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第十二話:ひろみ2

私は泣いてばかりもいられなかった。家族はもちろん、クラスメイトでさえ、私と碧にどんな関係があったかなんて知らないのだから。

私がいつまでも悲しみ泣いていると“まわり”が変な目で見始める。

私だけが見られる分には一向にかまわない。

だけれど、碧までもいっしょに変に見られては困る。

まして私が悲しむのを碧のせいにされたくない。


なんで?

どうして?


しだいに私の空虚なこころには疑問が浮かんできた。

大切な碧が自殺した理由はなに?


まさか私と同じ理由なんかじゃないよね?

それはない。

だってわかるもの。

碧はそんな理由で死んだりしない。

「人間失格」をしっかり読める人だから。


じゃあ、どうして?

私、理由なんか知りたがる人間だったかな?

でも、でも、どうしても知らないと私、私、世界を神様を恨んでしまいそう。

だから、どうしても碧が死んでしまった理由を、それも自ら選んだ理由を知りたい。


そうだ。それを知らないと私は死ねない。

死ねない。


わたし、碧を死に連れて行ったものを決して許さない。見つけ出して引きずり出して引き裂いて消してやる。


そう決めてから、私の行動は早かった。まず、クラス内や学校内の碧の友人に声をかけてみようと思った。でも、それは私がずっと泣いていては変な目でみるにきまっているのと、同じことを引き出しかねないというのを即座に理解した。そしてその必要もないこともわかった。なぜなら、あれから校内は静かにだけれどもかなりの興奮と不安をもって碧の話題が繰り広げられていた。

当然自然に耳を澄ませばその話は私の耳にも入ってきた。

そうしてわかったのが碧とこの学校になんの問題もないってこと。

そして、碧と中学が同じで親しい人がこの高校にはいないこと。

このとき気づいたのだけれど、私と碧は同じ中学校だった。

どうしていままで気づかなかったのか不思議に思ったけど、私たちはそれほどお互い自身について話していなかったことに気づいて当たり前だと思った。

お互いを近くわかっていたけど、現実のかかわりをさもないようにしていた。

私たちの関係ってなんだったのだろう。

そんなことも考えたけれど、そんなことよりも私の思考を行動を傾けなければならないものがある。

だから、私は碧と中学が同じだった子に碧と親しかった人の名前を聞き出そうと思って、クラスが違う碧と同中学出身の子に会いにいった。


他人のクラスを覗くと、そこは同じ学校内なのにまるで異世界のようにも感じられる空間だった。私はドアの近くにいる人に尋ねた。

「佐久間くんっていますか?」

座っていたその男子生徒は日焼けした男の子に近づいて行って、こっちをみながらその子に話していた。坊主頭で日焼けしたその男の子が不思議そうにこっちを見ながら近づいてきた。

「なんですか。」

「あの、私1組の・・・・」と言いかけた時、坊主頭の佐久間くんは『またか』とでも言いたそうな顔をした。

「桜井君のことなら知らないよ。俺だって面識少しあったくらいだし。一回も同じクラスになったことないし。」

まるでもう何回も碧のことについて尋ねられてうんざりみたいな口調だった。

「私も同じ中学だったんです。」

そういうと、佐久間くんは「えっ」って顔をした。

「あの、どうしても知りたいことがあるんです。碧と親しかった方のお名前教えてもらえませんか。」

「どうしても知りたいことってなんなわけ?自殺の背景とか?あんた、同じ中学だったならわざわざ俺に聞きにこなくてもわかんじゃないの?」

いやな口調だった。

正直こんなやつと口をききたくはなかった。でも、私には目的がある。

「あの、私、高橋青子といいます。あの・・・私、中学は同じだったんですけど、高校になってから碧くんと出会って、その・・・・付き合ってたんです。」

自分でも言うのにためらった。

嘘をいくつもついてきたのに、こんなに言いにくいウソは初めてだった。

また佐久間くんの顔が変わった。

「それで・・・・」

涙ぐむつもりもなかったのに、『碧』という名前を口に出しただけで涙が頬をつたった。

佐久間くんは急にやさしい顔つきになった。

少しだけ、“佐久間くん”をくだらないと思ってしまった。


「もう少し人のいないところにいこう?」

と佐久間くんは教室を出て、生物実験準備室に入った。

そこはほこりっぽくて、変色したカーテンごしに日がさしていて、変なサンゴや生物の標本の古いものがあった。

「ごめんね。あんな言い方して。桜井君について言ってくるやつが多くて。うんざりしてたんだ。で?」

そんな言い訳はいらない。

どうせこいつも同じだ。死んだ彼氏に泣いた彼女は特別。

愛を尊ぶ立派な人ってわけだ。

「あの・・・・親しかった人のお名前を教えてほしいんです。できたら連絡先なんかも・・・」

「あー・・・どうかなあ。俺、さっきもいったけど、本当にあんまり桜井君と接点なかったから。あ。でも、秀作と仲良かったって聞いたな。俺、秀作とは同じクラスだったから。秀作の番号でもいい?」

とケータイを出してきた。

なんでもいい。碧の理由を知れるなら。死に連れて行った憎いそれを引き裂けるなら。

そうして“秀作”とやらの電話番号を教えてもらって、帰ろうとしたとき

「高橋さん・・・もし、何か辛かったら、話いつでも聞くから。」

ありがとう。でも、そんなものいらないの。

そう思ったけれど、一応「ありがとう。」と言って実験準備室を出た。

放課後さっそく“秀作”に電話をした。

「もし」

とだけ聞こえた。

「あの。」

「え?うわっ女?」

「私、桜井碧くんの・・・・」

「ああ。佐久間から聞いた。彼女だっけ?」

彼女・・・・そうだ。そう言ったっけ・・・・。

「あいつ、彼女なんていたんだな。俺高校変わってからあんま会ってなかったからなー知らなかった。で、なに?」

なに?の口調がものすごくぶっきらぼうだった。

「碧くんが・・・あの・・・」

「なんで死んだか?そんなの、知らないよ。俺だって。」

冷たい人、なんて思わなかった。私だってこう答えたに違いない。

世の中って案外とても冷たいの。

その方がみんな都合がいいから。

当り前のことだわ。変に甘いほうがどうかしてる。

「でも・・・」

ぶっきらぼうな秀作の口調が変わった。

「俺、覚えてる。一回だけあいつに相談されたんだ。一回。たった一回。だからまさか、そんな大事になんかなってないと思うけど。でも・・・だって・・・」

「あの・・・大丈夫ですか?」

「ごめん。詳しく話すよ。今度の日曜でもどう?駅前のマックで。」

「はい。」


そうして、会うことになった。

別に、会わなくてもいいのに、と私は実際思っていた。電話で済ませたかった。

というのも、顔を覚えられたくないのだ。

日曜、マックでポテトとシェイクという喉につっかかるような組み合わせを持って待っていたのが秀作だった。“ポテトとシェイク持ってるから!”ということを目印に指定したのは秀作自身だった。

「こんにちは」

「あーこんちわ。えっと、青子さんだっけ?」

「そうです。」

「あれ?君は食べないの?なんにも?買ってくれば?俺、待ってるからさ。」

「じゃあ・・・」とレジに向かった。別に食べたいものなんかないけど、買わなきゃいけないみたいだし・・・。

そうして私はコーヒーを手に秀作のもとへいった。

「あんた、それだけ?ふうん。コーヒーって苦くね?俺、絶対一生コーヒーとか飲まないね!」

どうでもいい話が何分間か続いた。

「あの。いいですか?聞いても?」

そう言うと、秀作の顔がこわばった。

そうしてシェイクを飲みにくそうに吸っていた。

「“覚えてる。”って、電話で言ってましたよね?なんなんですか?」

シェイクをプレートの上に戻して秀作は下を向いたまま口を開いた。

「覚えてるなんていったっけ?まあ、どうでもいいや。あのさ・・・俺、3年の時にあいつから一回だけ相談されたことがあるんだ。たった一回っきり。だからてっきり大丈夫で終わったんだろうって思ったんだよ。」

どうしてこんなに支離滅裂な感じなんだろう。

感情が先に口から洩れてしまってる感じだ。

「だから、アオのじ、自殺・・・に関係あるかどうかはわかんないけれど・・・」

自殺って単語を言いたくなさそうだった。

「いいんです。なんでもいいから。あなたが印象に残ってることだけでいいからそれだけでいいですから話してください。」

秀作は顔をあげて、私を見て、またポテトに目を落として話し始めた。

「夏休みだったかな。相談があるって電話きたんだ。珍しいよ。碧は全然自分のことを話さなかったから。へらへらしてて、いつも楽しそうだったし。だから宿題写さしてもらえるし、相談にものろうって俺、珍しく意気込んで行ったんだ。したらさ、あいつ、自分のことじゃなくて、人のこと相談してきたんだ。それもすげー真剣に。」

「人のこと?」

「ああ。俺ら、俺とアオとひろみってやつでつるんでたの。2年の時。で、三年の時、俺らクラスが分かれたんだけど、ひろみとアオは一緒だったんだ、アオが相談してきたのはひろみのこと。ひろみが、その、なんていうか、目をつけられてるっていうか、あーもう。なんつーの?言うならいじめ?受けてないかとかなんとか。」

「それがどうしたの?」

いってから気づいた。しまった。いじめに対して“それがどうしたの?”なんて普通の反応じゃなかったかな!?心配するべきだった????

「いやあ、それがさ、あいつ、助けたい的なこと言ったんだよ。俺もいっしょにって。」

よかった。やっぱり世の中は私が思ってるよりも暖かくない。生ぬるくない。冷たい場所だった。自殺をもって知ったことだ。

「でもさあ。やばいじゃん。目、俺らまでつけられたら。それにそんなに深刻そうでもなかったしさ。ひろみも普通だったんだもんよ。すぐ飽きて終わるよって俺、言ったんだよ、アオに。そのまま俺帰ったんだ。その後なんの報告も相談もなかったから、ひろみのことは終わったんだと思う・・・・。」

なんでこんなに言葉を濁すんだろう。

「その、ひろみくんって人、教えてもらえません??」

自分でも驚くほど直感的にものを言った気持ちがした。

「え?ああ、別にいいけど。でもさ、俺が今言ったこと、黙っててくれる?俺、おかしい???」

「わかりました。言いません。おかしくなんかないですよ、少しも。」

普通だよ。あんたは。それがこの世界のスタンダード。誰も映画やドラマのようにはならないって。わかってるから、大丈夫。あんたは普通。

むしろ“秀作”の話をきいて、私の心はますます碧に吸い寄せられた。碧は“秀作”にも私にもない私の言う映画やドラマにだけ残る、私のこの世界に対する最後の期待があったんだと確信が持ててきた。

「じゃあ、これ。」

とケータイを差し出してきた。

「ここ。赤外線」

「はい。」

すると“南山ひろみ”という名前とともに“ひろみ”のメールアドレスと番号が私のケータイに入った。

「ねえ。あんたさ、なんでそんなに知りたいの?」

「え?」

こいつ、私に似てるな。少し前の私に。碧と会うまでの私に。そして今の私に。

自分でだってわからない。こいつに似ているからなおさらわからない。

私、普段ならこんなに知ろうとしない。すべてどうでもよかった。これじゃまるで私が本当に“かわいそうないい彼女”をしている。

私の言う、私がこの世界に期待しすぎていたことを私自身が行っている。

「そうだな。知りたいの。じゃないと、私も死ねないの。」

そう本音をもらして、席を立った。

本音を言ってしまった。私の心に変化が起きていたの?

本音なんて吐く必要もなくて大嫌いなことなのに。

でも、どうだっていい。

秀作とやらとはきっともう二度と会わないに違いない。


日曜の街は賑やかすぎる。自分の生きる力をまわりに吸い取られてしまいそうな気持ちになる。歩いているのもつらい。立っているだけで、気がめいる。

めんどうくさい。もう。なんもかんも。ああ。重いな。体も空気も重いな。どうしよう。倒れてしまいそうだ。

どうして、私はここに生きていなければならないの?

どうして死ぬ権利もないの?

私、無宗教だし、バツもないと思うのよ。

ああ。もういやだ。碧に会いたいよ。

息が吸えないよ。

もう目だって見えない。街中なのに視界がぼやける。

いやだ。

いやだ。

だめだ。

まだ知らなきゃいけないことがある。

やらなきゃいけないことがある。

そう思えば、まだ生きていられる。

もう家に帰ろう。

“南山ひろみ”に連絡しよう。

そして、早く知るんだ。碧のわけを。

また夢をみたいな。

起きているときに碧に会えれば見られる夢。

世界に残ったたったひとつの期待。


私はその日家に帰っても“南山ひろみ”に連絡しなかった。

家に帰ってすぐに部屋にこもってそのまま寝てしまった。

夢を見た。

久しぶりにみた夢だった。

真っ白な中で誰かが泣いている夢。

私は手をいっぱいに伸ばして、呼びかけるのに、消えてしまった。

目が覚めると私は泣いていた。

涙が流れた頬が濡れていた。濡れた頬をこすったら、なんだか無性に碧を思い出した。会いたいとこれほどまで思ったことはなかった。

私の今の場所は、ここは、すべてがひどく冷たくて痛くて、思い出せば思い出すほど、あの頃のあたたかさと今の冷たさが際立って、混乱した。

朝のホームルームが終わった後、“南山ひろみ”に連絡した。

電話には出られないだろうと思ったから、メールにした。


件名:はじめまして。

本文:高橋青子です。碧くんのお友達の南山くんに会ってお話したいことがあるんですが、今日会えますか? end


いきなりでもう誘いのメールだったけれど、別にどうでもよかった。

できるだけ早く知りたいんだ。そうして、その原因を引き裂きたいんだ。


放課後にケータイを見ると、返信が来ていた。


件名:Reはじめまして。

青子さん。秀作から聞きました。今日、会えます。6時に駅でいいですか? end



件名:無し

はい。お願いします。 end


すぐに返信を打って駅に向かった。

まだ四時だ。

駅そばのカフェに入って行きかう人を眺めてコーヒーを飲んだ。

誰も彼もみんな全部憎らしくなった。私が失ったものを、この人たちはまだ、いまだに手にしているんだろうか。どうして、私が失わなければならなかったのだろうか。この世界は、私を嫌っているの?

もう、早く解放されたいのよ。




「ごめんなさい。待ちました?」

ぼんやりしていたら時間に遅れた。駅に向かうと“南山ひろみ”らしき人が立っていた。有名私立校の制服を着ていた。

「待ったよ。本当に。俺、6時って言った?」

「言いました。ごめんなさい。本当に。」

「いや、いいよ、別に十分くらい。それより、俺が本当に言ってないかと思っちゃった。俺、よく待ち合わせするとき場所言い忘れたり、時間言い忘れたりするからさ。」

そう言って、“南山ひろみ”はケラケラと笑った。

結局駅に近い別のカフェに入って話すことになった。

「碧の彼女なんだっけ?」

いきなりさっくりした口調で聞いてきた。

「はあ・・・」と言葉を思わず濁してしまった。

「ふうん。でさ、聞きたいことって、俺と碧のこと?だっけ??」

「そうです。仲良かったって聞いて、どんなこと話していたのか聞きたいんです。なんでもいいんです。碧が悩んでいたこととか。」

「ああ、そういうこと。」

そういって“南山ひろみ”はアイスココアを飲みだした。

1分ほど黙って、ひろみは口を開いた。

「彼女なら言ってもいいかな。碧と俺には秘密協定があるんだ。」

と悲しい笑顔をした。あの日の碧みたいな、悲しい笑顔だった。

そうしてまたゆっくり唇を開いて話した。

「俺もアオも家族についての秘密があるんだ。俺はそれをアオに吐き出したことがある。そうしたら、アオは“自分にも秘密があるって。辛いって。それをいってしまうかもしれない。だから、お前も僕に言えばいい。”って。そう言ったんだ。俺、本当にアオに救われた。結局アオの秘密が何かは聞かなかったけど、それでも、アオは俺にひとりじゃないっていう安らぎをくれたんだ。それから・・・・」

続けようとした口が、黙ってしまった。

ひろみは泣いているようだった。うつむいて、顔は見えないけれど、泣いていた。


それからひろみは顔をあげて、息を吸って吐いて、また話し始めた。

「俺、いじめ受けてたんだ。」

知ってます。でも言いません。言うなって、“秀作”が言ったので。

「それでさ、そのいじめってやつ、ばれないようにやんだよね。うまいよね。相手もさ。それに俺も知られたくなかった。いじめられてるなんて。誰も巻き込みたくなかったしね。勉強も忙しかったし。なのに、アオだけは気づいたんだ。俺、言ってないよ?なのに、あいつは気付いたんだ。一回聞かれたよ。“いじめられてんじゃないのか?”って。でも、その時は否定した。絶対にかかわるなって、釘打っといたんだ。本当にアオはどうしても巻き込みたくなかったんだ。ほかの誰でもない、アオだけは。なのに、アオは・・・・」

「助けたのね?」

口が動いた。

「そうなんだ・・・あいつ、俺が公園でリンチ受ける時に、来て、それで、一緒になって、殴りあって、殴られて・・・・俺、アオを本当に尊敬したよ。なのに・・・・」

悲しい。ひろみは泣いていた。泣かないで。きっと碧はそう思ってる。碧はあなたを大事に思っていたんだわ。

「ごめん・・・あなたが泣いていないのに、俺が泣いてちゃ、しょうもないよね。実は碧が助けてくれたのに、俺はそれをアダで返しちゃったんだ。」

「どういう意味?」

「アオは、俺に対するいじめのとばっちりを受けたってでもいうのかな・・・。」

そう言うと、ひろみはまるで頭を下げて謝るかのような体制になっていた。そのポーズのまま彼は話し続けた。

「俺を助けたから、俺をやってたやつらが、アオにもムカついて、アオもターゲットに入れたんだ。俺、最初のころはまだそれに気づいてなくて、言ったろ?うまいんだよ、いじめる奴らは。でも俺も気付いた。だって俺もやられてたんだからね。もしかしてって思ってつけたら、案の定だったってわけ。だから、俺、学校に行くのをやめたんだ。きっと俺が原因だろうから。俺を庇うから、あいつらもアオにムカつくんだよ。俺がいなくなればいいと思って。その後はいじめなかったんじゃないかな。そう願ってたけど。」

「確かめなかったの?」

自分でも驚いた、少し怒りを帯びた声だった。

「うん。登校拒否してることもアオに言わなかった。言ったらまたアオは平気だから学校に来いって言うに決まってるから。なにも接触できなかったんだよ。俺がいじめられてないってことが重要だったんだ。そうすれば、アオは俺を庇う必要がない、だから木庭たちもアオにムカつかない。そうだろ?」

そう言われてみれば、そんな感じも・・・・・。

あれ?今、“南山ひろみ”はポロッと加害者の名前を言った???

“木庭”って。

「だから俺、なんとかアオとの距離を置こうとしたんだ。だから、それ以来あまり会ってない。」

また悲しい顔をしている。ひろみはひろみでなにかを抱えているとわかるような表情だ。

でも胸騒ぎがとまらない。

「その、木庭ってやつ、どこの高校言ったか知ってる???」

「え?」

ひろみが怪訝そうな顔をした。

「教えてほしいの。大丈夫、あなたのことは言わないから。ねえ。お願い。」

私があまりに必死そうに映ったのだろうか、ひろみは一瞬眉間にしわを寄せて、

「あいつら、たぶん、公立は全部落ちたと思うよ。いいところの私立にはもちろん入れないし。どうだろ。ああ、あそこじゃないかな。俺も確信があるわけじゃないけど、これはあくまでも俺の予想だけど、桜一河高校じゃないかな。あそこ、ここらへんで一番偏差値低いところだから。」

偏差値低いって・・・。そっか、木庭って人、頭悪いんだ・・・・。それをこんなにはっきり言うひろみって・・・・。

「ありがとう。あなたに会えてよかった。」

「こっちこそ、ありがとう。アオはずっと俺の親友でヒーローだから。それを伝えられる人がいてよかった。」

少し恥ずかしくなるようなこともこんなにもはっきりと言った。

ひろみはそういう人なのだと、やっとわかった。

ひろみと別れたあとも私の胸騒ぎは止まらなかった。なんだろう。胸がざわざわして、怒りがこみ上げてくる。ああ、逢いたいな。碧に。

わかってる。

わかってる。

逢えない。

でも、どうしようもなく逢いたいよ。

なんだろう。狂いそうなこの感覚は。

ただ逢いたいだけなのに。

今はこんなにも不可能なことなの?

ねえ。木庭はあなたに何をした?

私の毎日。

首の皮一枚でつながっている生首みたい。

ふっと思ったら死んじゃいそう。

こういうの、世間的には病気なのかな?そんなことないのかな?本当はみんなそうなんじゃないの?

だって思う。みんなきっと何のために生きているわけでもないんじゃないかって。本当はみんなわかっているのじゃないかって。でも不安だから、ふっと死にそうになるから、必死に何かでカモフラージュしてるんじゃないかな?

でも、みんなそれでどっちが本当かわからなくなるんじゃないかしら。

そうしてみんな誰も彼も満足そうにして、そうして他人に目もくれないで、幸せを求めて、純粋なふりでもして、いいえ純粋と思い込んだ不純者になって悪びれず悪いことを平気でできるようになる。そうして、世間一般の“いいこと”を他人にすることで、自らを“いいひと”に作り上げて、幸せになるんだ。

意味なんてあるもの、この世にないんじゃないの?

私は腐っている?いやなこ?

ねえ。どうして私はどんなに頑張っても、なにもないのかな。

努力が足りないんだわ。

でも、もうずっとそうなら、いまさらもういいや。

ねえ、なら、なおさら、どうして私にたった一つしかなかったこの世のすべてを持っていたモノをさらっていったの?

これは誰への問なのかな。

一生抜け出せないトラップの中にでもいるのかな?

それとも一生抜け出せない悪夢のなかかな。

もう、どっちでもいい。

消えてなくなることすらできない私に、もう何も残っていない。

考えるトラップに絡まったら、私はいつも碧を思い出す。

なんでもないことを思い出しては涙が流れるけれど、これは不純なのかな。

ドラマの影響なのかな。こんな風に泣くの、馬鹿みたいかな。

でも止まらないの。誰にも知られたくない。いいえ、知られてはいけないんだもの。そうして最後にまたたどりつく。

必ず碧の復讐をしてやろう。

たとえその相手が神様であっても。

ねえ、私のたった一つ、それはなんでもない、あの日々にだけ詰まっている。

だからもう、これからの私なんて意味どころか存在もないのよ。

あるのは碧の死の理由をさぐることだけ。

どこまでも私は碧に依存していっているような気がする。




眠ったら一生起きないような気がするけど、それでも朝がきて、それは私に絶望を感じさせ、そうしてまた私は目をあける。

こんなことを考えるのは、罰あたりだと、わかっていた。

それでも、それは、私のなかでは朝が来ることのほうがずっとずっと私自身への罰となっていたから、どっちもどっちなんじゃないの?なんて思うの。


木庭。

木庭という名前しか確かな情報がない。

しょうがないから、中学のアルバムを開いた。

もらってから一度も開いていなかった。

インクのにおいがこもっていた。


1組から順に目を通していった。

不思議なことに碧を見つけることはなかった。


時間もないし、すべるように目を左から右に流していった。

いた。

木庭修司。

幸いにも“木庭”という苗字の男子生徒はひとりしかいなかった。

少しも笑わず、だけれど、見ているこちらがとても不愉快になるような表情だった。こばしゅうじ。こいつの顔を頭に焼き付けて、アルバムを閉じた。

放課後、ひろみが言った、馬鹿な私立学校に行ってみよう。

行ってどうなる?何百人といる生徒のなかから、この顔をひとりひとり探すのか?しかもその学校に確実にいるというわけでもないのに?

自分でもおかしいと思っていた。でもそうせずにもいられなかった。

どうしようもなく早く知りたかった。

ううん。知ろうとする行為を行っているということが必要だった。

そうでないとまた蘇る。あの声もあの顔もあのすべてが、私をどこかにつれていってしまう。壊れるような波がやってくる。

まだ怖いの。

だから、碧にまたしがみついてしまう。

それを理由にしてしまう。

それでもそこにも意味があるのだと、私は必死に思った。


学校にどうやっていって、どうやって教室に入って、どうやってすごしたのか全く覚えていない一日の終わり、もう何度も迎えた。

それでも、私の体はただただ動いて日々を過ごし、“生活”している。


ひろみの言った馬鹿な私立学校、桜一河高校の校門が見える場所に立ち、ケータイをいじるふりをした。

部活組が帰路につく七時半になっても、アルバムから焼き付けた顔は通らなかった。

しまった。そうだ。その木庭がどうして真面目に学校に来ているという前提を私はもったのだろうか。

もっと考えれば、間違いがもうひとつある。

アルバムをみたなら、最後の住所録も見ればよかった。

そうすれば家まで行けたじゃない。

ああ、馬鹿みたい。


今日はもう遅いし、マックによってひとりでご飯でも食べて帰ろうと思った。

桜一河高校から駅に向かって3分ほど歩いたところにあったマックに入った。

マックって、いつ来ても子供の巣窟のようにうるさい。

特にこの時間帯と休日の昼間は学生が山ほどいて、会話が成り立たないほどだ。

そんななかで、チーズバーガーセットを頼み、一人で座れるカウンター席についた。



「まじかよー。それ、はんぱなくねえ!?」

「だからよ、俺、一発かましてやったの。したらよー」

「はー?お前、女でも殴れんのかよ。」

「関係ねえだろ。」


はあ、今日は失敗ばかりだ。

後ろのボックス席がうるさい。

さっさと食べて出ていこう。

そう思ったとき、



「だから怖ぇよ、木庭は。」



え?



「うっせ!」



木庭って、言った?

そうだ、木庭なんて苗字そうそうない。

そして、ここは桜一河高校の近く。

私の今日の目的は木庭修司に会うこと。



ゆっくりと後ろのボックスに目をやる。



そこにはアルバムから頭に焼き付けた顔が少し日焼けしてあった。



私は“さっさと食べて出ていく”のをやめた。

木庭たちが出て行くまで、のろのろと食べた。

木庭たちが席を立ち、ごみも捨てないで店を出るのに合わせて私も出た。


木庭と仲間がいるうちに会っちゃだめだと私は本能的に思った。

木庭が一人になるまで待つしかない。

木庭一人でも、私は怖くてたまらなかった。


さっきの会話が頭を駆け巡る。



「女でも殴るのかよ。」


どうしよう。


どうしよう。


頭の中はパニックなのに、足はただただ木庭の集団をつけていた。


「そういや、あいつ自殺したらしいよ。」

「はあ!?誰が?」

「だから、アオ。桜井アオだよ。中学の。」


私の全神経がこの会話に向けられた。


「まじかよ、やばくねぇ?俺ら。」

「いじめが原因だったとか言われて見つかったらやばいって。」

「馬鹿だろ、お前ら。俺らがやったっていう、証拠ある?ねぇだろ?それに、誰も証言しないぜ。証言するやつなんかいねぇよ。あのひろみとかいうやつ以外よ。」木庭がそう言った。

一人の男がおびえる風にまた言った。

「ひろみがいったらやべぇじゃんか。」

木庭は得意げな顔をした。

「だっからおまえらは馬鹿なんだよ。ひろみが言うと思うか?アオをいじめだしたら、登校拒否したやつだぜ?そんな奴に何がいえんだよ?」

「だ、だよな。そうだよ。ははははっはは・・・・」



私の心は静かだった。

ひどく静かで、それでもあいつらにただただ死が訪れることを思った。

それがたとえ人工的でも。

碧をそう追い込んだように。


私は自分の口角があがるのを感じた。



それからどうやって家に帰ったのか覚えていなかった。

ただもう、木庭を消すこと、それだけを考えた。

碧にしたように。

お前にも死をくれてやろう。

私はもう、なんでもいいのよ。




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