第一話:転校生
またあの夢だ。ただの青いだけの夢。
「アオっアオっ、起きなさい。学校に間に合いませんよ!!」
今はもう二十一世紀だけれども、世の中はたいして進化していない。いまだに世界は何万年も前と同じく戦いを繰り返していた。
ただそんなことは僕の人生には格別関係のあるものではなかった。
たいしてかわらないもの。関係あるのは、明治からもっているこの古く大きな家と母さんが毎日着る着物だけだ。
代々受け継がれてきたこの家はガスと電気と水道を通しただけであとはそのままだった。ただっ広い畳の部屋で家族五人が正座でご飯やお味噌汁を食べる。これまた明治から動きっぱなしの柱時計が刻々と時の音を告げる。ただそれだけ。それがなんだか息苦しかった。
階段を下りるとみんなはもう朝食をとっていた。
おととし一緒に住んでいたおばあちゃんが死んでから、僕の家族は五人。
父さんはひいひいお爺さんが起てた会社だかなんだかの社長だ。といっても、小さな会社だ。だから別に僕が継がなきゃいけないとか、そんなのはない。
母さんは専業主婦で、僕の家はわりと亭主関白型。
二人の姉さんがいて、一番上の弥生姉はもう二十歳だ。女子大生で、わりとあそんでいない。まじめ。二番目のさき姉は十七歳。本人は青春真只中の今が旬のseventeenだとうるさい。
ぼくはいま十三歳。今年中学に入ったばかりだ。なんともない。ただの中学生。
毎日毎日おんなじことの繰り返し。それもなんだかどうでもいい。
「アオ、ちゃんと宿題やった??」
「うるさいなぁ・・・やったよ!母さん、もう中学生なんだから、やるに決まってるでしょ・・・」
「でも、アオって小学生の頃一回も宿題やらなかったじゃない」
弥生姉が余計なことを言った。
ガチャガチャと茶碗と箸を台所へはこび、荷物を持った。
「ごちそうさま。」
「いってきます」
急ぐように家を出た。
『アオ』っていうのは、父さんがつけた名前で、『碧』と書く。
父さんは、この『碧』という字が好きらしく、男の子が生まれたらずっとつけようと思っていた名前らしかった。
小学校一年の頃、学校で『青』という字を習って帰った日、母さんと父さんに自分の名前だといい『桜井 青』と自信満々で書いて見せた。
すると、父さんは僕に平手打ちをした。
怒った。
おまえは『碧』なのだと教え込まれた。
なぜ父さんがそこまであの『碧』という字にこだわるのか、不思議でたまらなかった。けれど、父さん自身に聞いたことはなかった。
聞いてはいけない気がしたのだ。
「アーーーオっ はよっ!!」
後ろからどつかれた。
秀作だ。
「お前知ってっか?今日転校生がくるんだって。かわいい子だといいよなぁ・・」
「何で女って決め付けてんだよ。男かもしんないだろ。」
そう言うと、秀作はニヤッと笑って言った。
「女なんだよ。実は俺、昨日もう会っちゃったんだよね。顔は見てないけど・・・職員室から出て廊下歩いてるとこ見たんだよ。長い髪をみつあみにしててさ、白いワンピースで。絶対かわいいって!」
なんで絶対って言い切れるんだよ!と言おうと思ってやめた。
秀作はそういう奴だからだ。いつもバカみたいに信じきって決め付けている。
ま、それがいつもそのとおりになるわけじゃないんだけどね・・・・。
朝のホームルーム。
秀作の言ったとおり、転校生がきた。
黒板に白いチョークでパキパキした字で『南山 ひろみ』と書かれた。
そいつはきちんと立っていた。学生服に身をつつんで・・・
僕らと同じ学ランを着て・・・・・・
秀作に向かって小声で呼びかけた。
「秀作っ!秀作っ!どこがかわいい女の子なんだよ!!どこに長い髪があるんだよ!?」
「あっれ〜おかしいよ!!ホントに俺はみつあみの白いワンピースの子見たんだって〜」
「南山ひろみです。 よろしく。」
南山ひろみはそっけなく自己紹介をしてあっという間に席についた。
しかも僕のとなり・・・・
そのあと、休み時間に僕は南山ひろみに話しかけてみた。
「南山くん・・・僕、桜井 碧っていうんだ。よろしくな。」
「アオ??」
『南山 ひろみ』があきらかに「変なの」って感じの顔をした。
「そう、めずらしいだろ。しかも、普通のこう書く『青』じゃなくて・・・」
空に指で『青』と書いて説明した。
「こっちなんだよ。この『碧』。碧海とか碧玉とかの。オヤジがえらくこの字が好きでさ。」
また空に『碧』と書いてみせた。
そして最後に
「変だろ」
と、笑ってつけくわえた。
「ヘぇ・・・・。俺もさあ、結構変な名前じゃん?『ひろみ』って女みたいじゃんか?でも、お前みたいな【変】もあるんだな。お互い大変だな。」
といって笑った。
意外と普通な奴だ。
これが最初の印象。
半年も経つと、僕らは結構な仲になっていた。ひろみはやたらにものをはっきり言うが、(初対面で人の名前を変と言ったやつだしな・・・・・)おもしろいやつだった。ひろみはひろみで秀作の『絶対』がツボらしかった。
学校はそんな感じ。別に普通。
何も起こらない平和な毎日。宿題をせずに先生に怒られたり、秀作とひろみと放課後ゲーセンに行ったり、テストで散々な点数をとっても紙ヒコーキにしてへらへらしてた。
楽しいし、まぁいいかって感じ。
だけどその平和な毎日に亀裂が入る日がとうとうきてしまった。
中学入学から八ヶ月目、十一月の十七日。
深夜十二時、眠る前に水を飲みに階段を下りて居間を通り過ぎ、台所へ行こうとしたとき僕の名前が聞こえた。父さんも母さんもテレビもつけずに2人でたんたんと話している。
「今年もまたあの人の命日がきますね・・・・あなた、また行くんでしょ?今年はわたしも連れて行ってください。もう、変な感情はありませんから。あなたのことを信じていますから。アオのコトだってもう気にしていません。だから・・・・」
「またその話か。何度も言っただろう。彼女は私の学生時代の恋人だ。特に思い入れはない。おまえと婚約するだいぶ前に別れていた。だからもう関係ないんだ。去年命日に墓参りをしたのはたまたま彼女の親に仕事で関わっていたからだ。もうそれも今年の三月で終わった。だから今年は行かないと何度も言っただろう。アオは本当に施設からもらった子だ。なかなか男の子ができなくておまえが苦しんでいただろう。だから一人で行って手続きをしてきたんだ。おまえだって認めて自分の子のように育てたじゃないか。」
「あなた・・・・本当に信じていいんですよね・・・」
「あぁ」
「アオには、成人をむかえる時に話そう。それまでは黙っていよう。」
「えぇ・・・」
のどがカラカラだ。
でも、手には汗がびっしょりだった。
急いで部屋に戻った。
ものすごく鼓動が速くなっていた。
異様にふるえがして、考えが追いつかない。
ふとんをばさっと敷き、すぐにくるまった。落ち着きたかった。
寝てしまえば、それは夢だと思えると考えた。
でも眠れなかった。
僕が養子だって????施設からもらってきた????
ありえない。
こんなこと・・・・ドラマのなかの話だ。
僕が原因で口論を?
ははは・・・・
笑えない。全然笑えない。
だって2人ともいたって冷静で真面目にしゃべっていた。聞き間違えるわけがない。僕のなかには恐怖が居座っていた。