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拝啓、あの世の私へ  作者: りんごあめ
第四章 学園祭編
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69話 いざ学園祭④

「それでは、始め!」

 掛け声とともに、茜は柚葉に距離をとらせないように大きく前へと出る。

 今までの戦いを見る限り、柚葉は得意とする距離を保ちながらの戦いが多かった。

 開けた場所でならなおさらそういう傾向があった。

 だからこそ柚葉の初手の行動は茜には全くの予想外だった。

「……え?」

 何が起きたのか理解出来ないまま茜の体は宙に浮き、後ろへと飛ばされる。


 柚葉にとって、今回最も警戒すべきは茜の情報量とそれに基づいた対策だった。

 常に行動を共にしていたのもあり、戦い方の癖も完全に読まれていると考えるのが自然だ。

 となれば、勝つためには茜の予想外の行動をする必要がある。

 例えば、いつも初手で後ろに行くなら、前に行けばいい。

 ここまでくれば後は体に馴染ませるだけだった。

 試合開始の合図とともに前に出て、距離を詰めてくる茜を後ろへと投げ飛ばす。


「あはは、楽しい!」

 とっさに受け身をとった茜は笑いながら短剣を抜く。

 その刀身の澄んだ紫色は、主の気持ちを受けより一層輝きを増す。

「相変わらずタフだよね」

「もっともっともっと」

 再び距離を詰めようとする茜だったが、意識とは反対に足は一向にその場所を離れようとしない。

 一瞬パニックに陥るが、直ぐに理由は見つかった。

 茜の利き足には数本の鋼糸が絡みついており、それが妨げとなっていた。

「地面の下?」

 茜は距離を詰めてくる柚葉をもう片方の足で蹴り飛ばす。

 柚葉は受け身こそとれたものの、不完全だったのと茜ほどの肉体的な強さがなく、衝撃でわずかに意識がブレる。

 だが、ほんのわずかな時間でも茜にとっては十分だった。

 足に絡みついたそれを切ると、柚葉が起き上がるよりも早く追い打ちをかけに行く。

 勝てる。

 そう確信を得た時、茜は騒がしい歓声の中から不審な音を聞き分け、本能的な危機感は考えるより早く茜の足の動きを止める。

 次の瞬間、本来茜がいるはずだった所へ無数の鋼糸がそこにあるものを絡み取るように飛んでくる。

「鋼糸……でもどこから?」

 そして、周りを見回して初めて自分の置かれた状況を理解する。

 屋根とそれを支えるための柱から空を覆うように鋼糸が編まれていて、地中で同じようになっていたそれとを優に200を超える数の鋼糸が、狙った獲物を逃さない蜘蛛の巣のように張られていた。

 そして、それは茜にとって信じられない光景だった。

 今まで見ていた限り、同時に使える鎖の本数は10本が上限で、しかも自身の体と触れているものでないといけなかったはずだ。

 しかし、今視界に入る本数はその上限を遥かに上回り、手の届かない所にあっても動いていた。

「なんで……」


 柚葉にとって、自身の出自は忌むべきものであった。

 誰が何と言おうとあそこでの出来事は悪夢そのもので、同じような思いをする子供をなくそうと思ってここまで生きてきた。

 だけれど、一つだけ今でも忘れずに心に刻んだ言葉がある。

『本気は、自身の限界は誰にも見せてはいけない。たとえそれが最も信頼を置く人であっても』

 幼いころ言われたこの言葉だけは忘れようとしなかった。

 いつか来るその日に、その言葉を刻んだ場所を壊すために自分の全力はとっておかなければいけない。

 そう思っていた。

 茜に蹴り飛ばされ、地面にうずくまりながら、今何ができるか考える。

 考えて、考えて、考えて。

 考えて、考えて、考えて、考えて、考えて、考えて。

 回らない頭をフル回転させて出した答えは、何も出来ないだった。

 姉として全くもってふがいない話だが、今にも意識を失いそうな状態から茜に勝つ方法は何も見つからなかった。

 敗北。

 一度その言葉が頭に浮かぶと、自然とそれでも良いと考え始める。

 これは所詮ただのゲームに過ぎない。

 入試という形のゲームで、勝っても負けても何もない。

 どちらにしろ茜は合格できるだろう。

 だから負けても問題ない。


『まさか、全力で勝ちに行くよ』

 試合前に茜と話した言葉が、呪いのように頭の中をグルグルとめぐる。

 本当に全力を出したのだろうか。

 こんな終わり方で本当にいいのだろうか。

 時間にしたらほんの一瞬だろうが、それを永遠にも思えるほど自問自答を繰り返す。

 頭では負けても良いと考えているのに、体は次の一手を打とうと動きたがっていた。

 そして、心の奥底で何かが壊れる音がした。

「やだ……まだ終わってない」

 今までのような細かい作戦なんて捨ててしまえばいい。

 苦手なフィールドなら得意なように作り変えてしまえばいい。

 限界なんてまた超えればいい。

 全身の痛みも、今にも爆発してしまいそうな心臓も、全てどうでもいい。

 今はただ、目の前の勝負にすべてをかける。

「これが、私の全力……」

 薄れる意識の中、柚葉は茜の目を見て呟く。

 あるいは、声になってすらいなかったかもしれない。

 もう起き上がれない、そう思うほどの痛みを感じていた。

 それでも過去に感じたことも無いほどの満足感に浸っていた。


「お姉ちゃん……」

 立ち止まる茜には、もう選択肢は残っていなかった。

 もし一歩でも動いて鋼糸に触れようものなら、すぐさま絡み取られてしまう。

 だが、この鋼糸も15分もすれば柚葉の限界を持って効力を失うだろう。

 しかし、試験の時間は残り9分ほどしかない。

 どうあがいてもこれらから逃れる術は無かった。

 そして何よりも、苦しそうにする柚葉の姿がそう決断をさせた。

 茜は短剣を鞘にしまうと、審判に降参の意思を伝える。

 試合終了のアナウンスが流れると共に、鋼糸の網は次々と地面に崩れ落ちていく。

 茜が柚葉の元へと駆け寄ると、意外なことに目立った外傷は無かった。

「よかった……」

 無事を確認した茜の両目からは涙が溢れ出ていた。

 一方の柚葉も早々にギフトの使用を中断したことで、体への負担を最小限に済ませることが出来た。

「なんで泣いてるの……」

「だって、このまま死んじゃうんじゃないかって思って」

「大丈夫だよ。まだ茜を一人にしないから」

 怪我自体は軽くても原因が原因なので、多くの治療系のギフトは効果をなさないだろう。

 そう思った悠は、試合が終わると共にグラウンドへと入り、柚葉の治療を始める。

 しかし、珍しく一言も話さなかった。

 時間こそ短かったものの、他の受験生とは一線を画す内容に観客は大盛り上がりだった。

 鳴りやまない声援と喝采の拍手。

 そのどれをも取り払って会話に集中したい茜は、試合が終わってもギフトを使ったままだった。


 だからこそ誰よりも早く危機に気づくこともできた。

 異常なまでの寒気を感じながらも、茜は二人を掴むと出来るだけその場から離れさせようと通路の方へと投げ飛ばす。

 その場にいた誰もがその行動の意味を理解できなかったが、直ぐに理解することになる。

 上空から黒い塊のようなものがグラウンドめがけて一直線に落下する。

 二人の後を追いかけていた茜も、それが着地する衝撃で吹き飛ばされる。

 未知の脅威と異常なまでの死の香りに、その場にいた誰もがどうすることも出来なかった。

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