74話 『世界』①
ビルとビルに挟まれた日の当たらない小道を、一匹の黒猫がスキップでもするように足軽に駆けていく。
とっくにビルの横幅を越したのではないかと思うほど走っていると空間は歪み、廃材の置かれた工場のような場所にたどり着く。
「相変わらず部屋の趣味が最悪だにゃ~」
「そうかしら。あなたの所も似たような感じだったわよ」
「なんで知ってるかは聞かないでおいてあげるよ」
廃材の上で黒い影でつくられた獣に寄りかかりながら見下ろすフードの女性に、黒猫は嫌悪感を抱きつつも冷静に答える。
「それにしても、少し見ない間に随分かわいらしくなったじゃない。そっちの方が好みよ、私は」
「噓でしょ? どうしようコレやめようかな。割とお気に入りだったのに」
「つれないわねぇ。少しは仲良くしましょ、アステリア?」
「そっちの名前で呼ぶなんて危機管理意識が低いんじゃないの、エレボス」
「あなただって。そもそも、ここが安全だってわかっているから来たんでしょ?」
「安全ねぇ」
アステリアは周囲を改めて見回しながら小言を言う。
この手の話題について、少なくともエレボスよりは知見が深いと自負している彼女にとって、この不完全としか言いようのない状況が気になって仕方がなかった。
「作った空間とは言え……、いやこの話は長くなるからいいか」
「そうね。はやく本題を話してちょうだい」
彼女の性格を失念していたエレボスは一瞬長話を覚悟したが、その先を優先させた判断に心の中で感謝する。
アステリアが話を始めると共に、彼女の纏っていた雰囲気が大きく変わる。
「さっき本気で殺しに来てたよね、あの黒いのたち」
「……あなただってわかっているのでしょう? あれの中にいるのは危険すぎるわ」
「確かにそうかもね」
「災厄を再現するというあなたの計画に、あの存在は必ず壁となって立ちはだかる。それでもあれを守ると?」
「うん。というか、計画の事を知っているのはまだしも、なんであんたがそれの成功にこだわるのさ」
「私は今の評議会を認めてない。だから、あなたには必ず災厄の再現をしてもらわなければ困るのよ」
「いやだね。私は評議会なんてどうでも良い」
「それなら私の協力を受け入れても問題ないはずよ」
「そもそもこの実験は成功しようが失敗しようがどっちでも良いんだよ。あのバケモノが災厄の再現を阻止するならそれでもいい。私はこれらに対してどういう過程を追うのか、それが知りたい。知ることのみが実験の唯一の成功なんだよ」
「理解できないわね」
自身の根底にある考え方だったが、それを一蹴するエレボスの反応がわずかに頭にくる。
だが、その反応も無理もないと自分に言い聞かせ、アステリアは一息つくと落ち着いた声で話を始める。
「少し話をしよう。私たちは神として、世界を守護するものとして我が物顔で世界を渡っている。だけど、基本的にその世界の住人との深い関わり合いは推奨されていない。なんでだと思う?」
「さあ。考えたこともないわね」
「そう、考えない。そしてみんなそれを当たり前のように受け入れている。だけど、かの災厄の前はそんなルールはなく、神やそれに使えるもの、人をはじめ様々な種族が関わりを持っていたと言われている。災厄自体は当時の評議会の犠牲とある人間の叡智を持って何とか封印することが出来たけど、それまでに神のほとんどが力を失い死んだ。そしてそれ以降新たに誕生した私たち新世代は、他種族と関わることを良しとされなかった」
「それが何なのよ。そういうのこそあなたの先生に……」
他の者なら聞く耳も持たないかもしれない内容を理解し、反応を示すエレボスだったが、当の話し手はまだ話足りないのか、それを押し切って続きを話し始める。
「その災厄で多くの世界が終末を迎え、滅ぼされ、消滅した。だけど私はね、本当の意味で世界は壊されていなかったと思ってる」
「……どういう事?」
「神の中には渡った先の世界の住人を鳥かごの中の鳥と表現する者もいる。それ自体は間違っていないけど、そういう表現をする以上自分もその鳥である可能性を考えなければいけないと思うんだよ」
「私たちより上位のなにかがいると、そう言いたいの?」
「そう。神という種族もまた、『世界』を円滑に動かすための歯車でしかない。そう私は仮説を立てた」
「……それは、大きく出たわね」
「残念なことに、災厄の原因は今でも明確にされてない。けど、正しくは明確に出来ない。なぜなら『世界』がそれを拒んでいるから。『世界』の前では評議会もただの神に過ぎず、それに従うしかない。だけど、もしかしたら全部私の考えすぎなのかもしれない。なんせ人々が神の存在を証明できないように、私たちも自身より上位の存在を証明できないからね。ならいっそのことその災厄ごと再現すればいいと考えた」
「もし、その世界とか言うのが災厄を拒めばその存在を証明できると?」
「そういうこと」
「じゃあ、もしその『世界』が災厄が再現されることを知ったうえで見逃したら? その時はどうするの」
「それならそれでも良い。もともとは災厄の詳細が知りたくて始めた実験だからね」
エレボスは突然降ってきた情報の雨を無理やり飲み込み、大枠から理解しようとする。
知識を求め、未知を未知で済ませられないその性格を良く知っている以上、『世界』の選択がどちらでも良いというのは本気なのだろう。
それでも希望順位はある。
そう予想を立てられ、だからこそ自身の要求を通せる算段はあった。
「別にあなたがどういう考えをしてようと私には関係ないわね。だけど、私の協力を受け入れた方がその仮説を証明できる確率が上がると思わない? 少なくとも災厄の再現を失敗することは避けたいんじゃないかしら」
「確かに証明だけを考えればそうかもしれないね。だけど、実験の根本的理由は知的好奇心である必要がある、そう私は考えてる。その結果、評議会が壊れればそれでも良いし、あるいは途中であのバケモノによって阻止されるならそれもまた良し。だけど、誰かの目的のために利用され、選択肢を狭めるのだけは認められない」
「自分勝手ね」
「でもいいでしょ? たまにはこういうのも」
アステリアは二っと笑うと全身に入れていた力を抜く。
今話せることは大体話せた。
後は目の前で頭を働かせている彼女の答えを待つのみだろう。
第一の目的を終えたアステリアは束の間の休息を得る。
「……そうね。あなたの言いたいことはおおよそ理解できたわ。でもその上で評議会を壊すためにあなたには実験を成功させてもらう必要があるし、そのためにあのバケモノだけは今のうちに芽を摘む必要があると思ってるのは変わらないわ。こっちはこっちで勝手にやらせてもらうわね」
「そっか、残念だよ」
この場でやりたいことをすべて終わらせたアステリアは踵を返すと、その空間の出口へと向かう。
だが、自身の中の引っかかりを無視できなかったエレボスは彼女を引き留める。
「ねえ。あなたは新世代が他種族との関わりを良しとされない理由を知ってるんじゃないの?」
「理由ね……」
「仮にあなたの想像がすべて事実だとした上で、『世界』とルールの関係が見えてこないのよ」
「『世界』は災厄を嫌っていて、二度とそれが起こらないようにルールを作った。その理由は?」
「災厄の原因が……。まさか」
「そう。神と他種族の関わりによるものだからだとすれば説明がいく。まぁ最初から最後まで、全部私の妄想なんだけどにゃ~」




