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拝啓、あの世の私へ  作者: りんごあめ
第六章 家族編
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95話 世界の樹

 なんだかんだで一週間ほどがたったある日。

 日が昇る前に私はルナさんに起こされた。

「巡りが来るわ」

 そう一言、静かに話す彼女の顔は暗くてよく見えなかったが、その声には喜びとは別の感情がこもっているように感じた。

 支度をして家を出ると、どちらからも話しをすることはなく、静かに森の中を進んでいく。


「話すのが遅くなってごめんなさい。今更だけれど、あなたの質問に答えるわ」

 その場所へと着いたとき、ルナさんは静かに話始めた。

「私がどうして生まれたのか、ですか?」

「ええ。でもそれを話すには、まず先に悪だくみの話をしなくてはいけないの。私がこの世界に腰を下ろしたのは、ある友達を助けるためよ」

「友達……」

「好奇心の塊のような彼女は、興味を持ってはいけない存在に興味を持ってしまったわ。いくら説得しても収まらなくてね」

「説得するための悪だくみですか?」

「もしそうできたら、どれだけ犠牲を減らせたのかしら」

 遠くを見つめながら、ルナさんは過去を懐かしむように言う。

 考えをめぐらせているのか、彼女はしばらく目を閉じたのち、力のこもった声で言葉を継いだ。

「あの子はこの世界に終末をもたらすわ。あなたが居る時代からそう遠くないうちにね」

 終末……。

 つまり、この世界が終わりを迎えるという事。

 話のスケールが大きすぎて想像も出来ないが、それを止めなければいけない事だけはすぐに理解できる。

「あなたを作ったのはそれを止めるため……でも合っているのだけれど、より正確に言うならエレナの代わりって言うべきね」

「代わり? エレナちゃんじゃダメなんですか」

「あの子は、エレナはもうすぐ死ぬの。私の神格の一部を受け継いでしまったせいでね」

「そんな……あんなに元気なのに」

「今元気だろうと関係ないわ。それはあの子の身体をむしばみ、命を吸い取っていく。あの子にとって、神格は力を与えるどころか毒でしかないの。でも、私の計画にはどうしてもあの子の存在が必要なのよ」

「それで私が作られたんですか」

「ええ。そして同時に、あなたは……私が見たかったあの子の未来よ。私が見ることのできない、あの子の未来の姿」

「見ることが出来ないってどういうことですか」

「私もすぐに、たぶんエレナよりも早くに死ぬからよ。詳しくは話せないのだけれど、あなた達がギフトと呼ぶものは私が後からこの世界に付け足した存在なの。世界の理を大きく書き換える代償にしては、これでも少ない方なのよ」

「どうしてそんなこと……」

「私では災厄に対抗できないからよ。あれの特殊性は私たちの起源に大きく関わっているの」

 冷静に、落ち着いて話そうとしてるが、だいぶ前から声の震えは抑えられなくなっていた。

 あの時、エレナちゃんや桜ちゃんを前にして話したくないという気持ちも良くわかる。

 どう言葉を返すべきなのか、情報の整理もつかない頭をひねるが、いい答えは出てこない。

「そう暗い顔をしないで。これしか方法がなって、いずれあなたも分かるわ」

「でも……」

 続けようとした私の言葉を遮るように、背後に巨樹が現れた。

 青白い光の粒が集まるようにしてできたそれは、周りにも光を漂わせ、天へと伸びていく。

 世界の樹。

 こうして相対すると、改めてその存在感に圧倒させられる。

 それが現れたのと同時に、私の身体も光に包まれ始めた。

「私のせいであなた達の運命を大きく変えることになってしまったこと、本当に申し訳なく思っているわ。願わくば、一人の犠牲も出ず終末の波が過ぎ去らんことを」

 両手を合わせた彼女の祈りの言葉が終わるやいなや、私の体は完全に光に飲まれた。


 その後、波に揺られるような感覚に襲われるが、それも数秒すれば収まる。

 恐る恐る目を開けると、私の前には見覚えの草原が広がっていた。

 広い草原の先の大樹の根本には、想像通りというべきか、一人の女性がいる。

「エレナちゃん……」

 状況は前と同じだが、あの時よりも彼女やこの場所のことが良くわかる。

 そして、樹に寄りかかり本を読む姿は、落ち着きのない記憶に新しい彼女とはまるで別人のように感じた。

「随分と変わりましたね」

「ええ。あの頃と比べたら何もかもが変わったわ、良くも悪くもね。でも、あなただって変わったわよ、可愛いお人形さん」

 そう言って本を閉じた彼女は、前と同じように隣に座るよう促す。

「ここはどこなんですか? 前とは違いますよね」

「そうね。前はあなたの夢の中にお邪魔したのだけれど、ここは世界の樹の中にある私だけの空間。少し話したいことがあってあなたを引き留めたのよ」

 前と同じように彼女の隣に腰を下ろし、樹に寄りかかる。

 こうしてみると、幻境であるこの草原にも穏やかな風が吹いていることに気が付く。

「単刀直入に言うと、これを見つけてその中に書かれていることを桜に伝えて欲しいの」

 そう言って、彼女は前回会った時にも読んでいた本を見せる。

 鮮やかな朱色に白の刺繍が施された表紙、一見何の変哲もない本にしか見えない。

「これには何が書かれているんですか?」

「終末に対抗するための最後のピースが書いてあるって母様が言っていたけど、詳しいことは分からないの」

 彼女に渡されたその本を開くが、いくらページをめくっても文字どころか書き込み一つないきれいな状態だった。

「白紙……」

「生前の私でもうっすらと文字らしきものを見るのが精一杯で、なんて書いてあるかまでは分からなかったのよ」

 自らの力不足と思っているのか、彼女は申し訳なさそうにうつむく。

 見えないというのも、きっと何かの比喩に近いのかもしれない。

 とは言え、ルナさんの直系である彼女でも見えないものが他人である私に見えるのかは不安でしかないが。

「それと、きっとこうして会うのは最後になるだろうから、私からも贈り物があるの」

 彼女が握っていた手を広げると、そこには一つの光の玉が現れる。

「今のあなたならこれを使いこなせるはずよ」

 それを胸へと押し当てられると、とたんに懐かしい嫌な感覚に襲われる。

 ギフトを使い始めた時と同じような耳鳴りや激しい頭痛、全身を襲う寒気にめまい。

 不調はすぐに収まったが、それでも体の中に何かが入っている不快感は無くならない。

「なんですか、これ」

「あなたのギフトのもう半分よ。これで、母様の求めたエレナが完成するわ」

 彼女が手を叩くと、前と同じように空間に亀裂が入る。

 ただ、前とは違いこの空間自体が崩れることは無く、私だけがその場から切り離されていく。

「さぁ、帰りなさい。あなた達ならきっと終末にも勝てる。私もここで吉報を待っているわ」


 再び目を開けると、見慣れた、少し懐かしいと感じる部屋のソファに横になっていた。

「戻ってこれた……」

 まだ午前の授業時間中とはいえ、生徒会室に誰もいないということが不安になる。

 そして、それと同時にある違和感に気が付く。

「なんで……ギフトが使えない」

 見える範囲が縮まるとかではなく、全く見えない状態に逆戻りしてしまっていた。

 誰か、知っている人を見つければ何かが変わるような気がして、その不確かな希望にすがりつき部屋を出る。

 廊下は不自然なほど静まり帰っていて、人の気配も全く感じられなかった。

 本当にかえって来れたのか、そう疑問に思いながら階段を下りていくと、勢いよく走る人とぶつかる。

「……宮矢さん」

「エレナ!」

 謝ろうとその人を見ると、謝罪を口にするより先に安堵する気持ちでいっぱいになる。

 相手も私の事を認識したからか、飛び掛かる勢いで抱きしめられる。

「どこ行ってたの。すごい心配してたのに」

「すいません」

 暫くそうして満足したのか、宮矢さんは尻もちをついていた私の手を引き立ち上がらせる。

「とにかくちょうどいいときに戻ってきたくれた。こっちに来て」

「なにかあったんですか?」

「会長が神楽にさらわれたの」

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