72話 紅茶とケーキ
騒ぎの収まらない学園を、ご機嫌な様子の神楽彗は校門をくぐり後にする。
その足で近くのビルの一室に入ると、部屋の真ん中に置かれたソファーに横になる。
その部屋はソファーとローテーブルしかない生活感のない部屋だったが、神楽彗はここ一週間なんの問題もなく過ごせていた。
「随分と早かったな」
「んー。でも面白いのも見れたよ」
彗の帰ってきた音を聞いてか、奥の部屋から神楽綾人が出てくる。
その手には紅茶とケーキの乗ったお盆を持っていた。
それを見た神楽彗は目を輝かせ、勢いよく飛び起きる。
「待った、これは話を聞いてから」
「違う。ケーキ一週間が手伝う条件で、今日でちょうど一週間」
「普段適当なのに、食べ物のことになるとうるさいよな。彗って」
間違いを指摘され神楽綾がお盆を机に置くと、神楽彗はそれに飛びつく。
甘いものを口にする時だけに見せる年相応の笑顔を見てると、神楽でも扱いに困るという話が嘘のように感じる。
そう神楽綾人は思いながらその様子を見守っていた。
そもそも、神楽綾人はともかくとして、なぜ神楽彗がここに居るのかは一週間前まで遡る。
神楽の持つ別邸の一つ。
普段は治療やリハビリのために使われている屋敷を神楽綾人は訪れていた。
門をくぐると、和式の屋敷には似合わない広大な庭に建てられたログハウスが目に入る。
彼はまっすぐにそこへと向かうと、ドアをノックする。
「はいは~い」
中からは明るい返事が返ってきて、機嫌がいいことにまず安心する。
そして名乗る前にドアが勢いよく開き、その向こうには全裸の神楽彗が立っていた。
「綾人が来るなんて珍しいじゃ~ん。どうしたの」
「……いい加減家の中でも服着る習慣付けた方がいいと思うぞ」
「え~、だって今更じゃない?」
「この状況を誰かが見てたらややこしくなるだろ。もし俺が変態扱いされたらどう責任取ってくれるんだ」
「うーん、片っ端からボコってく!」
これ以上は話しても通じないと諦めた神楽綾人は、話を中断して部屋へと入る。
「ケーキ買ってきたぞ」
「お~! やった~」
そう言いながら片手に持った箱を見せると、神楽彗はその後を嬉しそうについて行く。
彼女はそのまま奥の部屋へと行くとしばらくガサゴソと音を立てたのち、明らかに上からかぶっただけのワンピース姿で、カップと茶葉の入ったポットを持ってくる。
「家からの伝言、謹慎終わりだと」
「やっとぉ?」
「そもそもなんで謹慎なんてことになったんだよ」
彼にとってはただの世間話のつもりだったが、神楽彗は待っていたと言わんばかりに前のめりになって話始める。
「そう! ほんとにひどいんだよ~。この前ね、家の道場で寝てたらよくわからないのが来て、ここは寝る場所じゃないとかなんとか言ってきたから、教育したらなんか少しは落ち着けって怒られた」
「……そいつら死んでないよな」
「たぶん? 一応解毒剤も置いてきてるし治療もした気がするから」
その返答を聞き、神楽綾人は頭を抱えると同時に心の中でその被害者に同情する。
彼らの道場は寝る場所じゃないという指摘は全く持って正しいが、今回ばかりは相手が悪かった。
自分本位な所のある彼女の気に障ることをすれば、正しいかどうかなど関係なく、精神が壊れるまで痛めつけられかねない。
「まあ、うん。とりあえずそのことは置いといてだな、彗に頼みたいことがあるんだよ」
「めんどくさいことはしないよ」
「いや、めんどくさいどころか、たぶん気に入ると思うぞ」
「うん、美味しかった」
神楽彗はぺろりと平らげると満足そうに紅茶の最後の一口を飲む。
それを見届けると、ようやく神楽綾人は本題に入る。
「それで、どうだった」
「うーんとね、大体は予定通りいったよ。特別警戒はされて無かったし、ちょっとだけだったけど柚葉と妹のも見れたよ。たぶん彗なら勝てるんじゃないかな~。あと、最後の黒いのと飛んでった光はもうちょっと調べる必要あるかも」
「そうか」
「あっ、そういえば白い髪の人がいたからちょっと話してきたよ」
「白い髪? ああ、例の保護生か。どうだった?」
「うーん、たぶんヴァレンタイン家とは関係ないんじゃないかな。彗見ても何も言わなかったし」
神楽彗の報告を一通り聞き終えると、神楽綾人は目を閉じて次の作戦を考える。
「どう? 彗がワクワクする方法は思いつきそう?」
「そうだなぁ。あまり人は動かせないし、もうしばらく様子見にはなるだろうが、色々考えてみるよ」




