閑話 冒険者ギルドの光景
一方その頃の王都の冒険者ギルドの話です。
トラリア王国王都の二箇所ある冒険者ギルドのうちの一つ。
南門の直ぐ近くにあるそこで、冒険者ギルドの職員は右往左往のてんてこ舞いの状態だった。
戦争が始まったと思ったら、今度は公爵領及びその周辺に、墓守の黴の亜種と思われるものが原因で、多数の村が襲われることになると予想され、その支援要請が公爵領の領主町にある冒険者ギルドから届いたからだ。
しかも、それを指揮しているのが、ヴォーカス公爵令嬢のルシアナ・マクラスというのだから、王都の冒険者ギルドも無碍にはできない。
「人員の配置はこれでいい。それより重要なのは物資です。薬師ギルドからの連絡はまだかい?」
「いえ、まだ……あ、今届きました」
「確認するからこちらに!」
「ギルド長、商人から、護衛依頼を受けてもらえる冒険者がいないと苦情が――」
「ヴォーカス公爵令嬢の命令だと言って突っぱねてください。それで諦めるはずです」
職員からの質問を受けながら、薬師ギルドに保管してある回復ポーションの在庫の資料を確認する。
やはり、戦争のためにかなり薬を提供しており、ほとんど在庫がない状況だ。
「こんなときにシアがいてくれたらポーションを作ってもらうんだけどね」
そう言って、それでも薬師ギルドが提供してくれるという数少ないポーションの割り振りをしていく。
その手際の良さに、書類を運んでいた冒険者ギルドの新人女性職員はシェイプシフターに化かされたような顔になった。
「大変です……エリー先輩。ギルド長が偽者です」
「残念だけど、本物よ。あの若さでギルド長をできるのは伊達じゃないってことよ。普段もあれだけ働いてくれたら、私たちも楽になるんだけど」
「じゃあ、僕はギルド長に感謝しないといけませんね」
「どういうこと?」
「ギルド長が真面目に働いて仕事が余裕で手が回っているのなら、僕が中途採用で冒険者ギルドで働けることもなかったかもしれないので」
「……確かに、そういう面はあるわね。なら、せっかく働けた冒険者ギルドをクビにならないように、いまは働きなさい」
「はいっ!」
新人職員はエリーに腰を叩かれ、背筋を伸ばして書類を持って走っていく。
エリーが踵を返すと、背後から、さっき話していた女性の悲鳴と、書類がぶちまけられる音が聞こえたが、忙しいので聞かなかったことにした。
「エリーくん、こっちの整理を頼む」
「わかりました、つじつま合わせですね」
「そういうこと。あとで査察が入って下手に埃があぶり出されたら火事になりかねないからね」
そう言って、ルークとエリーは机を並べて書類の整理に取り掛かる。
それほどまでに、今回の冒険者の大規模動員は前例のない仕事だった。
「にしても、シアちゃんったら、いつの間にヴォーカス公爵令嬢なんかと知り合いになったのかしら。心配ですよね」
「心配? 何が?」
「ヴォーカス公爵令嬢と付き合うことですよ。あのお嬢様、良い噂はあまり聞きませんけど、悪い噂は私の耳にも、もの凄い届いてるんですから」
「あぁ、それは僕も聞いてるよ。シャルド殿下の婚約者だと威張って我儘を言っているとか、侍女に対していつも酷い態度を取っているとか、あとは公爵家のお金を使い込んで貴金属を買い漁っているとか」
「本当ですよ。私なんて、前から欲しかった服が二割引きで売られていて、それを買うか三割引きに値下げするまで待つかで一週間も悩んでたのに」
ちなみに、その服はエリーが悩んでいる間に売り切れてしまった。
ルークは書類の確認と辻褄合わせをしながら、少し考える。
「その噂が事実かはわからないけどね」
「絶対事実ですって。いろんな人が言ってるんですから」
「あぁ、そうなんだけど、どうも噂の出所がわからないんだ。シャルド殿下の婚約者だって威張ってるって話だけど、ヴォーカス公爵令嬢がシャルド殿下と会っている噂はほとんど聞かない」
「きっと相手にされてないんですよ。いくら政略結婚と言っても、そんな我儘なお嬢様と結婚なんて、普通は嫌に決まってます!」
「なら、貴金属を買い漁っているという噂はどうだい? 彼女が装飾品を買っているという話は確かに聞くが、それがどんな商人かはまるで届かない」
「きっと、口止めされてるんじゃないですかね? 具体的な金額を知られたら困るんです。公爵家のお金を使い込んでるんですよ」
「でも、今回の冒険者の派遣の資金の出所は、そのヴォーカス公爵令嬢だそうじゃないか。自分のために装飾品を買い漁ってるお嬢様が、開拓村のために大金を使うとは思えないんだけどね」
ルークはそう言って、処理を終えた書類を裏返しにして、同じく処理を終えて裏返している紙束の上に重ねた。
「それにね、本当に公爵令嬢が悪い人間だとするのなら、これだけの人は動かせないと思うんだよね」
「そうですか? お金と権力があれば私でも動かせると思いますけどね」
「ははは、確かにそれはあるかもしれないけれど、でも、ワーグナーくんは、ヴォーカス公爵令嬢が困っていると聞くと、報酬も聞かずに、自分にできることはあるかと尋ねた。シアくんは彼女のために今後無償でポーションを作ると手紙で言っている。それに、僕たちも、そんな彼女のためにいま、こうして働いているだろ?」
「……私が働いているのはそんな会ったこともないお嬢様のためじゃなく、シアちゃんのためですよ」
「同じだよ。そのシアくんを動かしたのが、公爵令嬢なんだから」
「絶対違いますよ……違いますよ」
エリーはそう言って、仕事に集中する。
ルークも黙って、目の前の仕事に集中した。
体調悪いので、1000文字くらいの閑話にしようかと思ったけど、いつもの少ない時くらいの量になってしまった。