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第十一話:転校生2

それから、お母さんの言うとおりに家で休養して、読みたくもない本を読んだり、見たくもない写真をみたりして一か月過ごした。

だから、高校に登校できたのは、6月の中旬からだった。

お母さんは、まだ、もう少しゆっくりと休ませたかったみたいだけれど、身体はもう完全に元に戻っていたし、休む理由なんかない。

どうせ、何もないのだから。

学校へでも、どこへでも行って、なんだってしてやる。


私はどうやら“転校生”ということになっていた。

持病があるってわけでもないし、ただ病気では、他にどのような影響がでるかもわからない。といらぬお世話がいろんなところで働いて、私をいたわるかのように“まわり”の大人たちがそう決めたらしかった。



実際私はこの地の人間ではなかったから、転校生として扱われるほうが、楽でもあった。

私はこの地に、中学になった年に引っ越してきた。

まだ3年しか住んでいないため、地理や習慣なんかもわからないことがあったから、“まわり”のみんなの目にもリアルに“転校生”に映っているようだった。


ばからしい。と思いつつも私は演じ続けた。

毎週学校や親がすすめたカウンセリングも受けてやった。

カウンセラーが答えてほしそうな答えをいつも答えた。

にっこり笑っていれば、誰にもなにも言われない。

毎日を楽しく生きているふりをした。

そうしたら、ある『お友達』に「青子ちゃんは毎日楽しそうでいいね。私もそうなりたい。」と言われた。

どう?私はうまくやれてる????



笑っちゃうね。



私は自分が、他人の心を汲み取り、そしてそれに応えようとするとは反対に、

周りが私の心を一つも汲み取ることもなく、気付こうともしないことにいらつくことが多い。

でも、それもすべて私のせいなのだ。

私は自分を分かってもらおうとしていない。

うまくだまそうとしか思っていない。

くみ取られないようにしている。

だからこれは私の正解なのだ。

なのにどうして、私はいらつくのだろう。




どうしても死にたくなると、私は屋上に続く階段や歩道橋や橋の上に行く癖ができていた。

決してそこから飛び降りようという気は起きなかった。

ただ、下をみて、そこを動く人たちを見て、私はトンビになっているんだ。

ただそれだけのこと。

それが私を救うの。

なぜだかなんて、考えない。



ある日、いつものように私は歩道橋にいた。

煙たいような、埃っぽいような空気が漂うなかだった。

ここから見える人間は、なんて恐ろしく早く動いているんだろう。

みんなどこに向かっているんだろう。

そんな人々の上をゆっくりゆっくり旋回するんだ。

夢みているような心地いい気持ちになってくる。


「何してんの?」

びっくりした。

いきなり声が聞こえた。

いつもコレをしているときは周りの雑踏もひそひそ声も聞こえなかったのに。

“どうして?”って思った。

これは、運命だったのかな?

そんなこと、関係ないね。

どっちにしろ、私たちは出会った。

それだけが重要なことだ。

ゆっくり振り返ると、そこに、碧がいたんだ。

「何してると思う?」

と、にっこり答えた。

私の口が勝手に動いた。

そこに立っている男の子は線の薄い人だった。

肌が白くて、優しそうな目。

なのに、誰にも言えないほど、とてもとても、悲しそうな空気だったんだ。

色で言うなら、ものすごく薄いブルー?

その男の子の薄い唇がゆっくり動いて言葉を作った。

「わかんない。」

驚くほど素直に“わかんない”を口にしたその男の子にまたびっくりした。

私は、“わからない”といったことがない。

いつも思っているのに、相手が期待しているだろう答えは知っていたから、いつもそれを答えた。

「わかんないの?」

とちょっと気取って言ってやった。

この人に、この素直な人になら教えてもいいかな。と思った。

「しょうがないな、ここに立ってみて。」

男の子は小さな声で驚きの声をあげたようだった。

私は自然ににっこり笑っていた。

嘘の笑いではなくて・・・・・。

「ね。飛んでるみたいでしょ?気持ちいいでしょ?死にたくなったらここに来るの。私、生まれ変わったら絶対にトンビになるから。」

と男の子に向かって言った。


男の子の薄い唇がまた開く。

「トンビ?普通の鳥じゃダメなの?なんでトンビ?」

また、素直に質問してきた。

「トンビじゃなきゃだめ。ああいう風に空を飛ぶの。」

そう言って、私は歩道橋の下のほうを向いて、両手を広げて髪を持ち上げた。

気持ちいい。いつも飛んでいて気持ちいい私は、地に足をつけてこの男の子にこのことを話したことを心地よく思っている。なぜ?



しばらく沈黙が続いて、それでも私も男の子もそこにいた。

「名前は?」

私の声が沈黙をやぶった。

「アオ」

とぶっきらぼうに男の子が答える。

「アオ?」

私は驚いた。私と同じだ。

これは運命だと思った。

運命でなくてもいい。

私の運命なら、私が決定できるに違いない。

私の運命は碧そのものだから。

「私と同じ名前ね。私、青子っていうの。」

「青空のアオ?」

男の子が悲しそうに聞く。

「そうだよ。きみは違うの?」

「違う。碧玉のアオ。」

男の子の“違う”はまるで自分を否定するかのように強く強く聞こえた。

「じゃあ、みどりのアオだね。」

そう私が言うと、碧はうっすらとだけ、笑った。

その後、碧は「じゃあ」とだけ言って、街に消えていった。


また会えるかな?

そんなことを思った。

他人なんて興味ないのに、あの“碧”にもう一度会いたいと思った。

なぜ?


私はひとりで死んでいても同じような生活をしようと思っていた。

人に期待をするのはもうやめたはずだった。

碧は別?



数日後、私の願いが叶った。

私はいよいよ運命だと思った。だって、私の願いが叶うことなんてないんだもの。


それは、屋上に続く階段に行こうとした昼休みだった。

私はよくそこへ行った。どうしてか?そんなのに理由なんてない。ただ単にそこが落ち着く場所だったからだ。ひとりでいてもばれないし、居心地がいい。


階段を上っていく。

誰かがいる。

またなにかカップルでもいるのかな?

面倒くさいな。カップルなんて何のためにいるの?

はあ・・・・

それでも私の足は先に進んでいた。どうせ私の足音が聞こえればカップルなんておのずといなくなるからだ。




あ。




私の思考は一度停止した。こんなにいつもいつも考えているばかりの私の頭は自らが予想していなかった事態には無力らしい。



そこにいた“誰か”はあの碧だったのだ。

私は焦った。「会いたい」と思っていた。それは事実だ。だけれども私がいつも願うと、現実は反対に動くのだったから、願いがこうも早く実現するとどうしたらいいのか、わからなかった。

どうしよう。

そんな状態でも私の足は先に進んでいく。


きゅっきゅっきゅ・・・・

しらじらしくも私は驚いた口調で言った。

「あれ?」

「アオ君じゃない?」

“じゃない?”なんて嘘だ。本当はしっかりと覚えている。音だけじゃなくて“碧”っていう字体すらも。あなたのことをしっかりと覚えていたのよ。

「青子・・・さん?」

“碧”が私のことを見てそう言った。覚えていてくれた、という嬉しさと、呼ばれたことのない“さん”付けがむずがゆく感じて、笑って

「あはは、そうそう、“青子さん”だよー。」

と口が勝手に話した。

「あーあ・・・ここ、私だけの秘密の場所だと思ってたのにな!君もよく来てたの?」

これは本当だ。私はいつもここに来ていた。

なぜいままで逢わなかったのだろう。もしかしてもう、逢ってたのかな???

「僕だってこんなトコくるの僕だけだと思ってた。」

頭でごちゃごちゃ考えているうちに碧が起き上がってそう言った。

「そう。私、入学してから結構すぐ、しかも結構きてたよ?」

反抗心がなぜか芽生えて少し威張り気味で言ってやった。

本当は“転校してからすぐ”なのに“入学してから結構すぐ”と言ってしまった。

「僕も。」

ぷっ。碧まで威張り口調だから、おかしい。

「あはは・・・・なんの比べあいっこなの!!?あはは・・・・でも、君ならいいかな。ね。」

と、碧を覗き込んだ。

すると碧がうっすらと「うん」って答えるみたいに笑ってた。

「でも、あれだね、二人ともよく来てたのに、今まで会わなかったなんて、不思議だね。」

私はまたうれしくて口が動く。

「ああ、僕、透明になれるからさ。」

と、碧はにやっとした。

「なにそれ!!あははは・・・」

碧は思ったより冗談をいう。

私はその一つ一つが面白くてたくさん笑った。

こんなに笑うのはいつぶりなんだろう。

だって、もうずっと笑ってなかった。

死にたかったのに死ぬことすらできなくて、自嘲する笑いばかりがこみ上げていた。テレビをみて笑っても、それはどこか乾いた笑いで、私はいつも何か考えたりしていないとただもう、泣きたくなっていた。死にきれない自分が、今も続く世の中が、惨めで、苦しくて・・・・・

なのに碧がくれる笑いのひとつひとつが私をいつもの私じゃない私に変えた。そして、私はよく笑った。


碧がしてくれることがすべてうれしくて笑った。

手品も冗談も話も・・・・すべてがうれしかった。不思議だった。私はこんなにも笑うんだと不思議だった。そして世の中にはこんな人もいるんだと碧のことを思った。碧がいたらずっとずっとうれしいんだろうな。そう思う。世界が色を持ち始めたころだった。


碧がピンクフロイドの曲を聞かせてくれた時、悲しく訴えるようなその曲に私は涙した。それを最も好きだと言ってうっすらとまたあの寂しい笑顔で私に聞かせる碧が好きだ。私は悲しいというよりなんとも言えない感情がのぼってきて泣いてしまったのだ。


私が中原中也の詩を見つけて読んでいた時、いつも考え込んでいたことを質問したら碧が答えてくれた答えが、私がなかなか言い表せないけど思っていたことにぴったりとそっていて嬉しかった。


碧が「人間失格」を読んでいた時、私は「途中で挫折した」と言った。それはね、怖かったからなの。自分にそっくりすぎて怖かったから、読めなかったの。

それを碧が読んでいて、私が隣で中原中也の詩集を読む。そんなことがね、すごくうれしくて、こそばゆかった。うれしくて、うれしくて、なぜだかお気に入りの詩を読んでその場から離れてしまった。


私がずっと家にもいたくなくて、だけれども『友達』ともいたくなくて、「私」でいたいとき、いつ屋上に続く階段に行っても、碧もいるのがうれしかった。


どこかに行きたいといつも思っていた私が、屋上へ続く階段へ行きたいと思い始めたころだった。


碧と食べればクレープも肉まんも何もかも、すべてがおいしくてうれしかった。

碧とすることは手品でもただのトランプゲームでも楽しかった。

碧と話すならあの乾いた笑いを提供するテレビの話も面白くってうれしかった。


わかる?“碧がいる”っていうことがたったひとつのうれしさの始まり。

そうして私をこの世界とまたつなげてくれた。

もう一度人になろうと思った。

お母さんにも本当を見せようとさえ思った。

ばかみたいなテレビのように愛だか夢だかも本当にあると思えてきた。

探そうかとさえ思えた。見つけようとすら思った。


それに気づいたのは、いつだっけ?

そうだ。あの時だ。



私と碧が同じクラスになったその日だ。


びっくりした。

こんなことがある?いっしょにいたいと思う人と一緒にいられるなんて、こんなにうれしいことがあるかな?

それをいつもの場所で二人で驚いていた時だ。

ピアノ。

ピアノが聞こえた。

これ、聞いたことがある。なんだっけ。美しい曲なのに、曲調からは感じられないタイトルだった気がするけど思い出せない。なんだか悲しくなるタイトル・・・・なんだっけ?

「青子、空が青くてよかったよね?」

いきなり碧が口を開いたのでびっくりした。

だけれど、なるべく自然に

「うん。」

と答えた。

「青子」

「うん?」

「青子にあえて、本当によかった。」

碧が今にも消えてしまいそうなほど優しく笑って言う。

消えないで。それは私のセリフだよ。

碧の頬に涙がつたった。

私も泣きそうになった。

なんで?

どうしてなんだろうね。

でもきっと私たちはわかっている。

同じ気持ちなんだ。

だから泣いてしまう。


私はなんだか碧が急にいとおしくなって、碧に、ゆっくりと、近づいて、


キスをした。


そして言った精一杯の言葉がこれだった。

「私も、碧にあえて本当によかった。」



なぜ口づけたのか、自分でもわからない。

世界中の恋人たちを馬鹿にしていた私は、愛も恋もことごとく嫌っていた。

私は碧に恋をしていたのかな?



わからないよ。


なにもわかっていなかったのかな。

どうしてあのあと碧は死んでしまったの?

わからない。わからない。わからない。



私はやっぱり、この世界を生きていてはいけないのかもしれない。






碧・・・・・・・・



いっしょにいたかったの。


ただそれだけが願いで、ただそれだけが命だった。



ああ、今にして思えば、「私の願いの反対に動く」という私の法則は間違っていなかったのかもしれない。

私はたったひとつの願いとすべてを失った。






何もわからないでいたい。



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