第二話:父と母の過去
翌朝、僕は5時に家を出た。誰にも・・・家の中の誰にも会いたくなかった。早く学校に行って秀作やひろみとバカな話をして笑いたい。そしてうまくこのことを忘れたい。助けて・・・・・
こんな早くから学校はあいてないだろう。どこかに行って時間をつぶさなきゃ。
そう思って、近所の小さな公園に足を進めた。早朝の公園は人の姿もなく、見えない小鳥のさえずりが聞こえるだけだった。ベンチに座ってぼんやりと昨日の口論を思い出した。
“今年もまたあの人の命日がきますね・・・・あなた、また行くんでしょ?”
“もう、変な感情はありませんから。”
“あなたのことを信じていますから。”
“彼女は私の学生時代の恋人だ。”
“特に思い入れはない。”
“おまえと婚約するだいぶ前に別れていた。”
“あなた・・・信じていいんですよね?”
誰のことなんだ??
自分が養子かもしれないという会話にだけ気を取られていたが、思えばこの会話のついでに僕のことが出てきたみたいだった。
『あの人』って誰なんだ?
命日ってことは『あの人』は死んでしまっているってことだ。
しかも、『あの人』は父さんの学生時代の恋人。
母さんは『あの人』に変な感情を持っていた?
父さんをしきりに信じたがっていた。
つまり、疑ってるってことだ。
変な感情ってのは・・・・・『あの人』と父さんとの関係を怪しんでいたってことか???
なんでそこに僕が出てくるんだ???
・・・・・・・・・。
考えは一つ浮かんだが、あまりそうは思いたくない。
確かめなくちゃ。
そうじゃないといい。
僕の考えなんか、ありきたりなドラマのシナリオのようだと笑えるように、真実があるといい。どうか、そうであって・・・・・。
神様なんか信じてないけど、いま信じるから、どうか、そうではないようにしてください・・・・。
そして、その日学校が終わるとすぐに家に飛んで帰った。
あれほど誰にも会いたくなくて早くに出てきた家に飛んで帰るなんて、自分でもおかしい気がした。しかも・・・・これから僕がしようとしていることは僕自身を苦しめるかもしれない・・・・。
でも、みつけなくちゃいけない気がする。
真実を・・・。
アルバムや写真があるのは、屋根裏だ。そこに行けば父さんや母さんの学生の頃の物も何かあるかもしれない。
不審な動きと思われないように、そっと屋根裏へあがった。
埃っぽい空気がただよっていた。
ダンボールがいくつもおいてあり、本棚には本なのかアルバムなのかとにかくいろんなものが置いてある。
写真。
まず写真を探そう。父さんたちの話していた『あの人』がわかるかもしれない。
まず、父さんのアルバムを見た。まあ、あたりまえかもしれないけど、ほとんど写真が貼られていない。やっぱり、アルバムにはないよな、さすがに。
ダンボールをいくつか見てみよう。そう思ってひとつひらいた。
埃がふわっと舞ってけむい・・・。
写真がきちんとした木の箱にしまわれている。
ひらいてみると、それは若い頃の母さんの写真だった。大学生の頃のように見える。何枚かは今の母さんの面影のあるものだったけど、ほとんどは今とは全然違かった。とても活発的な女性で、キャリアウーマンにでもなるような、スーツ姿やショートカットの髪。よく似合っているのに、なぜ今は長い髪をおだんごにまとめて、着物を着込んでおとなしい明治時代のような女性になっているのだろう。父さんとの写真が見当たらない。
たしか二人は大学で知り合ったはずなのに・・・・
写真を何枚か見ていくとやっと父さんの顔に会った。
だけどそれは父さん一人の写真だった。何枚かあったがそれもみんな父さん一人の写真だ。しかもこちらを見ているものは少なかった。ほとんどが何かどこか他を見ているような、そんな写真ばかりだ。
一番最後の二枚の写真に父さんと母さんのツーショットがやっとあった。
それは母さんがもうおとなしめの女性になっているもののようだった。
木の箱をどけると、下には何冊かの本とノートが出てきた。
あと、ハードカバーの日記帳が2冊。
日記・・・・
開いてみた。
九月九日
今日もあの人と話せなかった。
もっと勇気が欲しい。あの子のように。
気軽に話し掛けられたらいいのに・・・・。
それともあの子は彼女なのかしら???
九月十四日
今日あの人と初めて話せた。
すごくうれしい。
アイスをくれた。友達の友達のあたしに。
優しいんだなぁ・・・・もっと話したかったのに、恥ずかしくてうまく話せなくて・・・後悔。今度こそ話し掛けるぞ!!!
九月三十日
ショックなことがあった。
あの人に会って軽くおじぎをしたのに、無視されてしまった。
あの人にとってアイスをあげただけのただの友達の友達であるあたしは知り合いなんかじゃないのかしら・・・
悲しい・・・・
十月十一日
あの人が遠い。
どこまでもどこまでも遠くにいる人みたい・・・・。好きなのに。
話してみたい。なんでこんなに好きなんだろう。明日はお休み。
この気持ちもお休みしたい・・・・・・・・・
十月二十七日
あの人に彼女がいることが分かった。
やっぱりあの子がそうだった。
なんか・・・・・気持ちがうまく整理できない。
母さんは誰かに片思いをしていたようだ。
父さんだろうか?
そして『あの子』が僕の探している『あの人』だろうか???
十一月九日
つらい。つらいつらいつらい・・・・・・
あの人はとってもとってもあの子のことが好きみたい。
あたしがずっとしたいと思っていたこと全部全部しているあの子が・・・
憎い
十一月三十日
あの人の好みに合わせようと思う。
髪はロングに顔はうすいナチュラルメイク。
おとなしそうな、女の子。
全くあの子みたい。
十二月五日
今日あの人の写真をもらった。友達がこっそりとってくれたみたい。
嬉しい。どこかを優しそうに見ている。
やっぱり好き。
あの子のこと忘れてあたしを好きになって・・・・
なんて、バカみたい。
十二月二十日
もうすぐクリスマス・・・・
あの人はきっとあの子と楽しく過ごすんだろうなぁ・・・・。
あたし、もうあの人のこと諦めようかな。
他の誰か、適当な人とつきあって、あたしも楽しくクリスマスを過ごしたいな。
十二月二十四日
やっぱり、ダメだ。
あたし、あの人が好きなんだ。
どうしようもないくらい。
好き好き好き。
この気持ちはどうしたらいいの????
今日はイヴなのに、寂しくて苦しいよ・・・・・
母さんは本当に恋する女の子だった。
父さんのことが本当に好きなんだ。
ぼくが読んでいても心が苦しくなるほどだ・・・・・。
それなのに、報われない思いだったんだ。
『あの子』がいるから。
『あの子』はやっぱり、『あの人』だろうか・・・
父さんの記憶が欲しい。
ダンボールを手当たりしだいにあけた。
一個目はなんだか古い洋服。
二個目は父さんの幼少時代のもの。
三個目にやっと目当てのものが見つかった。
アルバムとは正反対に写真がたくさんたくさんあった。
そのほとんどがふんわりとした女性とのものだった。きっとたぶん、この人が『あの子』で『あの人』だろう。なんだか、今の母さんの感じに似ている。
父さんは日記なんかつけそうもないな・・・
なんかないかな・・・・
ごそごそいじっていると、手紙が大量に出てきた。
なんだこれ・・・・
秀彰さんへ
秀彰さんの気持ちは、とてもとてもうれしいです。
でも、わたしは、秀彰さんには似合わないものです。
あなたは長年続く旧家の跡取りで、わたしは、父の大酒飲みが原因で別れた母と団地住まいの貧しいただの女子大生です。
どうかわたしなんかではなく、もっとあなたにふさわしい素敵な女性とお付き合いしてください。あなたの幸せを心から祈っているのです。
お手紙で申し訳ありません。
碧
碧?
・・・・・・・・・・・・・・。碧?
僕?
意味がわかんない。なにコレ?『あの人』って『あの子』って、僕?僕と同じ名前なの?
女・・・・・・・母さんの憎んだ、父さんの愛した女の名前が僕につけられた・・・・・・・・・??
あの考えが浮かんだ。最悪のそうは思いたくない考えが、よみがえる。
やめて!!!
まだ分からないじゃないか!父さんはたまたま碧という女性を愛して、その文字を知って、その文字が気に入って、僕につけたかもしれない。
もしかしたら、その女性を愛したのはもともと気に入っていた文字を名前としてもっていたからかもしれない。
いくらだって他の考えが出るだろう???
なんなんだよ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
本当に何なんだろう。
怖い・・・・・・・・・・・
怖い怖い怖い怖い怖い!!!
もうこんなこと、知りたくない。
父さんも母さんも僕が成人になったら教えてくれるみたいだったし、それまで僕は気づかないでいたい。ただの普通の中学生だ。そうしていたい。今日はもうやめよう。
というか、もう、調べるのをやめてしまいたい。
ただ、そんなことは出来ないことは僕が一番よく分かっていた。
後戻りも、知らないフリもできない。これは現実だから・・・。
父さんと母さんの過去はいったい今の僕に何をあたえるのだろうか・・・・。
手紙を何通かと、母さんの日記の二冊目を持ってダンボールを元に戻し、屋根裏を出た。
居間に行くと、夕食の準備がされていた。
「あっアオ!お姉ちゃんたち呼んできてくれない?もうすぐご飯だから。」
「うん・・・・。」
いつもどおりの母さん。そりゃそうか、もし本当に僕が養子だとしても、今まで十三年間普通に普通に接してきたんだから変わるわけない。
僕だけが昨日知ってしまっただけで、後は普通の普通の・・・・毎日にすぎないのだから・・・ははは。
「姉さん、ご飯だって。降りて来いって。」
「はぁい。」
広い広い畳の部屋。今日も父さんは遅くって母さんと姉さんと姉さんと僕の四人の夕食。
いつもと、いつもと同じ風景・・・。