妃、どうせですから紅茶でも飲みながらお話しませんか?」

「ええ、いいわね」


 フレイヤとルシアナの二人が一つのテーブルで向かい合う。

 彼女たちが放つ他人を近づけさせない雰囲気が、パーティ会場に空白地点を生み出していた。

 憐れなのは紅茶を用意するメイドだ。

 この場にいるメイドは全員精鋭を揃えたのだが、それでも随分と緊張している。

 これならまともな紅茶を淹れることはできないだろう。

 そう思ったら――


「あなた、汗をかいてますわね。万が一王妃の飲む紅茶にあなたの汗が入ったらどう責任取りますの?」


 ルシアナが言った。

 そして――


「下がりなさい」


 と命令する。

 フレイヤにとっては、メイドの汗よりもルシアナの香水の臭いの方が気に障るのだが、しかしこの状態でまともな紅茶を淹れられないのは事実。

 フレイヤは彼女に下がるように言った。

 さて、代わりに誰に紅茶を淹れさせたらいいだろうかと思ったところ――


「そういえば、フレイヤ王妃のお母上のゲフィオン様は大層な紅茶好きだったとか」


 突然、ルシアナがそう言った。

 フレイヤはこれまで多くの貴族と対話してきたが、フレイヤの前で世間話でもするかのようにゲフィオンの話を持ちだしたのはルシアナが初めてだった。


「懐かしいわね。ええ、昔はよく家族で飲んでいたわ」

「さぞ美味しい紅茶だったのでしょうね」

「ふふふ、よろしければルシアナさんにも淹れて差し上げましょうか?」

「ありがとうございます。実は少し期待しておりましたの」


 そう言われて王妃は紅茶の準備を始める。

 周囲の人間は気が気じゃない。

 王妃が自ら紅茶を淹れるなんて聞いたことがないからだ。

 しかし、フレイヤ本人はここまでされて、むしろ悪い気はしていなかった。

 フレイヤにとってゲフィオンは忌まわしい過去の記憶であると同時に、懐かしい過去の象徴でもある。

 特に紅茶については、かつて弟のバルシファルと一緒にどちらが母が喜ぶ紅茶を淹れられるか競った思い出があった。

 その風化しつつある思い出を、ルシアナは土足で踏み込んできて呼び起こしてくれた。

 それがただの偶然か、それとも狙ったものかはわからない。

 どちらにせよ、そこでフレイヤはルシアナのことを息子の婚約者ではなく、一人の女性として見た。


「どうぞ、ルシアナさん」

「ありがとうございます……ふふふ、とても美味しい」


 彼女はフレイヤのそんな心の変化を知ってか知らずか、紅茶を飲んでいた。

 とても嬉しそうに。

 その時、彼女は確かに厚化粧の奥にあるルシアナの本当の顔を見た気がした。



 時は流れ、魔法学院の面接にて――


「受験番号51番シアです」


 彼女はそう名乗った。

 それを見て、フレイヤは一瞬で気付いた。


(この子、ルシアナ・マクラスよね?)


 そのシアと名乗る少女は、間違いなく厚化粧の向こう側に見たルシアナの顔だった。


(気のせい? でも声も同じ……)


 髪の色は魔道具で変えているのだろう。

 よく見ると、彼女の腕には髪の色を変える魔道具が着けられている。

 王族や一部の上級貴族しか知らない魔道具だ。

 当然、ヴォーカス公爵ならば手に入れることもできる。

 あの魔道具だけでも、彼女が何らかの理由で変装しているのは間違いない。


『まずは彼にスタートラインに立ってもらいたいです』


 バルシファルの言葉を思い出した。

 シアがルシアナだとするのなら、彼というのはシャルドのことだろう。

 バルシファルがシャルドに剣術指南をしているのは知っている。

 まさか、自分の息子だけでなく、弟までもルシアナの虜になっているなんてフレイヤにとっては青天の霹靂だった。

 しかし、この時フレイヤは気付いていなかった。

 彼女もまた、シアの、そしてルシアナの虜になりつつあることを。

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[良い点] 王族脳焼きレベルが天元突破しているところ
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