70話 フードの女性
「何、あれ」
突然の事態に、悠は珍しくパニックになりかけていた。
柚葉の治療をしていたら茜に投げ飛ばされ、後を追うように空から黒い人型の何かが落ちてきくる。
それなりに知見を広めてきたつもりの悠にも、あれが何なのか予想すらつかなかった。
観客は完全にパニックに陥っていて、我先にと出口に群がっていた。
しかし、黒いそれはそれらには一切目をくれず、ただ一点をじっと見ていた。
そこには、未だ息が安定していない柚葉と、彼女をかばうようにする悠がいた。
「悠さんっ!」
「ちょうどよかった。ゆずをお願い」
「お願いって、悠さんはどうするんですか」
「あれは本気でまずい」
そう話している間も、悠さんは黒い何かから目線を逸らしていなかった。
悠さんから会長を預かると全速力で出来る限りその場から離れる。
本来ならこの場で出来ることはないか考えるべきなのだろうが、あんなに余裕のなさそうな悠さんは見たことなかったし、ここにいると足を引っ張るだけなのは目に見えていた。
生徒たちの指揮もすぐに正常化し、すでに事前に用意された避難行動が取られていた。
「お姉ちゃんは……」
「さっきエレナちゃんに任せてきた」
「よかった」
服についた土を払いながら茜は悠の隣へと立つ。
それを聞いた茜は心底安堵した様子で、その様子に悠はわずかに不服そうにする。
「なに、僕じゃダメだって言うの」
「安心できない」
「もうそこそこ一緒にいるんだから、そこまで警戒心丸出しにしなくても良いんじゃない?」
「あんなの一人で相手したくない。それだけ」
「はいはい、壁役は多い方がいいってことね」
「……そこまでは思ってない」
二人がそう軽口をたたきあってる間も、黒い人型はゆっくりと歩みを進めていた。
「それで、あれの対処法とかって」
「知ってるわけないでしょ」
「そりゃそうだよねぇ~」
さてどうするものかと考えを巡らせていると、黒い人型は突如手の先を槍に変形させ投げる。
とっさに炎の壁で受け止めようとするもまるで効果はなく、二人は左右に分かれる形でそれをよける。
槍は地面に刺さってしばらくすると、空気中に霧散した。
街の遥か上空、二つの人影が雲に立っていた。
全身を覆うようなローブを着ていてもわかるほど豊満な女性は、見上げるようにするステラ・ヴァレンタインの登場にフードの下の目がわずかに細くなる。
「せっかくの機会だから色んな子を試してみたかったのに、よもやあなたみたいな小娘に邪魔されるとはね」
「お褒め頂きありがとうございます」
嫌味のつもりだったが、素直に感謝を述べるステラ・ヴァレンタインにローブの女性はあきれた様子だった。
一体目は様子見で、二体目以降に本命を投入しようとしていた矢先、急に現れ見上げるようにする白髪の少女によって阻止された。
原理はわからないが、『ヴァレンタイン』というだけで考えのも無駄だと悟る。
「はぁ。それで何がしたいのかしら? もしかして、あなた一人で止められると思ってるいるの?」
「そうですね。可能であればお引き取り願いたいのですが」
「もし断ったらどうなるのかしら」
「気は進みませんが、武力行使をしてでもここを守らせていただきます」
フードの女性にとって今のステラ・ヴァレンタインは取るに足らない相手のはずだが、言いようのない緊張感があった。
それが少女が『ヴァレンタイン』というだけなのか、あるいは何か別の理由があるのか。
「もしかしてあなた、ルナの神格を持ってるの……?」
「だとしたら何かあるのでしょうか」
「いいえ。ただ、少し昔を思い出しただけよ」
ローブの女性の口元がわずかに緩むと、ローブの内側から山ほどの黒い靄が溢れ出る。
それらは女性の隣に集まると、だんだんと人一人分くらいの剣へと形成されていく。
女性はそれを優しくなでながら昔のことを思い出す。
「懐かしいわ。あの時は複製を作るので精一杯だったなんてね」
「思い出に浸っているところ申し訳ありませんが、こちらもあまり時間をかけられないので、本気で行かせていただきます」
ステラが両手を合わせると、下に広がる雲は集まり雷を纏った巨大な槍へと姿を変える。
「やっぱり面白いわね、あなたたち」




