呪法薬が効かない
神獣の咆哮によって呪法薬が粒子状になって魔物の群れに降り注いだ。
焼き石に振りかけて蒸気として風とともに送るくらい広範囲に広がることはないが、狙いの魔物に対し確かに強い効果を発揮させることができるこの方法を使った。
だが、これに関しては、事前の計画にはないぶっつけ本番の作戦。
本当に効果があるかどうかもわからない。
「…………」
ルシアナは黙って魔物たちを見ていた。
呪法薬を撒いた中心から次々に魔物が倒れていく中、キールが先ほど言っていた黄色いバンダナのゴブリンをはじめ、何の効果もでていない魔物がいる。
そして、効果が出ていない魔物がもう一匹。
「嘘っ!」
一つ目巨人が、直立してルシアナたちを睨みつけていた。
「効いてないっ!?」
「体がでかすぎて薬が効いてないんじゃないか?」
「そんなはずはありません」
もしかして、あの一つ目巨人も、イエローキャップと同じように、匂いが原因で来た魔物ではないのかもしれない。
そう思ったとき、一つ目巨人が雄たけびをあげた。
何をされたのかは理解していないだろうが、仲間の魔物たちが倒れた原因が、先ほどの神獣の咆哮にある事だけは理解したのだろう。
雄たけびを上げて、その巨大な拳を振るった。
その時だった――
突然、一つ目巨人の巨大な目が白目になり、泡を吹いて倒れた。
「え? 効果があった?」
「巨体だから、薬の効果はあっても、臭いに鈍感だったんじゃないか?」
キールが予想を立てる。
臭いに鈍感な一つ目巨人だが、雄たけびを上げたことで、その後大きく息を吸う必要に迫られ、その時に臭いも一緒に吸い込んでしまった。
それが原因で倒れた。
少し拍子が抜けてしまったルシアナであるが、直ぐに思い直す。
「神獣様っ!」
ルシアナの言葉に応えるように、神獣が遠吠えをする。
勝利宣言ともいえるその遠吠えに、若い個体が逃げ出し始めた。
そこに冒険者たちがやってきて、合流する。
「これ、全部ルシアナ様がやったのか?」
冒険者の一人が尋ねた。
安心していたルシアナはその場で笑って頷きそうになったが、直ぐにそれではいけないと思って高笑いで言う。
「ええ、当然ですわ! この程度私に掛かればどうってことはありません。それより、あなたたち、早く魔物にトドメを刺しなさい。ほら、ぼさっとするんじゃありません!」
ルシアナが命令を出し、倒れている魔物にトドメを刺させる。
冒険者たちは少し呆れた顔をしたが、「貴族のお嬢様に言われっぱなしで終わるんじゃないぞ! てめぇら!」と笑いながら、倒れている魔物にトドメを刺していく。
「お疲れさん」
「ええ、本当に疲れました。でも、これで――」
「ああ、流石にこれだけ倒したら、明日からの魔物もだいぶ減るだろう」
トドメを刺せずに逃げていった魔物たちは元々匂いにおびき寄せられていない魔物たちがほとんどだ。
これだけ恐怖を与えたら明日以降は攻めてくる可能性は低い。
「それにしても、一つ目巨人って、A級災害の魔物だぞ。それを倒すなんて、お嬢様、冒険者としても本当に一流じゃねぇか?」
巨大な斧で何度も切られ、ようやく首を落とされる一つ目巨人を見て、キールが言う。
魔物が殺されるところから目を逸らさず、神に祈りを捧げて魔物の魂の浄化を願いながら、キールに尋ねた。
「それほど凄い魔物だったんですか?」
「ああ、凄いぞ。といっても、本当に凄いのは連携だな。群れで生息する魔物で、仲間意識がとても強いんだ。あんな巨体に複数で迫られたら、普通の冒険者じゃ手も足も出ないよ」
キールが苦笑して言う。
確かに、それは大変そうだとルシアナが思った――その時だった。
「おい、あれ……」
「嘘だろ……」
彼らが指差していたのは森の方に見える人のような影だった。
五人程の影。
だが、妙なのはその大きさ――人よりも遥かに大きい。
そのうちの一体が吠えた。
「まさか、あれ全部一つ目巨人っ!?」
「ルシアナ様、さっきのもう一度頼むっ!」
冒険者がルシアナに一つ目巨人に呪法薬を使うように言う。
だが、しかし――
「ダメ……です」
ルシアナは気付いていた。
彼らが怒っていることに。
仲間を殺された一つ目巨人の怒りが、先ほどの咆哮で彼らに伝わっていたのだ。
彼らは墓守の黴によって作られた小麦の花の匂いにつられてやってきたのではない。
ただ、仲間を追ってやってきただけなのだ。
イエローキャップと同じで、彼らに、呪法薬は効かない。




