第九話:青子の死
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受かってる。
・・・。あれ?こんなものなの?
もっとこう、そうあれでしょ、やったーみたいなこと、感じるんだよね??高校合格、長い道のり、頑張った自分が主人公。
あら?なんも感じない。
バカみたいだわ。
周りの歓喜の声がうるさい。
あ。一人、じっと見上げている男の子がいる。
あの人も絶望でもしているのかな?
そうだよね、現実なんてこんなもんでしょ。
つまんないの。
みんなと同じことを同じように繰り返す。
それらしいパターンがもう出来上がっちゃってて、みんなそれに忠実に生きていく。当たり前のこと。誰もこれに変な気持ちなんて持たないわ。
持っていたとしても、大丈夫。みんなはうまく忘れてしまえる。
わたしもそれができるようになるわけ?
くだらない。
【そうあるだろう】と、決められたような、感情や反応、それらを先に知っている。それを自分も期待する。思ったように感情が動かない。
そして違和感を覚えるんだ。わたしはまさに今それを体感したんだわ。
そうして、そんなことも気にせずに、感情と反応をコピーして、そんな中でも毎日他人より少しだけいい暮らしをするために、あくせくあくせく働いて、一生“先の暮らしのため”といって働きつめて、あとは死を待つくらいの年になってから、あれなんだっけ?したいことって?みたいな感じに思って、いいのですよ、わたしはこんなに幸せなんだから。とかなんとかこじつけて、遺産をのこす。そんな感じ?うまい人の人生って。
そんなことするなら、今すぐに自分の意思でこれを断ち切ってしまったほうがいいんじゃないかしら?
わたしが間違ってるのかな?
生きるのってバカみたい。
テレビだか何だか、この世は分からなくなっている。テレビが現実に忠実なのか、現実がテレビに忠実なのかどっちなんだ?
とにかくもう、わけがわからない。
うんざりしちゃてつまらない。
こんなことをくりかえしたくない。
わたしがバカなのかな???
どうしたら生きていける????
こんな事ばかりを最近は考えていて、わたしは自分がいつか自分で命を消してしまうんじゃないかって不安になるんだ。
「ただいま」
重い鉄のドア。
団地の三階ここがわたしの家。
「おかえり。」
『どうだった?』ってほんとは聞きたいんでしょ??お母さん。
「受かってたよ。」
さらっと言ってやった。
「よかったね!!」
お母さんはすぐにそう言った。
本当によろこんでんのかな?わかったもんじゃない。
感情は皆にあるの?
わたしの中は、ドラマやマンガと現実でこんなに違うよ!と、言いたかったけど、やめた。
『行きたくても、その学校に行けない子もたくさんいるんだからね。』
と、返されるとわかっていたからだ。
なんて、つまらない世界。
その日、わたしたち家族は外食しにいった。わたしが頼んだのは前から食べてみたいと思っていたふぐのしゃぶしゃぶ。
ところが、これも大したことなくて、食べなきゃ良かったとすら思った。
憧れのままとっておけばよかった。
今日は厄日だ。
人生のいろんなことに対してわたしは期待をしすぎている。
いろんな嘘があちこちに広がって、さもそれが正しいことのようなふりをして、みんなはうまく騙されて、生きていくんだ。
わたしもいっしょに騙してよ。
なんで、わたしにだけ、それをかけないの?
信じてはいけないよ。
ここに生きるものとして。
人を、モノを、すべてを信じてはいけないよ。
夢は描いて、夢みるもの。
憧れのままに。
自分でかなえられること、一人でも、かなえられることだけを信じて。
自分くらいなら、信じてもいいでしょう。
そう、わかっているのに、いくらか時がたつと、また同じように騙される。自分にうんざり。
夢をみて生きていたかったの。ずうっと暖かい中で。
でも、そんなの、赦されないんだって、最近もう、いいかげん、気づいた。
ヒットソングも、ミリオン本も、高視聴率ドラマもみんなうそ。
現実にないから、流行るの。
どうして、こんな簡単なこと、気づかなかったんだろう。
わたしのシナリオ。
ドラマのように、死んでしまおう。
ゆっくり眠るように死のう。
手首に、新しい刃のカミソリをあてる。
上側の見えている血管では死なないと、中学の先生が言ってたっけ。
奥にいれなきゃ、でも、一瞬痛いだけ、でしょう?
それを水につけて、だんだんと意識が薄れていくよね?
わたしの台本は決まった。
決行日は、明日。
高校なんか行きたくもない。
また同じことを繰り返す。そんなの、うんざり。
「助けて」なんて、
誰にいうの?
明日はみんないない。
お父さんは仕事。
お母さんは近所の集まり、
お兄ちゃんは、学校。
だから、できるよね。
そう。わたしはわたしを明日殺すのよ。
明日はわたしの命日。
明日はみんないない。
この世の中はなくなるの。
涙なんてでないわ。
笑ってしまえ。
大切なものはなにもない。
うっすらと見える私の手首の静脈。ひやりとした剃刀の刃。スッと滑らせると、少しの痛さに、真っ赤な液体が、白い皮膚の上をつたった。私は自分の口角が上がったような気がした。でも、そんなこと気にならなかった。もう一度、剃刀を持ち直し、角度を変えて、今度は力を込めて、奥の奥まで行くように。
剃刀を奥まで進めて、えぐるようにした。
もう、痛いというより、吐き気がした。
その吐き気を代理するかのように、私の手首からは血液があふれた。それを用意した水をはったバケツの中に入れた。
バケツの水に筋のように赤い糸がふわりふわりと漂ったかと思ったら、あっという間にバケツの水は赤に変わった。
三月一五日。
私は死ぬはずだった。