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拝啓、あの世の私へ  作者: りんごあめ
第七章 奪還作戦編
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104話 どうか賢明な判断を

「神楽家の管理する施設は国中に点在していますが、より重要度の高い部分は奥州付近に集まって存在しています」

 机に広げた地図に、西城は赤いマーカーで印をつけていく。

「その中で最も可能性が高いのはここだと思われます」

 そう言って、彼女はある印の上にマーカーの先を置く。

 付けられた印の内その一点は最もアテナに近い位置で、他のものとはわずかに外れた位置に存在していた。

「信じていいんだよね」

「私が一度でも嘘を言ったことがございましたか?」

 真っ直ぐ見つめる彼女と目が合う。

 元々嘘はもちろん、信憑性の欠ける情報の扱いにも気を付けていた彼女の事だ。

 その点を疑うつもりはないが、神楽家という一点が必要以上に慎重にさせる。

「……わかった」


「さて、まずはその体の治療からですね」

 壁に寄りかかっていた柚葉の額に手を当て、ステラは目を閉じる。

 二人のやり取りを興味なさそうに眺めていた彗だったが、彼女の行動に慌てて立ち上がった。

「ちょっと、そんなことしたら逃げちゃうよ」

「大丈夫ですよ。彼女は逃げたりしません、ですよね?」

 そう言ってステラさんは微笑む。

 敵意はない、そう頭ではわかっているのに、その笑顔の奥に底知れない恐怖を感じる。

 それも、詩乃先輩に初めて会った時に感じたものとはまた別の感覚だった。

「脅しているんですか?」

「ふふ、そう見えてしまいますか? ですが……そうですね。もし仮に柚葉様が逃げようとすれば、私はあらゆる手を使い止めることになるでしょうね」

 自信の表れか、彼女は笑いながら冗談のように口にする。

 茜の様子も気になるが、この感じではこの屋敷どころかこの部屋を抜けるのさえ不可能かもしれない。

 そう判断した柚葉が素直に布団の上に座ると、彼女の行動を注視していた彗も床に座る。

「ではさっそく本題に入りましょう、と言いたいのですが、予定が少し前倒しになると連絡がございました。ですので、彗様はそろそろお客様のお出迎えに向かっていただけますか?」

「ほんと? もうみんな来るの?」

 地面に置かれていた本を開き続きを読もうとしていた彗だったが、ステラの発言に目を輝かせ立ち上がる。

「ええ。ですが、丁寧な対応をお願いいたします。それに、先日のような建物を壊すことも禁止です。よろしいですね?」

「は~い!」

 ステラが言い終わるよりも前に部屋を飛び出した彗は、バタバタと足音を立てて廊下を駆けていく。

 あの調子では彼女の話を全て聞いていたかどうかも怪しいだろう。

 その様子を、ステラは子の成長を見守る親のような表情で見ていた。

「ふふ、可愛いですね。柚葉様もそう思いませんか?」

「お客様って、誰が来るんですか」

「申し訳ありませんが、今は話すことが出来ません」

「そう……」

 直接的な答えこそ貰うことは出来なかったが、あの彗が喜ぶ時点でまともな結果になることなど想像できない。

「では、本題なのですが、ぜひ柚葉様に聞いていただきたい話がありまして。恐らく今の柚葉様が持たれる疑問の大半の答えになるものかと」

 柚葉は応えることなく、ただ座っていた。

 無言を肯定と受け取ったステラは、静かに話始める。

「神楽家の成り立ちは特殊なものであるというのは、比較的有名な話であるかと思います。なぜこうも力を持つことにこだわり、なぜ戦力を欲するのか。それは、この家の役割がいずれこの世界に訪れる終末に対抗するためだからです」

「終末って……この世界が滅びるんですか? そんな物語みたいなこと……」

「その昔、ある神がこの世界に降り立ちました。その神の名はルナ・ヴァレンタイン。彼女の目的は終末を阻止することでしたが、彼女が直接手を下すは出来ません。ですので、素質のある子どもたちを集め、皆に新たな名を与えました」

「それが『神楽』だった、と?」

「ええ。神楽の名には、終末に打ち勝つという使命が課せられています」

 突拍子のない話、そう柚葉は思った。

 突然神や世界がどうこう言われても、現実味がまるでない。

 だというのに、話している彼女を見ているとそれが現実であるというのは疑いようのない事実のように感じてしまう。

「でも、神楽の歴史は長く、今までにそんなことが起きたと言う話は聞いたことがありません。急にそんな話を信じろと言われても……」

「柚葉様が信じようと信じまいと、すでに終末へのカウントダウンは始まっています。私たちには、あなたの力が必要なのです」

 なぜ自分なのか。

 なぜ今なのか。

 頭の中で様々なことを考える柚葉は自然と黙り、答えの出ない問に頭を抱える。

 しばらくは眺めていたステラだったが、一つ息つくと立ち上がった。

「とはいえまだ時間は……少なくとも柚葉様が十分に悩むだけの時間は残っているでしょう。良い返事がもらえることを期待しています」

 部屋を出ようとふすまに手をかける彼女に、顔を上げた柚葉が声をかける。

「一つ、聞いても良いですか」

「ええ。私で答えられるものであれば」

「神楽家で子どもたちが辛い思いをして過ごしているのもすべて、その終末に対抗するためなんですか」

 彼女にしては低く、力のこもった声で尋ねる。

 実際の時間の何倍にも感じる沈黙が続き、部屋の空気はどんどん重くなっていく。

「神楽家の内情について私は知りませんが、おそらくそうなのではないでしょうか」

「あなたはそれでも構わないと?」

「では、柚葉様が神楽家の主となり制度を変えればよろしいのではないでしょうか。もともとはその話をするために連れてこられたわけなのですから」

「どんなに立派な目的があろうと、そのしわ寄せが子どもたちに来る限り、神楽家は私の敵です。もし私が家を継ぐことがあれば、それはこの家を壊すためにだと、そう考えてます」

 どんな反応が来るのか心配な柚葉だったが、以外にもステラは柔らかな声で答える。

「そうですか。どんな選択をするにしても、それを決めるのは柚葉様自身です」

 厳しくその考えを追及されることのなかった柚葉は一安心するが、振り返ったステラの鋭い目と目が合う。

「ですが、決断には責任が伴います。感情に支配されず、どうか賢明な判断を」

 その視線に柚葉は息を忘れるほどの威圧を感じる。

 一方のステラも何をするでもなく、固まった彼女をそのままに部屋を去って行った。

「賢明な、判断……」

 布団に倒れ込み、柚葉は肩で息をする。

「この家は何のためにあるのか、この家の過去の事……もっと調べないと」

 額に手を当てた柚葉は目を閉じ、今後やなければいけない事を考える。

「茜、大丈夫かな……」


 部屋を去ったステラだったが、廊下へと出ると見慣れぬツタ数本が部屋の壁を這っているのを見つける。

「おや、何か面白いものでもありましたか?」

 彼女が声をかけると、ツタ達は慌てて床の方へと戻っていく。

「さて、私も向かいますかね。あの子一人では少々心配も残りますし」

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