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拝啓、あの世の私へ  作者: りんごあめ
第五章 目覚め編
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88話 『さあ、楽しみましょう』⑧

 時間は戻り、悠とエレボスがぶつかる少し前。

 その場所から数キロ離れたところにあるビルの屋上。

 フードをかぶり足を宙に出し座るその人の背後に一人の少女が立つ。

「ごきげんよう。このような場所で何をされているのでしょうか」

「見てわからない? 牛乳飲んでるんだけど」

 そう答えたフードの人は、手を横に伸ばしビンを掲げるとそれを軽く振る。

「そばに大太刀を置いてですか。それに、先ほどからビンの中身が空のようですが」

「とても美味しかったからね、少しも無駄にしたくないんだよ。というか、そっちこそこんな時間に何してるの。お嬢様が出歩いていい時間じゃないよ」

「お気遣い感謝いたします。ですが、家の許可は得てますのでご安心を」

「そりゃよかった。ところで、さっきから銃口がこっち向いてるんだけど気のせい?」

「気のせいかどうか確かめてみますか?」

「いいねぇ。って言いたいけど、また死ぬのはちょっとイヤかな」

 挑発するような言い方に対して、何の前振りもなく西城は引き金を引く。

 しかし、本来なら脳天を打ち抜くはずの弾丸は、フードの手前にあるなにかによって進行を阻まれる。

 今まさに自分を殺そうとした西城に対して、フードの少女は声を出して笑いながら手を叩く。

「まさかほんとに撃つなんてね。でも残念。そんなんじゃ私は殺せないよ」

「久遠桜様、やはりあなたな常軌を逸していらっしゃる」

「あれ、自己紹介したっけ。それとも実は有名人とか?」

「一度死んだとお聞きしていますが」

「なに、無視かい。綾人(あれ)は言って聞くような馬鹿じゃないからね。それにこの方が自由に動けるし、結果から言えば痛い思いした価値はあったんじゃないかな」

「いったいあなたは何者なんですか」

「うーん。何なんだろうね」

 彼女は勢いよく立ち上がるとくるりと身を回転し西城の方を向く。

 床の端ギリギリに立つと、深くかぶっていたフードを大げさにめくり素顔をあらわにする。

「改めて、久遠桜(くおんさくら)と言います。どうぞよしなに、西城のお嬢様」

 久遠はかぶっていたポンチョコートをつまむと、それをスカートに見立ててきれいなカーテシーをして見せる。

 だが、西城にはその行動以上にその目に注意が向かう。

 白と黒のオッドアイはそれだけの存在感を放っていたのだ。

「オッドアイ、ですか」

「ん? あぁ、これね。これのせいで魔女の子とかさんざん言われて、親に何度殺されかけたか」

 久遠は自らの右目、白色の瞳を指さして言う。

 ただその言い方はとても軽く、その過去をあまり重要視していないように西城には映る。

「ですがあなたは生きています」

「恩人がいたからね。この目の本当の意味と使い方を教えてくれた恩師もいる。って少し話がそれたね。お嬢様が私なんかに何の御用で?」

「ただあなたと話がしたい。それではダメでしょうか」

「んふふ、そんなに直球に言われると照れちゃうね。ダメじゃないけど、私はプロじゃないんだから何かテーマがないと」

 身体をくねらせふざけるように会話を返す久遠に、西城は真剣な表情で答える。

「では、不知火様のことを話しましょう」

「これはまたニッチなところを。普通最初は好きな食べ物とかからじゃない?」

「先ほどから彼の戦いを見ていましたわよね」

「……お嬢様も見てたの?」

「ええ。残念ながら私では助けになることができませんが」

「それを言えば私もそうだよ。元々はちょっと話して終わりになる予定だったのに、どうしてこうなっちゃったかねぇ」

 不知火悠が戦う方を細目で見る久遠は、物悲しそうな様子で話す。

「あの黒いのはあなたの手のものではないのですか」

「まさか。私たちもあれらの対処に頭を悩ませる日々だよ。特にああいう上位の存在を対処しようと思うと、知恵を巡らせて今持つ手札を最大限活用するしかないし」

 久遠はパチンと指を鳴らす。

 すると西城の持っていた銃がバラバラになり、床に置かれていたはずの大太刀が起き上がりさやから抜けた刃が彼女の喉元へと向けられる。

 その刃から逃れようと後ずさりするが、直ぐに背中にも何か刃物が刺さる感覚を覚え彼女の足が止める。

 突然すぎる敵意の出し方に、西城の理解は置いてけぼりにされる。

「これはいったい、どういうつもりでしょうか」

「私が有名人になるには少し早いからね。ここいらで失礼させてもらうよ」

 大太刀をそのままに、久遠は西城の横を通り過ぎると鼻歌を歌いながら屋内へと続く扉を目指す。

 西城が何か彼女を引き留める方法を考えていると、ふと久遠の歩みが止まる。

「あっ、そうだ。一つ伝言を頼んでもいいかな」

「……何ですか」

「不知火悠に伝えておいて。私が『博士』だって」

「どういうことですか」

 博士、この場でその言葉が何を意味するのか西城は良く知っていて、だからこそ突然の告白に頭が混乱する。

 不知火悠が長いこと追ってきた相手であり、彼女にとっても無視できない相手だ。

「ふふっ、またねお嬢様。また会えるのを楽しみにしてるよ」

「待ちなさい。まだ話は終わっていません」

 西城は振り返り、飛びついてでも止めようとするが、行く手を宙を浮く太刀によって防がれる。

 そして、久遠はその場に霧散するようにして姿を消し、その気配が感じられなくなるのと同時に西城に向けられていた太刀も音を立てて地面に落ちる。

 自身を拒むものは無くなっても、彼女はその場に呆然と立ち尽くしていた。

 暫くそうしていると、西城の携帯が震える。

「申し訳ありません。痕跡の確認ができませんでした」

「そうですわよね。タイミングからしても、こちらの目的が抜けていたとしか思えません」

「ですが、どうしてでしょうか」

「わかりませんわ。直接会えば何か謎が解けるかと思いましたが、これでは増える一方ですわね」

「追っ手を出しましょうか」

「その必要はありませんわ。今から追い付けるような相手であれば、あれだけ探して何一つ痕跡が発見できないのはあり得ませんもの」

 電話を切り、一人になった西城は床に座り、隣に落ちていた太刀を拾う。

 そして、先ほど小鳥遊の父親が語ったという話の内容を思い出す。

「久遠桜、またの名を博士。あなたは一体いくつの顔を持つのですか」


「それで、大事な話って何ですか」

「別に大した話じゃないんだけど、ちょっと確認したいことがあってね」

「回りくどい言い方するなんて珍しいですね」

「家のこと、まだ許してないの」

「許すも何もありません。茜がこっちに来ていることに了解も得てますし、ここを卒業してからは自由にするって約束です」

「そっちもだけど、今聞きたいのは本当の家のほうだってわかってるでしょ」

 見ないふりをしたかった柚葉だったが、詩乃相手にそれは通じないことはわかっていた。

 それでも、このまま話が流れることに期待したのだ。

 楽な姿勢をしていた彼女の体に、自然と力が入る。

「神楽は……まだ許せない、です」

「そっか。こっち来て考えが変わると思ってたけど」

「その役割は理解しているつもりです。実際あの家がなければこの街の治安の良さは実現できなかったと思います。でも、その手段に賛同できません。あの家にいる子供たちは、家を囲う塀より外の世界を詳しく知りません。家のルールに付いてこれなければ捨てられ、付いて行けても待っているのは地獄のみ。なのに、外を知らないからそれを当たり前だと思って過ごしています。せめて彼らに選択肢を与えるべきです」

「じゃあ今も壊したいって思ってる?家を解体させて、すべてをリセットするのが正解だと思うの」

「それは……」

「よく考えて結論を出して。柚葉にとっては悪い奴でも、それに救われた人たちがいるのも事実なんだから。まぁ別に、私は神楽家が無くなろうと何にも関係ないから壊したいならどうぞご自由にって立場だけど」

「すごい無責任ですね」

「高みの見物ってやつだよ」

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