77話 善は急げって言うでしょ?
「ありがとうございました」
「もうなくさないようにしてくださいね」
見つけたものを手渡すと、その生徒は丁寧にお辞儀をして去って行く。
夏休みも開け、二学期が始まった。
ただ、一学期にあった忙しさみたいなものは一部を除いて感じない。
会長によると毎年こんな感じだそうだ。
詩乃さんも学園祭の一件以降姿を見ないが、悠さん曰く急にいなくなるのはよくあることらしい。
きっともうここですることは無いという事なのだろう。
それでもギフトの練習は欠かさずにしている。
その甲斐もあってか、人が活発に動いていても無理なく校舎を丸々覆えるようにまでなった。
ついでに生徒の探し物を一手に引き受けていて、さっきのもそのことで校内を見ていた。
「いや~、ついに休みも終わりか~」
「それ何回言ってるんですか」
みやさんがこれを言うのも何回目だろうか。
なんだか毎日言っているような気がするが、普段から学校に併設されている寮でで暮らしているのもあって、普段も休みの時もそう違いを感じなかった。
それに、自由な時間がありすぎるのもなんか落ち着かない。
「それでなんでここに居るんですか?」
「なにさ、私がここに居ちゃダメなのかい」
「ダメじゃないですけど、さっき九条さんに引っ張られているのが見えたので」
他にも、エンジニア部の人たちが忙しく動いているのも見えた。
夏休みが終わる前からエンジニア部は大掃除をしていて、毎年比較的落ち着いているこの時期に半月ほどかけて各自工房の片づけと作った作品群の整理をしているらしい。
「あぁ、それなら大丈夫。私の交渉術なら掃除の先延ばしくらい朝飯前だよ」
「そんなだと工房貸してもらえなくなりますよ」
「うぅ、それは困る。ここの設備レベルを個人でそろえるのはちょっと骨が折れるんだよねぇ」
「じゃあ怒られる前に掃除してきてください」
「はぁ~い」
やる気の無い返事をしたみやさんは、とぼとぼと歩いていく。
暫くその場で背中を見ていると、ふと彼女は振り返る。
「なんですか」
「いや、手伝って欲しいなぁ~なんて」
「そんなに汚いんですか」
「んん、綺麗か汚いかで言えば汚いより、かも?」
「はぁ、わかりました。手伝ってあげますから、直ぐに終わらせましょう」
「一日で終わるんじゃなかったのか」
「いや、善は急げって言うでしょ?」
工房のある北館へと行くと、ちょうど他の生徒に指示を出している九条さんに出会う。
みやさんを見つけると、少し面倒そうにしていた。
さっきの交渉のせいなのだろうか。
「ごみの全体処分は明後日だ。それ以降は自分でやってもらうからな」
「大丈夫。エレナがいれば百人力だから」
「相変わらず人頼みだな」
「そんなことないよ。私だってやるときはやるんです。じゃなきゃ今ここに居ないよ」
「まぁ、どっちでも良いが、早めに済ませてくれ。いや、これ以上問題を増やさなければ何でもいい」
「わかってるって。任せんしゃい」
「そういう自信満々な時が一番心配なんだが」
それだけ言うと、彼は忙しそうに去って行く。
というか、みやさんは過去に何をやらかしたのだろうか。
そもそもみやさんはここを借りて何を作っているのか聞いたことなかったかも。
少し気になるな。
「さ、行こっか」
「そういえば、みやさんは工房借りて何を作ってるんですか?」
「あ~、ま~。その、なんていうかね」
「なんですかその煮え切らない反応は。言いたくないならそれでも良いですよ、ちょっとした興味なので」
「いや、言いたくない訳じゃないんだけど。じゃあ部屋行こ」
そう言われ部屋に案内されるが、そこは想像よりもひどい状態だった。
少し前に小鳥遊さんの使っている工房を見に行った時に見た部屋と比べると、同じ間取りとは思えないほど原形を感じられなかった。
これを装飾による効果だと言い張るには、節々に置かれる荷物の山や袋、食べ物のゴミが多すぎる。
足の踏み場もないとは、まさにこのことだろう。
「うわぁ、これは……すごいですね」
「ね、言った通りでしょ?」
「世間一般にこれを汚いと言うんですよ」
「まさかエレナに一般論を説かれる日が来るとはね」
「くだらないこと言わないでください。それで、何を作ってるんですか」
「えーとね、これを作ってるんだよ」
そう言って奥の棚から持ってきたのは、本物かと見間違えるほど精巧に作られた臓器だった。
「これは……心臓ですか?」
「そう。でも、私がやってるのは人体の素体を安定した状態で量産すること」
「人体の素体って何ですか」
「平たく言えばエレナみたいなのを作るのが目標ってこと」
それを聞いて一瞬頭がフリーズし、あの夢の内容がフラッシュバックする。
それは、つまり……。
「それって、自分が何してるか分かってるんですか!」
「うん。わかってるよ」
「いいえ、わかっていません。前に私を作った技術のせいで戦争が起きた未来の話しましたよね。なのに、なんで……」
「ごめん。でも、一応こんなでも昔に親友、ううん命の恩人なんて言葉でも表せないくらい大事なヒトを亡くしててね。もしその時にこの技術が完成してれば助けられたかもしれないんだよ」
「だからって」
「それに、これが完成すればどんな病気も原理上治せるようになる。必要な魂移植の技術はもう完成してるし、素体の最終調整を済ませれば本格的に実証実験を始められる。やっとこの段階までこれたよ。ほんと、ここまで来るのにどれだけ時間がかかったか」
「……たとえ医療目的だとしても中央の許可が下りるとは思えません」
「だから、表向きは人工臓器の研究ってことになってる。それも機械機械してないリアルな奴のね」
私は言葉を失った。
これだけは認められないという軸は変わらないが、様々な考えが頭の中をめぐり、何を言えばいいのかわからなくなる。
「別に理解してほしいとは思ってないし、協力しろとも言わない。中央に通報したければすればいい。だけど、何があろうと、何百年かけてでも私はこの技術を完成させるよ。じゃないと私の生きる意味がなくなっちゃうから」
「……生きる意味?」
「そう、私はある人に名前をもらったの、とても大事な名前。ううん、それだけじゃない。死んでいた私に、生きる意味を与えてくれた。だから、これだけは絶対に譲れない」
「どんな理由があっても、この技術は認められません。でも……」
でもどうしろと言うのだろうか。
みやさんの言う通り、これがあればどんな病気も簡単に治すことが出来る。
だが、そのメリット以上の危険性が存在するのは変わらない。
夢で見た戦争以外にも、これがきっかけで事件が起こる可能性は大いにあるだろう。
だからと言って、私に何が出来るのだろうか。
これだけのことをするには、想像もつかないほどの覚悟と執念が必要だろう。
認められない。
そう言って止めるのは簡単だが、今ここでやめさせたからと言って今後続けない確証もないし、それで止まるほどの執念なら完成間近まで持ってこれなかっただろう。
「私は、どうすれば……」
「それを私に聞くかね」
「認められないというのは変わりません。でも、私に止められたからと言って従うほど素直だとも思えません」
「酷い言い方。でも、そうだね」
「……なら、私が見てます」
「見てるの?」
「はい。そして、少しでも危険だと思ったら、全部処分します」
「んー。まぁ、ギリギリいいでしょう」
「え?」
突然みやさんの纏う雰囲気が変わる
さっきまでの、気楽な感じになった
「ごめんね。実はこれ根幹にある技術は私しか出来ないから、情報が漏れても再現しようがないんだよ」
「……どういう事ですか?」
「つまりエレナの心配するようなことは起こりえないってこと」
「はぁー、驚かさないでくださいよ」
「だからごめんって」
全身から力が抜けるのを感じる。
冗談にしては質が悪いと思うが、思い付きでこういう事をするとは……。
いや、してもおかしくないな。
「とりあえず、良かったです。ほんとに」




