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第五話:父親

今日の食卓は、いつもと違った。父さんがいる。

父さんにあのことを聞きたい。

聞きたくない。やめて。楽しい話をしよう?

聞きたい。

聞きたくない。

聞きたい。

・・・・・・・・・。

ご飯を口に押し込んだ。


「アオ、学校はどうだったんだ?新しいクラスはどうだ?」

と、父さんが聞いてきた。

そんなことより、僕はどうしたらいいか教えてよ。僕、この家じゃ、異質なやつだよ?はは・・・。

なんて、バカみたいなことを考えた。

押し込んだご飯を無理やり飲み込んで、口を開いた。

「ひろみくんと同じクラスになりました。知っている人も何人かいて雰囲気よさそうなクラスでした。」

「そうか、よかったな。」

と、父さんは微笑んだ。

母さんが食後のお茶を入れに台所へ行ったとき、僕はつい口を開いてしまった。

「そういえば、父さん、僕の誕生日は何日でした?」

少しだけ、僕の口元はにやついていたかもしれない。

「アオなに言ってんのぉ??バカじゃない。自分の誕生日忘れたわけー??」

姉がバカにして笑っていた。

しかし、父さんは意味がわかったようだった。

「アオ・・・・」

一番上の姉がテレビに話題を移した。

しばらくして、母さんがお茶をもって戻ってきた。

父さんの顔は静かな顔になっていた。



その夜、僕が寝ようとした深夜十一時。

父さんが僕の部屋のドアをノックして、とても小さな声で父さんの書斎にくるようにと言った。

父さんの足音が去ってから部屋を出た。

いよいよだ。すべてがわかる。

動悸はしたが怖い気持ちは起こらなかった。なんだか本当に冷めた気持ちだった。どうしたんだろう。僕は死ぬのか?

死は、自然に迎えたとき、恐れもなく、戸惑いもなく、穏やかに受け入れられると、なにかで読んだことがある。

でも、実際死んだ人が語ったわけじゃないし。

信憑性などない。

けど、今の僕の気持を表すには最もな言葉だ。



“コンコン”

「入ります。」

父さんの書斎は不思議な香りがする。古い本のにおいだろうか。それとも、父さんのお気に入りの古い革張りの椅子だろうか。なんにしても、僕はこの香りを嗅ぐとなんだか落ち着いた心持になるのだった。


「アオ・・・」

愛しいものでも見るように僕のほうによってくる。

そんな目で見んな。

僕はもう知ってるんだ。

「話してください。」

僕は父さんをよけて革張りの一人がけソファに座った。

「アオ、お前、何でわかったんだ?・・・・・。どうして、・・・・どこまで知ってるんだ?」

「どこまでって・・・・・はは・・・父さん、なんかこれドラマみたいでおっかしいね。

僕はこの家のちゃんとした子じゃなーい!!」

この言い方はなんともひどい言い方だった。僕自身も、しまった…言いすぎだと思った。でも、父さんは怒らなかった。すまないとでもいいたげな顔つきだった。でも、僕の口が勝手に動いた。

「それに、なんと言っても僕の!僕の名前が証拠になってる!!」

「アオ・・・・。ごめんな。父さんは愛した女性がいる。でも、アオ、お前も・・・いや、その女性以上にお前を愛しているよ。これだけは本当だ。だから頼むからこれから話す話を、怒らずに、恨まずに、聞いてくれ。」

「いいよ。」

僕の声は自分でも驚くほどとても冷たかった。

「私は、何不自由なく育ってここまできた。今では小さな会社だが、前は結構な会社だったから父さんの人生は決められたようなものだった。だから大学では思いっきり遊んでやった。そこで、父さんはあの人に会ってしまった。碧に・・・・。」

父さんの口から僕の名前じゃない『碧』という名前が出て、初めて僕の頭はパニックになった。泣きたくなった。

「碧とはある講義が一緒だった。なぜだか私は知り合うずっと前から碧が気になっていて、目で追ってしまっていた。そしてあの日がきた。

広場のベンチに一人で座っている彼女を見つけた。私は考えることもなく、体が勝手に動いて彼女に話し掛けていた。



『あの、僕と同じ講義とってますよね?昨日講義さぼっちゃってプリントとか、もらえなかったんですよ・・・。もうすぐテストだし、ちょっとコピーさせてもらえませんか?』

彼女はきょとんとしていた。私の言葉は作られたかのような用意された言葉だったし、おかしいと思われたかな、と思った。

『どの教授の講義ですか?ごめんなさい、私あんまり、人を知らないので・・・・。』

単に私のことを知らないだけだった。

『あぁ、こちらこそゴメン。いきなりだもんね、僕は桜井秀彰です。

えっと、村上先生の講義なんだけど・・・』

『あぁ!それならちょうど今持ってます。よかった。はい、どうぞ。』

彼女は白い細い手で僕にプリントを差し出した。

『ありがとう。これ、今日借りていってもいいかな?明日もこの講義あるよね?その時返すよ。』

私はどうしても“この次”につなげたかった。

『いいですよ。明日よろしくお願いします。じゃあ、私次の講義があるんで・・・。』

といって彼女は去っていった。


私はプリントを返すときに彼女をお茶に誘った。プリントのお礼にという口実をつけて。そして、碧と初めていろいろと話せた。とてもうれしかった。講義のこと、趣味、最近の映画や、好きな本のこと・・・・・そうして私たちは雑談をする友人になった。うれしかった。本当に何故だろうね・・・・・私は彼女に“僕の恋人”になって欲しいとはちっとも思ってなかったんだ。ただ知り合いになりたくて、ただ話してみたくて、ただの友人でもいいから彼女と知り合いたかったんだ。それが、何回目かの雑談で、家庭の話になった・・・・。私は将来は決められていたけれど、それも別にそれほど反抗するようなことでもなかったし、父も母も厳しかったがとてもよく育ててもらっていた。という話をさらっとした。彼女はうっすらと優しく微笑んでいて『いいね。』とか『素敵な家族ね。』とか『幸せね。』とか言っていた。私が碧に碧の家族はどうなんだ?と聞いたとき、少し悲しそうな顔をして父親がアルコール中毒で、ひどい人だったから、碧が大学に上がるときに両親は離婚した。碧は母親についていき、貧しい家庭を助けるためアルバイトをいくつもかけ持ちしていて、それでも家庭が金銭的に苦しいから一度は大学を辞めて就職しようと思ったけど、でも、やっぱりどうしても大学で勉強をしたくて大学以外の時間をアルバイトに費やしてやっとだけれど大学に通えていることがとても嬉しい。と、恥ずかしそうに言った。私はこのとき自分はなんてバカな奴なんだと思った。決められた将来があるから、大学では遊ぶだなんて、なんて最低な奴なんだと思った。恥ずかしいのは私の方だった。それと同時に、碧を守ってやりたいと思った。必死に生きている碧を支えてあげられる奴になりたいと思った。そして・・・・」

「手紙を出したんでしょ?」

「そうだ。あぁ、あれを読んだのか、じゃあ、もうそこからはわかるだろう。父さんは何度も振られた。碧は自分はふさわしくないから、といって。でも、あきらめなかった。人生を一緒に歩いていくのはこの人しかいないと感じていたから。そうしてやっと付き合えるようになったんだ。」

「じゃあ、どうして、父さんは母さんと結婚したの?」

「父さんの父さんと母さんは厳しかったといっただろう?そのせいなんだ。父さんの父さん、つまりお前のおじいちゃんとおばあちゃんは世間体を気にした。『片親の子供となんか結婚するもんじゃない』とかなんとかね・・・・・。碧もやっぱり自分はふさわしくないとずっと思っていたらしく、だんだんと私を避けるようになった。そして、大学も卒業して僕が会社に入る頃、碧は姿を消してしまった。私はあなたにはふさわしくありません。どうか、他の方と幸せを築いてください。という手紙を残してね。その時の私は何もかも捨てて彼女と駆け落ちするほど度胸がなかった。今思うとそうしていればよかったと、心から思うよ。・・・・・・。私は気が抜けてしまって空っぽになった。そんな時、父がお見合い話を持ってきたんだ。『お前の好きなタイプだろう』とか『この女性なら家柄もいいし、頭もいいし・・・・』とかどうでもいい御託を並べてね。私は別に碧の外見が好みだったからって彼女に惹かれたわけじゃないのに。

でも、空っぽだった私はどうでもよくて親の言いなりになってそのままお見合いすることになった。実際母さんにあったとき、外見がなんて碧にそっくりなんだろうと思った。そこから興味をもって、何回か会って話を重ねるうちに母さんを好きになったよ。これも嘘なんかじゃない。本当なんだ。母さんのことが好きだったから、結婚したんだ。そしてそれなりに幸せに暮らしてきた。お前の姉さん達が生まれて、会社も順調にいって、おじいちゃんから会社を継いだ。そして・・・・忘れもしないよ・・・・十七年前の十一月十三日。私は、碧に偶然あったんだ。」

あーあ、十七年前だって・・・・・僕は十四歳だ。僕の最悪の考え、そうはなってほしくなかったあの考えがきっとこれから父さんによって事実になる。

僕は絶望したまま父さんの話を聞きつづけた。

「あの日、私は会社の用事で仙台に出かけたんだ。新幹線からおりて、駅から出て、バス停に並んだ。並んだ列の二人前、白いブラウスにロングスカートを穿いた髪の長い女性がいた。そう、碧だった。まさか、と思った。でも、次の瞬間には私は彼女の肩をたたいて“同じ講義を取ってましたよね?”と話しかけたんだ。彼女はビックリした顔をした。それから一瞬ためらって“はい”といって笑った。私は母さんのこともお前の姉さん達のこともこのときは忘れてしまっていた。空気が、私達が、あの頃のままだった。私はその日、日帰りの予定だったが用事が延びたことにして仙台に泊った。それまでのことなどたくさんたくさん話したんだ。

それからは何ヶ月かごとに仙台で碧に会っていた。初めのうちは母さんも仕事だと思っていたようだが、二年目ぐらいから疑ってきた。最もそのころは本当に仕事も忙しかったから、そのうえ碧に会うのに嘘ついて家をあけるから家にいる時間がかなり少なくなっていたんだ。だから、母さんに気づかれてもしょうがない状態だったんだ。だけどそんなときに碧はまた別れを告げてきた。」

「手紙でしょ?それも読んだ。」

「そうか。なら、わかるだろう?その後お前が碧のなかにいることがわかって碧がもう一度だけといって連絡してきた。そうなんだ。今まで黙っていてごめんな、お前は碧の子供なんだよ。」

僕の心を無視しないで。苦しいよ。

黙って!!

「ごめんな。それで、碧はどうしても産みたいと言ったんだ。認知してくれなくてもいいから、とか、私の家庭には迷惑をかけないように子供と生きていくから、とかね。でも、それがダメになってしまった。碧はお前を産んで身体を壊してしまったんだ。もともと身体が弱いほうだったからね。そこで私が提案したんだ。お前を私の養子にとね。母さんはそのときまだ生きていたおじいちゃんとおばあちゃんに早く男の子を産んで欲しいとプレッシャーをかけられていて多少ノイローゼ気味にもなっていたから、私が母さんもおじいちゃんとおばあちゃんも説得してお前を養子とするのを認めさせたんだ。それから碧といっしょに手続きをすませて、お前を引き取った。母さんもおばあちゃんもおじいちゃんも碧や私の心配なんか一瞬で吹き消すほどお前をかわいがってくれたよ。でも、碧はそれを知る前に死んでしまった・・・・・。悲しかった。どうしようもなく悲しかった。お葬式にも大学の時の友人としてでた。それからはずっと毎年お墓参りに行っているよ。お前も今度一緒に行こう。」

何を言ってるんだろう。今までの僕をぶち壊すような発言をしておいて、何を言ってるんだ?僕の母さんはこの家の母さんだけだ。

「これがすべてだ。私がお前に話せるすべてだよ。さあ、もう遅い。寝よう。なにか知りたかったらまた聞きに来るといい。でも、母さんにこのことは言わないでくれ。このことは母さんは知らないんだ。頼む。」

なんて情けない父親なんだろうか。こんな親はいらない。

でも、でも、僕のたった一人の父さんだ。父さん・・・・・僕を支えて。壊れないように・・・・・

「わかった。」

それだけ言って書斎をでた。自分の部屋に入ったとたん涙が頬をつたった。僕の存在は家族のなかで異質なやつだった。十四年間の僕は嘘ものだった。父さんは情けない男だった。父親ではない情けないただの男の姿を見てしまった。それでも父さんだけが本当の僕を知っていて、しかも本当の僕を本当に思ってくれている父さんだ。僕を壊した父さんが唯一の支えみたいなものになってしまった。僕に未来なんてあるのか?

母さんは僕を本当に愛しているだろうか?

あれほどまで憎いと思っていた人の子供を愛するだろうか。

母さんはきっとうすうす気づいてる。

僕が『あの人』の子供かもしれないことに・・・・・・・・。

父さんは平気で母さんに嘘をつく。だから母さんもすぐに疑う。二人とも家族を、自分を守りたくてやっていることだろうけど、僕はどうしても悲しかった。

僕が悲しくなったところで何も変わらないけど・・・・・・

ねえ母さん、父さん、僕を家族だと思ってる?

僕を愛してる?

僕を・・・・・

母さんは・・・・・・・・・・・

憎んでる?・・・・・・・・・・・・・・・

それがたまらなく怖いんだ。


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