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拝啓、あの世の私へ  作者: りんごあめ
第五章 目覚め編
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87話 『さあ、楽しみましょう』⑦

「あっけないわね」

 エレボスは地面に横たわる亡骸を眺めながら言葉をこぼす。

 彼女がこれほど殺すのを惜しいと思った人間は久々だった。

 その気持ちが彼の血に由来するのか、それとも彼個人の問題なのかは定かではないが、少なくともエレボスの知る『彼女』と彼の本質はよく似ているように感じる。

「もったいないわね。彼女もあなたも、あれと契約してなければ死ぬ必要なんてなかったのに」

 彼女は首に立った短剣を引き抜き、血を振り払う。

 亡骸をどうするかわずかに迷ったが、放置するよりはもって帰るなりした方が安全だと判断した彼女はかがむと、その心臓の上に手を置く。

 しかし、コアを回収するよりも早く彼女を業火が襲い、それが目を覚ます。

「他がために己を犠牲にする者には新たな力を。死してなお命の灯を消さぬ者には新たな道を。古き契約に従い今、汝の願いを聞き届けよう」

 炎をまとった亡骸は立ち上がり、その傷を消していく。

 魂は再び肉体に宿り、死は生を得る。

 外見は大きく変わらないが、その中に誰がいるのかはエレボスには考えるまでもなかった。

「少し起きるのが早い気がするのだけれど」

「久しいな、闇の王」

「あら、覚えてもらえて光栄よ」

「冗談はよせ。我が汝のことを忘れると、本気で思っていたのか? この時をどれほど待ち望んだか」

「あら、あの時の再戦を希望かしら」

「『さぁ、楽しみましょう』だったか、その言葉そのまま汝に返そう」

「精霊風情がいい気になるんじゃないわよ」

 エレボスは自身の周りに影の槍を作る。

 一本一本は神具の複製にすら満たないものだが、神格によってつくられたそれはかすっただけで人間の身体を肉片に変えるだけの威力を持っていた。

「やはり、汝は何も変わらんな。あの頃から何も」

 エレボスの手を離れ地面をえぐりながら飛んでいく影の槍も、フェニックスによって放たれる炎にかき消される。

 それは、彼女の記憶にあるフェニックスの力とは全くの別ものに見えた。

「もし本気で我を殺したいならアステリアと来れば良かったであろうに、もしや協力関係を断られたか」

 余裕そうにするフェニックスだが、その肩を一本の槍が貫く。

 傷はすぐに再生するが、それ以上に見逃しなどないと確信していた方法でも見逃しが起こることにわずかな焦りを感じる。

 疑似神格をフルに使ったとしても、このまま持久戦となれば勝ち目は薄いだろう。

「あら、大口をたたくわりに大したことないのね。寝起きは頭が動かないのかしら」

「フンっ、少しは汝を立ててやらねば恰好がつかんであろうて」

「強がりね」

 エレボスもまた戦いが長期化すればするほど勝ち目があると確信していた。

 それでも 彼女は今持てるすべてをそこへとぶつける。

 それは先ほどコアに触れようとした時、それが半分なくなっている変わりにほんの僅かだが、今まで見たことのない何かを感じたからだ。

 その存在がこの勝負にどう働くかなど想像のしようがないが、不安要素がある限り戦いの長期化はリスクが残る。

 影たちはフェニックスを囲み、無数の影の槍が空を覆う。

 それだけでなく、手元では神具の複製が形を成し始めていた。

 彼女の自信作で、この世の全てを飲み込む暗黒を基にした神具の複製。

 世界を壊さないように力をだいぶ抑えていたとしても、人の身体に宿る精霊くらいであればこれでも十分に殺すことが出来るだろう。

「さぁ、死になさい」

「あやつの作った式を使うのは癪だが、背に腹は代えられんか」

 一斉に襲いかかるそれらを気にするそぶりもなく、フェニックスは両手を握り祈りをささげる。

(そら)高く星々に住まわす我らが主。我が願い、古き同胞のためそのお力をお貸しください」

 影がフェニックスへと傷をつける、その瞬間彼らの動きが止まる。

 時間の流れは永遠と思うほど引き延ばされ、唯一フェニックスだけが自由に動ける。

 光を失い暗闇に包まれる空間で、その手に光が灯る。

「……יְהִי אוֹר(光あれ)

 その言葉に応えるように時間は再び流れはじめ、突如空から白い光の柱が下りる。

 フェニックスを囲むようにするそれは拡大していき、周りを囲む影を次々と飲み込んでいく。

 それが晴れると囲んでいた影はすべて消滅しているのをその痕跡から確認するが、同時にその中にエレボスのものがないことも見つける。

「逃げられたか」

 今から後を追えば追い付けるかもしれないが、フェニックスはかなりの疲労を感じていた。

 本来ならこの程度で疲れることなどなかったが、これがコアが半分ない状態で大規模な術式を行使した弊害なのだろう。

 環境へのチューニングも含め今後の計画を少し練り直す必要があると思うが、それは今すべきことではない。

 持ち主へと体を返すため、その意識は再び深いところへ落ちていく。


「どうして私を助けるのよ」

 戦いの場から遠く離れた地、ある森の中でエレボスは大樹に寄りかかり肩で息をする。

 もしマルの救出が一瞬でも遅れれば彼女も無事ではいられなかっただろう。

 その周りを数枚の紙人形が飛び回り、それを操るマルは静かに答える。

「そうしろと先生から命を受けましたので」

「ったく、アステリアに嵌められわね。いったいどこまで計算しているの」

「今回、エレボス様の介入は想定外でした。恐らくアドリブに近いかと」

「少し以外ね。私の事は放っておいて自分の立てた計画を優先すると思っていたわ」

 呼吸の落ち着いたエレボスは改めて周りを見回す。

 そこで初めてこの状況に疑問を抱く。

「そう言えば、あんたはこんなところに一人で何しているのかしら。アステリアが一緒じゃないなんて珍しいわね」

「少し用がありまして。『樹』の捜索と言えば伝わりますでしょうか」

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