カイトの胸中
カイトの愛を確認したのだが、ならば、ルシアナは気になることがある。
「あの……お兄様。少々、尋ねたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「もしも、お兄様が当主だったとします」
「仮定の話はあまり好きではないのだが――」
とカイトは前置きをし、それでも話を聞く姿勢に入る。
カイトのルシアナへの思いを知らなければ、自分と話すのが嫌なのだろうと思っていただろう。
きっと、カイトはルシアナ関係なく、本当に仮定の話はあまり好きではないのだろう。
ルシアナが重病かもしれないと仮定して、公爵家が保有する医師団を派遣しようとしたカイトの発言とは思えないが。
「もしもお兄様が当主で、私が我儘ばっかり言っていて、評判の悪い令嬢だったとして、それが原因でシャルド殿下から婚約破棄されたとしたらどうしますか?」
前世において、カイトがどういう気持ちでルシアナを追放したのか?
その理由を知っておきたいと思ったのだ。
カイトがルシアナのことを愛しているのはわかったが、前世と現世では違うかもしれない。
父親のアーノルの死がキッカケとなり、ルシアナのことを嫌ったという可能性も考えられる。
逆に、前世でもカイトはルシアナのことを嫌いだったが、兄としてではなく、公爵家の当主として判断し、追放したのかもしれない。
もしもルシアナを嫌っていたから追放したのだとしたら、公爵家から追放されるための条件として悪役令嬢として評判を下げるだけでなく、カイトとアーノルにも嫌われる必要がある。つまり、追放のための難易度が大幅に上がるということだ。
「ルシアナが婚約破棄されたら……か……」
そう言われ、カイトは考えはじめた。
仮定の話が嫌いと言っていたとは思えない程に真剣に考えている。
「あの、お兄様、あくまで、もしも――の話ですから、そこまで必死にならなくても」
「そうだな、そうなったら、ルシアナを公爵家に置いておくわけにはいかないな」
カイトはそう言い切った。
ルシアナにとって、それは望んでいたことであった。つまり、ルシアナの評判を下げるという行為は継続していいということだ。
喜ぶべきことのはずなのに――
「そう……ですか」
少し悲しくなった。
自分で自分のことを我儘だと思う。
「当然だ。シャルド殿下から婚約破棄されたという噂は、直ぐに国中に広がる。まず、ルシアナを妻として迎え入れる貴族は現れない」
政略結婚に使えないルシアナを公爵家に置いておく意味がない。
カイトがそう言っているように思えた。
だが――
「そんなルシアナが王都にいたら、周囲の評価は厳しいだろう。社交パーティに出れば陰口を言われ、惨めな思いをするだろうな。それなら、ルシアナには修道院に入ってもらった方がいい。そうだな、ファインロード修道院がいいだろう」
「――っ!? 何故ですかっ!? 何故、ファインロード修道院に!?」
「聞いた話によると、あそこは非常に厳しい環境にある修道院だが、修道院長はとてもしっかりしている方だ。きっと、ルシアナの評判が悪くなった原因にも向き合うだろう。それに、ルシアナは聖属性の魔力を持っている。そこで聖属性の魔法の使い方を覚えればいい。聖属性の魔法の使い手は貴族の中でも貴重だ。五年もすれば貴族に戻し、評判が広まっていない他国の要人に嫁がせることも私にはできるだろう。そのための労力はいとわないつもりだ」
「そんなことを……考えていたのですか?」
ルシアナの目に涙が浮かびそうになる。
「確かに仮定の話としては考えすぎかもしれないな」
カイトが無表情ながらも、どこか恥ずかしそうに後ろを向く。
ルシアナは前世で公爵家を追放されたとき、カイトの事を恨んでいた。邪魔者の自分を追放したのだと、カイトを恨み続けた。
ファインロード修道院で改心し、自分の罪に向かい合ったことで、その恨みは消えたが、それでもカイトの気持ちを考えようとは一切しなかった。
まさか、カイトがルシアナのためを思って行動していたなんて、脳裏を過ぎったことすら一度もない。
「長話が過ぎたな。ルシアナは病気なのだろう? ゆっくり休むんだ」
「え? あ……そうですね」
ルシアナは自分が病人だと思われていることをすっかり忘れていたことに気付いた。
そんな状態で、確かに長話は不自然だろう。
「また明日来る」
カイトがそう言って部屋を出ようとする。
その彼をルシアナは呼び止めた。
「お兄様、お見舞いありがとうございます。それと――」
ルシアナは胸のつっかえが取れたように、微笑んで言う。
「私、お兄様の妹に生まれてきて幸せです」
「……そうか」
と小さく呟き、部屋を出る。
その時のカイトの頬が、僅かに紅潮しているように見えたのは、きっとルシアナの気のせいではないだろう。