109話 最悪の再会③
ポータルの先は意外な場所に繋がっていた。
壁一面ガラス張りのその部屋は一見、ステラ・ヴァレンタインと会った時と同じ場所のように感じる。
「ここは……セントラルタワーの上層階?」
ただ、あの時には感じられなかった感覚を覚える。
どこかちぐはぐで、全てが嚙み合っていないような、そんな感覚。
それは、神楽家で感じた違和感と同じものだった。
「ここは……どこなんですか」
「私の空間だよ。まぁ、現実の空間をつなぎ合わせるように作ったから、中途半端も良いところなんだけど」
私の質問に謎が増えるばかりの答えを示し、一人で納得した様子の桜ちゃんは部屋の中央に置かれた四角い箱のような物を覆っていた布を外す。
その下にあったのは、ガラスでつくられた四角い箱に入れられ"保存"された少女だった。
さっき見た記憶にも出てきた茶髪の少女だ。
「真奈っ!!」
その姿が見えた時、悠は駆け寄りガラスの蓋を開け中の少女を抱きかかえる。
「真奈っ、起きてよ。僕だよ、お兄ちゃんだよ」
そう、涙を流しながら語り掛けるようにする彼の姿は、エレナが今まで見たことのないものだった。
「いくら揺すっても無駄だよ。その子は二度と目覚めない」
そんな彼の気持ちには全く興味を示さない桜は、戸棚を開けるとその中から瓶に入ったジュースを取り出す。
その封を開けグラスに注ぐと、椅子に座り味わいながら口にする。
「どういうことだ」
「本当に知りたいの?」
彼女を再び寝かし、椅子に座り高みの見物をする桜に悠は詰め寄る。
再び感情に支配され桜の胸倉をつかむと彼女の持っていたグラスは傾き、中に残っていたものは地面へとこぼれた。
それをもったいなさそうにする桜はグラスをテーブルへと置くと、掴む手を振り払う。
「その子は死んでるんだよ」
「……どういうことだよ、それ」
「これを話すには、全ての始まりから話さないと……」
椅子に座りなおしグラスに二杯目を注ぐと、桜は若干めんどくさそうに過去を振り返り始める。
「あんたら兄妹が生まれた時、フェニックスのコアが二つに分かれた。ここまでは知ってるでしょ?」
「うん。そもそも、なんで二つに……」
「フェニックスのコアはある契約に従って二つに分かれた。そうですよね?」
そう言って、桜の視線はいつの間にか座っていた悠の隣に立たずむ炎で出来た鳥へと向く。
フェニックスはその問いに対し、なぜ彼女がそのようなことを知っているのか疑問に思うも、頷いて答える。
「その契約の詳細は知らないけど、まぁ何となく推測は出来る。あんたの妹は死産の予定だった、いや、事実として死んだ状態で生まれたんだよ」
「何言ってんの……。子供のころから一緒に居たのに」
真剣な顔で話す桜に、悠はその内容に耳を疑う。
そのような重要なこと、親から聞いたことは無かったし、記憶にもそんなものは無い。
それに、今でも妹と共に遊んでいた幼少期を鮮明に覚えている。
「それがフェニックスのコアが二つに分かれた原因でその結果。死んだ真奈は、フェニックスのコアを分け与えられることで死を先延ばしにしたんだよ。本来なら時間をかけてコアを魂に馴染ませて、成長と同時に少しずつコアをあんたから引き取ることで完全な生を得る予定だった。だけど、コアが完全に移るより前にあんたがコアの力を覚醒させちゃった。本当にあれは誤算だったよ。それに加えて、あの日フェニックスのコアに魂を焼き尽くされるはずが、どこぞの野良ネコのせいで生き残るなんて……」
「どういう事だよ、それ」
「もっとわかりやすく言おうか。真奈が生きるのには、フェニックスのコアというエネルギーが必要。だというのに、あんたがそれを渡せなくなった。それどころか、詩乃という変数の登場によって死をもってコアの解放という強硬手段まで封じられた。本当に面倒なことをしてくれたよ」
「それじゃあ……真奈は…………」
「フェニックスのコアを移せない以上、死を先延ばしに出来ない。今の状態は……どうせ話しても無駄だし省略して良いよね」
説明に疲れたのか、桜はグラスの残りを一気に飲み干すと三杯目を注ぐ。
対照的に、衝撃的な内容を突然知らされた悠は椅子の背もたれにもたれ、頭を抱える。
最初から、ある程度の覚悟をしていたつもりではいた。
生きているというフェニックスの話を信じていない訳ではないが、何か特殊な状態に居るのではという考えを捨てていなかった。
ただ、流石にこの事実は想像のしようがない。
妹の為であれば死なんて恐れるものではない。
ただ、それが彼女の為かどうか、どうしても考えてしまう。
もし自分が居なくなれば、彼女には誰もいなくなってしまうからだ。
長い事考えを巡らせていた悠に、ふとある疑問が浮かぶ。
「なんで……」
「ん?」
「僕はフェニックスのコアが半分でも全部なくても自己蘇生出来るのに、何で真奈ではそれが出来ないの?」
「だから、そこから違うんだよ」
グラスを机に置き、ため息をつく。
元々彼女は悠に対し、十分な説明をしたという意識は無かった。
それでも、全てを説明する義務を感じてはいない。
彼女が説明し、彼がそれを理解したところで、現実が変わることは無いと良く理解しているのだ。
あるいは、その説明の内容は彼女の目的の達成を困難なものにしている原因だからかもしれない。
「死んだ人間の蘇生は簡単には出来ないの。あんたが今まで自己蘇生だって思ったのは、フェニックスのコアによって死を先に延ばしているだけ」
「なんだよ……じゃあ、本当に真奈は…………」
「真奈を生き返らそうとしたら、あんたが死んでフェニックスのコアを明け渡すしかない」
「なんだよ……そんなのって…………」
唯一見えた道筋も経たれ、それどころか今まで当たり前のように使っていた手札の思わぬ真実を知らされた悠は、意気消沈といった様子で椅子にもたれる。
「方法は他にもあるんですよね」
一通り話が終わるまで聞く事に徹していたエレナは、ずっと考えていたことを口にした。
「ここへ来る前、私にも関係があるって桜ちゃんは言いました。何か方法が……」
「その子の時間を止めて、世界から隔離する。これがステラの考察」
何かにすがるように話すエレナに、桜はもったいぶることも無くその方法を口にする。
それでも、方法を知ったからと言って、実現出来るかどうかは全くの別問題だ。
「そんなこと……」
絶望的な提案に、悠が一瞬抱いた希望も打ち砕かれる。
そんな方法、どうやっても実現できる未来は思いつかなかった。
「時間と空間、これら二つに干渉出来る人形がいればその子の死を先延ばしにして、おまけでその子に入ったフェニックスのコアを取り出すことも出来る。まぁ、私はおまけがメインなんだけど」
抽象的な説明としか思えない悠に対し、エレナは直観的にそれが最も軸をとらえた説明であると感じる。
どちらも実際にやったことは無く、ましてや同時にというのは無謀とも覚える。
それでも、今これをやれるのは自分以外いないというのは紛れもない事実だ。
「どう? やる?」
誘うような問いに、エレナは悩むまでもなく答えは決まっていた。
「どうすれば良いんですか」
「目を閉じて集中して。世界の樹が認識するこの子を感じるの」
身体の奥底に沁み込むような桜ちゃんの声に合わせ、横になり眠る彼女へと意識を向ける。
霧散しそうな彼女の身体を包み込むと、彼女の身体を覆うように膜が生成された。
これで、ひとまず問題は無いだろう。
「身体の中に赤い煙みたいなのがあるでしょ。それを一つにまとめて取り出して」
心臓を中心に全身に広がる赤い靄、それを集めると心臓の位置で結晶のようになる。
言われた通り慎重に取り出そうとすると、入れ替わるように私の中から白色の煙が流れ込んでいく。
「これって……何で人形に先生の神格があるの?」
「出来ました」
「う、うん」
人形に神格が埋め込まれてるなんて話聞いたことない。
そもそも、前の調査の時にはそんな反応は無かったはずなのに。
なんで先生はこんな重要なことを……。
「とりあえず、これで今出来ることはやったから。後は、全部が終わった時にもう一回ね」
「全部って?」
「そっか、まだあんたには言ってないのか」
いつになれば彼女が目覚めるのか、そればかり気になる悠は、不明確な期限の定め方に疑問を感じる。
「この世界の迎える終末について」




