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拝啓、あの世の私へ  作者: りんごあめ
第八章 終末編
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112話 覚悟②

 もつれそうな足を動かし壁を辿りながら移動する悠は、屋敷を移動するうちに開けた中庭へと辿り着く。

 広大なその場所では、地面に敷かれた砂利をまき散らしながら二人の少女がお互いの力をぶつけていた。

 茜の勢いは前に戦った時よりも目に見えて増していたが、それでも彗の表情には余裕が満ちている。

 もっと戦いたい、もっと本気を見たい。

 そんな彗の笑顔は茜を刺激し、より彼女の限界を引き出そうとする。

 ある意味で言えばよい関係と言えるのだろうが、はたから見る悠には茜が彗に良いようにあしらわれているようにしか見えなかった。

「何……これ」

「あの日の続きだって。止めたんだけど、茜もやるって言ってきかなくて」

 縁側に座り、柚葉はその様子を保護者の様に眺めていた。

 どう話を切り出そうか悩んでいると、柚葉は自身の隣に座るよう彼を促す。

 言う通りに隣に腰を下ろすと、腹をくくり口を開く。

「……その、家の事…………」

「そっか……」

 それだけで何を言わんとするのか察し、柚葉は静かに目を閉じる。

「ごめんね。何にも言わないで決めちゃって……」

「ううん、ゆずが満足する結果ならそれで…………」

 そこで、二人の会話は止まった。


 一方、二人の目の前で行われていた戦闘は激化したものの、彗が茜の腕を地面に押さえることで決着がつく。

 彗もここまでの成長は予想外だったのか、結果として息は乱れ額には汗がにじんでいた。

「まだ、届かないの……」

「まだまだだよ。けど、うん。悪くなかった」

 絶対の自信がある訳ではなかった。

 何度もぶつかるうち、彼女が本気でないことは嫌でもわかってしまう。

 それでも、傷一つ付けられないという結果はそう簡単に認められるものではなかった。

「ねぇ、なんで……。途中から、わざと誘うようなことしてた……」

「……茜ちゃんの勘違い」

 覆いかぶさるようにしていた彗は、茜の上からとくと大きく伸びをする。

「それよりさ、なんか甘い物食べたくない?」

「……え?」

「なに、いらないの? なら彗が全部食べちゃうよ」

「違う……なんか、前と雰囲気が違う気がする」

「そう?」

「前はもっと、こう……頭がおかしかった」

「なにそれ。流石の彗も、そこまで直接的な悪口言われたことは無いよ」

「悪口じゃない。なんか狂気って言うか……。さっきは、ちょっと丸くなってた感じがする」

「なんでもいいけどさぁ、食べるの? 食べないの?」

 彗はどこから取り出したのか、串に刺さった団子を両手に持ち頬張っていた。

「……食べる」

 茜がそう答えると、彗は片方の手に持っていたそれを彼女へと渡す。

 これらのやり取りが何を意味しているのか茜には分からなかったが、これから共に戦うということを考えると関係が良いというのは悪いものではないのかもしれない。

 それでも姉の隣に立つと決めた彼女は、神楽彗という存在を超すべき壁の一つとして捉えている。

「次は絶対に勝つ」

「う~ん、どうだろうね。まだまだ茜ちゃんには負けられないなぁ~」

 静かに闘志を燃やす茜の宣言に対し、彗は笑いながら応えた。


「それでさ……真奈に会ったんだよ」

 沈黙を貫く彼が次の言葉を紡いだ時、柚葉はその言葉に耳を疑う。

 彼女もまた、彼がその問題に対しどれだけの執念を持っていたか良く知っていたからだ。

 長年の悲願が達成された、そう祝うべきだというのに、彼の言葉には喜びの感情がまるで感じられなかった。

「何かあったの?」

「真奈がさ、その……もうすぐ死ぬって、久遠桜が」

 たどたどしく、記憶を整理しながら悠は話す。

「エレナちゃんが協力してくれて、それで今は大丈夫だけど。その……治す方法もあるんだけど、直ぐには無理で…………」

 その続きをどういうべきか悩み、悠は再び言葉を詰まらせる。

 終末の事を彼女が知っているとは限らないし、もし知らなかった場合その説明の仕方が分からなかった。

「……終末でしょ」

「知ってるの?」

 それに続く言葉に心当たりのある柚葉が確認すると、悠は目を見開く。

「ついこないだ、ステラさんからね。もうさ、急に言われても現実味がないって言うか、信じたくないって感じで……」

 半笑いで言う柚葉は、手を後ろにつき寄りかかる。

「でもさ、嘘じゃないんだろうなって」

「ゆずは……どうするの?」

 苦しそうに悠は尋ねる。

 どうもこうも無い。

 彼女の性格を考えれば答えは自ずと導かれる。

 そう分かっているのに、何か別の答えは無いのかと彼女にすがってしまう。

「私はさ、世界がどうとかは分からないけど、今ある日常を守りたい。隣に茜がいて、悠と宮矢が騒いで、エレナが笑ってる。そんな日常が大切だから……だから、神楽の家をついて、終末に抗うって決めたの」

 静かに、だけどその言葉には闘志がこもっていた。

 何とも彼女らしい理由だと悠は感じるが、同時にその願いは根底から覆る事実に対し、どう話すべきか悩む。

「けど、宮矢は……」

「久遠桜、でしょ。さっき聞いた。今までのこともあったし、自分でも殴りかからなかったのが意外だよ」

 そう言いながら、柚葉は力なく笑う。

「悠はどうするの?」

「戦うよ。真奈を助けられる道が目の前にあるんだから、これ以上待たせたくない」

「お話し中申し訳ありませんが、少々お時間よろしいでしょうか」

「ステラさん……」

 会話に割り込むように、二人の後ろにステラが現れた。

「それじゃ、僕は行くよ」

「まって」

 立ち上がりその場から逃げるように歩き出す悠を、柚葉は手を伸ばし引き留める。

「その、無理だけはしないで。今の悠は、ちゃんと笑えてないから」

 助言とは少し違う、どちらかというと心配に近い言葉を悠は背中で受け取る。

 何か言葉を返すかと思ったが、彼はそのまま無言で歩き出した。

「……笑う、か」

 こんな時に笑うなんて……。

 今でも鮮明に覚えている。

 満面の笑みの真奈の姿。

 家は経済的に裕福とは言えなかったが、あの時にしか感じられなかった幸せは確かにあった。

 それを失った今だからこそ、その存在の大きさを突き付けられる。

「どうすればよかったんだよ……」

 畳の上で寝転ぶと、悠は顔を手で覆う。

 終末という強大な敵に打ち勝った先に、妹の蘇生という褒美がある。

 どこかのおとぎ話の世界にでも入ってしまったような感覚だ。

 だけど、終末に勝てる確率云々はどうでも良い。

 どうせ失敗したらそこで全部無に帰るんだら。

「何か言いたいことがあるなら今の内に言って」

「久遠桜……」

 はたから見れば寝ているようにしか見えない彼のそばに、久遠桜が座る。

 彼女はフェニックスが意識を乗せた人形を抱いていて、指の隙間からその様子を見た悠は、きっと何か言われてここに来たと察する。

「あんたが協力する以上、遺恨は残しておかない方がいいって……鳥さんが…………」

「自分が嫌になる。何も知らなかった。自分の事も真奈のことも」

「そりゃ、私が隠したから当然だよ」

 不貞腐れるように言う桜だったが、彼の話に胸を張りながら応える。

 そんな態度を声で察した悠は、あの時話を聞いてからずっと胸に突っかかっていたことを口に出した。

「ねぇ、なんで真奈を助けたの。僕の理解が間違ってなかったら、真奈を見捨てる方が……確実だと思う」

 自分で口に出しておきながら傷を受ける彼の言葉に、桜はあっさりと答える。

「何度も言うけど、私はあの子の事はどうでも良いんだよ。フェニックスのコアさえ手に入れば器はあんたでも良かった。ただ……ステラが嫌がったから」

「なんだそれ……」

 予想外の返答に、この状況の悠でも笑いをこらえられずに軽く吹き出してしまう。

「ステラもちゃんと先生の子供だからね……助けられるものは全部救い上げようとするんだよ。私からしてみれば無駄の多いこだわりだけど、私も先生にそうやって救われた一人だから……」

「僕はさ、何も救えなかった。真奈の事も何も知らないで、一人で馬鹿みたいに駆けまわって。出雲心音の時も……」

「はぁ、これから世界を救おうっていうのにそんなことで足踏みしてんの。あんたにとって終末の話題はポッと出たものに過ぎないのかもしれないけど、私たちはずっと前から準備してた。先生もエレナもその為に……。だから、あんた一人のせいで台無しにされると困る」

「こういう時って、普通励ましの言葉なんじゃないの」

「嫌だね。足手まといは邪魔にしかならない。フェニックスの器だからって、特別扱いされると思わないで。それどころか現状最大戦力なんだから、バリバリ前線で体張ってもらうよ」

 突っぱねるように言う桜の言葉に、悠はかすれた声で大きく笑う。

「何、気持ち悪い」

 横に寝転び顔を手で覆いながら笑うその姿に桜は困惑する。

「いや、久遠桜とこうして話してるって考えると面白くて」


「うん。なんか、吹っ切れた気がする」

 ひとしきり笑うと、悠は勢いよく起き上がる。

 その目元には涙が溜まっていて、それを拭る彼の姿を見ながらそこまで笑う事なのかと桜は疑問に思った。

 それでもその表情から迷いは一切消えていて、純粋な闘志だけが燃えているのを感じる。

「戦うよ。真奈を助ける為に僕は全てを賭ける。だからもっと教えてくれ。終末とは何なのか」

 覚悟は決まった。

 ううん、元々決まっていた。

 あの日、炎に全てを捧げたその瞬間から。

 もう二度と失わない、それだけが僕が生きる理由だから。

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