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仮設の診療所

 魔物の数が増えてきた。

 その日は、ルシアナはシアに変装して、仮設診療所に来ていた。

 もちろん、香水の嫌な臭いは落とさなくてはいけなかったので時間がかかったが。


「怪我人のうち、白札を貰った方はこちらに来て下さい! 黒札を貰った方はあちらへ!」


 村の女性たちによって、怪我人が案内されていた。

 怪我の度合いによって、軽度の怪我人は白札を、中度以上の怪我人は黒札を渡される。

 白札を貰った人は、一度に纏めて治療をする。

 前に、ルシアナが風呂屋で作ったミストポーションを改良したもので、霧状にした回復薬によって満たされた部屋にいる人の傷を治すことができる。

 切り傷や擦り傷、捻挫や打ち身、他にも軽い骨折程度なら一時間程で治療でき、しかも疲労まで回復するということで重宝している。

 逆に黒札の人の多くは、通常の飲む魔法薬で治療する。

 下級ポーションと中級ポーションの使い分けは現場の判断になるが、ミストポーションに比べて即効性もあり、効果も高い。冒険者にとって、中級ポーションは持ってはいても滅多に使うことのない貴重な薬のため、そんなものを飲んで後から高い金を請求されるのではないかと不安になっている者もいたが、ルシアナからの無料の差し入れだと言われて納得して飲んでいた。

 報酬を十倍支払っている依頼人なら、このくらい破格な薬を使ってもおかしくないと思ったのだろう。

 中には薬を貰っても、それを飲まずに我慢しようとする者も現れたが、中度以上の怪我人のため走って逃げることも怪我を隠しきることもできず、力尽くで薬を飲まされた。

 そして、さらに酷い怪我をしている者には――


「ダメだ! 逝くな、スカル! お前はこんなところで死ぬような奴じゃない!」

「……悪い……自分でもわかる。もう中級回復ポーションでも治らない……」

「死ぬな、スカルゥゥゥっ!」


「エクストラヒール」


 ルシアナは泣いて叫ぶ女性冒険者の横に立ち、その女性冒険者を庇って大怪我を負って治療不可と診断された、いまにも息を引き取りそうな状態の男性冒険者に、なんの説明も無しに上級回復魔法を掛ける。

 目をパチクリとさせるスカルは、上半身を起こし、


「あれ? 治ってる?」

「はい、治療は終わりましたが、失われた体力は戻っていませんから、朝までゆっくり休んで下さいね」

「え? ……聖じょさ」

「違います! あと、ここで見たことは絶対に誰にも言わないで下さい! 中級ポーションでなんとか一命をとりとめたと、そういうことにしてください」

「わ……わかりました」


 ルシアナはそう言って、次の患者のいる部屋に向かった。

 ルシアナが部屋を出て扉を閉めた途端、


「スカルゥゥ、よかった! よかったよぉぉぉっ!」


 と女性冒険者が抱き着き、押し倒す音が聞こえた。


「だから、ゆっくり休んで……まぁ、いいです」

「シア様、お疲れ様。もしかして、魔力切れか?」


 キールがそう言って、水の入ったグラスを差し出す。 


「いえ、魔力切れではありません。まだまだ余裕がありますが……こうも目立ってしまっては、本当に聖女認定されないか不安で」

「いっそのこと聖女になるってのはどうだ? 聖女って、確か貴族から選ばれた場合は、その家を出て教会の所属にならないといけないんだろ? 公爵家から出られるぞ?」

「自由がないじゃないですか。それに、聖女というのは、回復魔法が使えるだけではダメなんです。皆に愛される人徳、人を導くカリスマ、そして何より、他者を慈しむ愛の心を兼ね備えないとダメなんです」

「いや、それってまさに――」

「とにかく、私は聖女ではありません」


 キールにそう言うと、彼が用意してくれた水を飲み、次の患者がいる部屋へと向かった。

 彼女の口止めにより、患者からシアに関する噂が広がることはないが、診療室の小部屋に入ったシアを目撃した冒険者も少なくなく、その後、絶対に助からないと思われていた冒険者が完治して出てくるものだから、いつしかシアの聖女の噂が広がっていくことになる。


「シア様、大変です! ミストポーションを使った患者たちが次々に倒れて」

「なんですってっ!?」


 ルシアナは急いで患者たちがいる大部屋に向かった。

 ルシアナの脳裏に、苦しむ患者たちの表情が浮かび、部屋の中に入ろうとしたが。


「シア様、待ってください、中に入るのは危険です。いま、換気をしていますから」

「そうでしたね……使ったのはミストポーションで間違いありませんか?」

「はい、シア様が持ってきたものを使ったと聞いています」


 換気が終わるのを待つこと数分、仮設診療所を手伝っている女性が扉を開けようとすると――


「ふぁあ、よく寝た……ってあれ? なにしてるんだ?」


 中から欠伸とともに冒険者が出てきた。


「あれ? 皆さん、倒れたって聞きましたけど」

「ん? あぁ、別にやることもないから寝てただけだぞ? ルシアナ様から貰った睡眠薬、あれがよく効いてな」


 戦いによる緊張で眠れない冒険者がいると聞いたルシアナは、睡眠の呪法を込めた呪法薬を数本作った覚えがある。


「でも、皆さんが一斉に眠ってしまったと聞きましたが――」

「あぁ、ほら、ミストポーションだっけ? 焼いた石にぶちまける奴。あれで部屋全体に回復薬の効果が出るんだろ? だったら、睡眠薬をぶちまけても効果が出るんじゃないかって思ってな。みんな、怪我が治るのをじっと待ってるのも退屈だから寝て休みたいって言ってよ」


 それで、睡眠薬を焼き石にぶちまけて、ミストにしたら効果が出た――と冒険者は言った。


「はぁ……勝手にそんなことしないでください。心配したじゃないですか」

「すまんすまん。次からは言ってからするよ」

「次からって、次からは怪我をしないように戦ってください!」


 ルシアナは冒険者にそう注意して、何事も無くてよかったと、他の患者が待っている病床に向かった。

 日に日に増える怪我人の数を見て、このままだと死者が出るのではないかという危機感を募らせながら。

すみません、明日から一週間程出掛けるので、更新ができません。

が、20日、25日と予約投稿はしていきます。26日からは通常通り毎日更新できると思います。


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