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拝啓、あの世の私へ  作者: りんごあめ
第六章 家族編
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100話 神楽柚葉

 良く晴れたある日のこと。

 天気が良いのにも関わらず、柚葉は早朝から自室にこもり本の山に囲われて過ごしていた。

 その手には本を握ってはいたものの、いくら経ってもそのページがめくられることはなく、彼女の表情も何か別のことを考えているように見える。

 どれほどそうしていただろうか、ふとふすまが開く音がするとその顔は上がる。

「若菜さんっ……」

「大丈夫、心配しないで。こんなの慣れっこだから」

「でも……」

 若菜、そう呼ばれた彼女は、吊った腕を心配そうに見る柚葉をなだめる。

「ほれ、暗い顔しない。あんたがそんなだとあたしも安心して休めないでしょ」

 言葉では明るく言うが、柚葉には彼女の雰囲気がどこか無理をしているように映った。

 この家にいる以上怪我など日常の光景だが、目の前にいる女性、若菜は特にその頻度が高い気がする。

「ねぇ、やっぱり」

「やめてって何回も言ったでしょ」

 その怪我の原因が過去の行為によるものなのかはわからないが、柚葉には無関係だとも思えなかった。

「でも、このままここに居たらダメだって思ったから、あの時若菜さんも……」

「あの時はあの時、今は今。それに、本家の子供のあんたがそれを言ってどうするの」

「だけど、私はギフトも使えない出来損ないだし」

「そんなの今だけだよ。あんたは出来る子だって、あたしが保証する」

 安心させようと思っての言葉なのだろうが、どう答えるべきなのか柚葉は迷う。

 そして、何も答えないまま彼女は黙って部屋を出ようとする。

「どこ行くの?」

「少し外の空気を吸ってきます」

 部屋を出ると、久しぶりの日光に少し気が晴れた気がする。

 ただ、それもつかの間、外で行われている訓練の掛け声が彼女の耳に入った。

 気持ちを切り替えるために部屋を出たはずなのに、聞こえてくるその声に上がったばかりの気分が下がる。

 目的もなく廊下を歩いていると、彼女を見つけた子供たちが廊下の先から駆け寄ってくる。

「ゆずはさまー」

「どこかいかれるのですか?」

「ちょっと散歩にね。みんなはまだやることがあるんでしょ?」

 口々に話しかける子供たちだったが、柚葉のその言葉に一気に口が止まる。

 そして代わりに、ぽつぽつと文句が出てきた。

「えー、でも訓練は沢山やったし」

「今日は沢山お外を走って、もう疲れたー」

「はいはい。でも、そんなじゃ強くなれないよ」

「んー、それはやだ」

「さ、早く行きなさい」

「はーい」

 口々に答え子供たちは廊下を駆けていく。

 その様子を微笑ましく見ていた柚葉を、子供たちの後ろを付ける人はじっと見る。

「……なにか?」

「ただでさえ存在自体が悪影響を与えるんだ。これ以上足を引っ張るような真似はするな」

「今のどこを見てそう思うのか理解できないんだけど」

「ふん、あと一年も辛抱するこっち身にもなれ」

 男の口調は冷たく、彼女のことをよく思っていないのは確かだった。

 だが、彼女にはそんなこと百も承知だった。

 それどころか、この家の中で自分の存在を想うのは若菜と何も知らない子供たちくらいであることも、よくわかっている。

「私だって、好き好んでギフトが使えない訳じゃないのに」

 あと一年、十歳の誕生日を迎えるまでにギフトが発現しなければ、本家の子供であろうが関係なく家の外に放り出される。

 過去のデータを見ても十歳を超えてからギフトが発現した例は皆無に等しく、仮に発現したとしてもそれまでに発現した人と比べれば練度に大きな差が生まれる。

 強さが絶対のこの家においてギフトの使えない、あるいは戦力にならない子供を置いておく意味などあるわけがなかった。

 ギフトを早く発現させそれを使いこなすための訓練機関、そう言えば聞こえは良いが、人為的にギフトの覚醒を早めようとすればその分、体に不相応で過度な負荷をかける必要がある。

 結果、この家の子供たちは日々怪我と隣り合わせの生活を強いられるのだ。

「この塀は、何から子供たちを守ってるんだろ」

 そびえる塀を見て考える。

 今日だけで一体何人怪我をするのだろうか。

 何人の心が折れるのだろうか。

 そして、これから何人が同じ道を辿るのだろうか。

 本家の娘という肩書でここにいる以上滅多な扱いこそ受けることはないが、その分冷静にこの環境のことを考えてしまう。

 もし私が本家の子どもじゃなかったら、今頃どうしているんだろうか。

 そもそも、まだこの家に居られるかどうかも怪しいかもしれない。

 誰が親なのかも知らず、路頭に迷っている未来もあっただろう。

 嫌でも考えてしまう、ある日突然姿の見えなくなった子供のその先を。

 昨日まで元気だったはずの人が、包帯に全身を巻かれ生気のない様子で寝る姿を。


 そんなことが続いたある日。

 日付も変わりしばらくした頃、柚葉は若菜に起こされた。

「起きて」

「うーん」

 眠い目を擦り起きると、いつになく真剣な表情の若菜がいた。

「動ける?」

「どこに行くの?」

「この家を出るよ」

 彼女にせかされた柚葉は、明かりも付けずに言われた通り支度を進める。

「家を出るって本当に?」

「本当に」

「でも、そんなの無理だよ。ここを出てどこに行くの? 住む場所は? ご飯は? そもそもここから出れるかすらわからないのに」

「そんなのどうにかする」

「どうにかならないよ……」

 だが、柚葉もいくら深夜だからって、簡単に出れるような場所ではないことはよくわかっていた。

「あたしは、ここのみんなが好きだよ。だからみんなが傷つくのが見てられない。外に出て、神楽家を止める方法を見つけるの」

「そんなの無理だよ」

「無理じゃない。絶対に何か方法があるはず」

 若菜は動く柚葉の手を取ると、懇願する。

「お願い、柚葉。私に協力して」

 今まで積もった不信感。

 このままではいけないというのもわかっていた。

 何か、大きくこの家を変える方法を……。

「……わかりました」

 腹をくくる柚葉を見て、若菜は大きくうなずく。

「あたしが気を引くから、その間に柚葉が出て。私は後を追うから」

「みんなは……」

「人数が多いと大変だから、あたしと柚葉だけ。ほんとは一人でするつもりだったけど、柚葉もこの家に疑問があるんでしょ?」

「それは……」

「外で安全な場所が出来たら、その時にみんなを連れて出るよ。それか、神楽家を止めるの」


 同じ頃、二人のいる神楽家のとある一室。

 二人の男が座り火を囲んでいた。

「動きました」

「そうか」

 報告を受けた男はそう一言だけ答えると、ゆっくりと立ち上がる。

「残念だ。我が娘よ」


 人気のない家を出て、中庭から塀をたどって門へと行くと案の定見張りをしている人を見つける。

「どうするの?」

「計画通り、あたしが気を引くからその間に柚葉が……」

 彼女の声を遮るように銃声が響く。

 耳を抑える柚葉の目の前で、若菜は血を吐いて倒れる。

「若菜さん……?」

「お前には素晴らしい素質があったのに。残念だ、柚葉」

「……お父さん」

 振り返ると、一人の男性が銃を片手に彼女を見ていた。

「なんで若菜さんを!」

「知っているだろう? 神楽は裏切り者を許さない。それの罰はお前の覚醒のための生贄となることだ」

「何を……言っているの。狂ってる」

「ふん、我らが戦う相手を考えれば人間の一人や二人など些細な犠牲にすぎん」

 心のよりどころとなった存在を失い、彼女の心に大きな穴が出来る。

 柚葉は今まで感じたことのない怒りに任せ彼に殴りかかろうとするが、何かが彼女の足首を握りその動きを制止する。

「ゆず……にげ……て」

 最後の力を振り絞り柚葉の足を掴んだ彼女だったが、追加で放たれる銃弾によりその力もなくなる。

「いやああぁぁぁぁ!!」

「そうだ。怒れ、憤怒しろ。感情に支配され、己の枷を解くんだ」

 あたり一帯に絶叫を響かせ、少女の中で何かが壊れる。

 それが理性なのか、あるいは彼女を縛るものなのかはわからないが、今の彼女の願いを叶えるものであることは確かだ。


 少女に理性が戻った時、そこに立っていたはずの者はみな死にゆくだけの肉塊と化していた。

 彼女はおぼろな記憶を頼りに求める人の姿を探す。

 軋む全身を無理に動かし見つけたその人の体はとてもきれいで、貫く銃弾の痕さえなければ寝ているだけと思うほどであった。

 そうしている間にも、彼女の耳には騒ぎを聞きつけた人が集まる音が入る。

「行かないと」

 最後に抱きしめ彼女を床に横たわらせると、流れる涙を拭き門をくぐる。

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