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第五十七世 四翼のガルダ

 唖然とする俺達をよそに七釘(なぎ)は俺達が食事をとっていたのとは別のテーブルの上に抱えていた紙束を一枚ずつ並べ始めたのだが……その枚数がとんでもない、三十……いやもっとあるだろうか? 鼻息交じりに紙を並べている七釘を呆気にとられながら眺めていると掴み損ねたのか紙束の内の一枚が俺の足元へとひらりと飛んできた。

 それを拾い上げてみるが書いてある内容は例によって読めない……が、何枚か写真が印刷されており書いてある文章は恐らく写真についての詳細情報であろうという事は分かった。


「あ、ごめんよ? そっちに飛んでたかい?」


「それは全然いいんだけど……これ、なに?」


 紙を七釘に見えるように片手で見せつけ、逆の手で写真を指差す……そこにはひび割れ、乾いた大地に降り注ぐ黒い(すす)のようなものが映っていた。というかこれは写真なのだろうか? 静止画ではなく写真の向こうでは今でも煤が降り注いでいるし写真を指でなぞれば景色がなぞった方向に移動する……動画のような写真としか言いようがない。


「なにって……決まってるだろう? 君の試験に使う白級世界を片っ端から用意したのさ! さぁさぁ、どれでも好きな世界を選んでよ!」


 確かに聞いている、旅人になるには申請の後に最低二人以上で未開世界へ赴き世界の鍵を手にし、無事に帰還する必要があるという一連の流れは確かに聞いている……聞いている、が。


「……さすがに多すぎるじゃろう阿呆めが、これでは全てに目を通すだけでも日が暮れてしまうぞ?」


「十の二十の……おおう」


 持っていた紙を並べられた列に戻し、改めて枚数を数えていると苦笑交じりの妙な呻きが出てしまった……そこに三つの、どころではない。並べも並べたし五十三枚……数が中途半端なところをみるに本当に片っ端から持って来たようだ。


「んっとにバカね……内容を見て彼に合わせて弾くとか、何もしてないでしょ?」


「うぐっ……だ、だって沢山選べる方が嬉しいかと思って……!」


「ま、まぁまぁ……俺だって実際色々見られるのは嬉しいし、この中ならどれでもいいんだよね?」


「ほ、ほら! 彼がこう言ってるんだからいいだろう!? もちろんどれでもいいよ、鍵を持ち帰れる実力と未知と遭遇しても問題の無い精神力の証明が目的だからね!」


 尚もジトリと睨みつける風重(かざね)にわざとらしく背中を向けて俺の肩を抱いた、背が高いのは最初に見た時から分かっていたが肩に回された腕の感じからするにかなり鍛えているのが伝わってくる……今は脱いでいるが最初に会った時に身に着けていた時の鎧のような装備といい、彼女の所属する第八というのは戦闘か或いはそれに近い何かも業務に含まれているらしい。


「さぁどれにする? ちなみに今君が持ってるそれは『降煤(こうばい)世界』、今そこに映ってる光景が延々と広がってるらしいよ。煤に毒性は無いらしいけどとにかく広いらしくてね、見た限り気温もかなり高そうだったよ」


「うへ……暑いのはあんまり得意じゃないなぁ」


 乾ききり、ひび割れた大地が延々と続き視界を常にチラつくのは降り注ぐ黒い煤……考えただけで目がおかしくなりそうだ。拾った紙を列へと戻し、別の紙を取ろうと手を伸ばすが……その手を風重が優しく掴んだ。


「ちょっと待ってね、彼の行く世界はみんなで決めるとして……その前に話す事があるでしょう?」


「……おお、そうじゃったな!」


 どうやら忘れていたのは俺だけではなかったらしい、当然だが他のみんなは何の話かと首を傾げている。




「信じられない……いや、彼を疑う訳じゃないんだが……」


「無理もないわ、私も驚いたもの」


「鍵が見える力なんて……聞いた事が無いデス」


 どよめくみんなを見るにやはりこの力は稀なものらしい、迷路に入っても出口が最初から分かっているようなものなので無理もないだろう。


「……聞きたいんだけど、その力は少年が未開世界に戻ってから現れたのかい?」


「そう……ですね、ええと……あの世界から戻っていざこざがあった後から何となく感じられる気がして、そういえば発作の後はもっと強く感じられるようになったような……?」


 記憶を手繰りながら灰飾(かいり)の問いに答えているとポロリと漏れたが、確かに発作の前後では石を感じる力に変化が起きた気がする、何故こんな事にもっと早く気が付かなかったのか……なんだか胸の奥がざわつくような、妙な感覚がする。


「そうだ、忘れない内に……七釘さん、これを」


 腰のポーチに手を伸ばし、例の世界の石を七釘へと差し出す……何となくだがこの石を信頼できる者にしか渡してはいけない気がする、しかし俺が持っていても解明は出来ない……出会って間もないが、時々抜けているとはいえどこか芯が通っている彼女の強さは信用するに値すると思う、これを渡すなら彼女が適任だろう。


「……いいのかい? ある程度融通は利かせられるとはいえ、私は警備局側の立場だよ?」


「でも墨白さんの友達ですよね、あのオッサ……オッサンに渡すぐらいなら七釘さんを信用しますよ、それに正式に七釘さんに委任したって形にしないといつ怒鳴り込んで来るか分かったもんじゃないですし」


「くははっ、大役じゃぞ七釘? 阿呆は手柄を横取りされまいとあの手この手で邪魔してくるじゃろうしなぁ」


「ふぅ、確かに受け取ったよ……君、ちょっとこっちへ来てくれるかい?」


 茶化す墨白を無視して七釘が俺の手を掴み、店の入り口へと向かう上り階段へと俺を連れて行くと自らは数段上に上がり、振り向いた。


「えっと……どうしたんですか?」


 何やら緊張した面持ちで深呼吸を繰り返す目の前の彼女は何も答えない、訳が分からずみんなのいる方へ視線を向けるが彼女らは分かっているのか揃って笑みを浮かべている。


「大丈夫じゃ、お前様の感じたままに伝えてやればよい」


「伝えるって……何を……?」


 にこやかに手を振る墨白に首を傾げながら七釘の方へと向き直ると、彼女の視線はまっすぐに俺を貫いていた。


「君の秘密を教えてもらったからね、代わりに私の秘密も教えなきゃ……そして一つ謝らせてくれ」


「謝る? 何を言って……っ!?」


 ──それはまさに息を吞む光景だった、眼前に大きく広げられたのは見る者全ての瞳に炎を宿す程に鮮やかな深紅に染まった四枚の翼……墨白のものとは違って先端ほど長く、根元へ向かう程小さく細かい羽根がびっしりと際立って並んでおり……溢れんばかりの気品と雄大さから目を離せない。


「そうだ、四翼……」


 すっかり忘れていた、以前にも聞いていたではないか……彼女の種族は有翼種であるガルダ、それも四枚羽のガルダだと。


「……そう、私は四翼だよ。ガルダの中でも不吉とされる──」


「絶対凄いと思ってたけど、やっぱりめっちゃ綺麗……あ、ごめん今何か言った?」


 圧倒的な翼の雰囲気に呑まれて言葉を失っていたが、ようやく湧き出た感想と彼女が口にした言葉が完全に被ってしまって何も聞こえなかった。


「いや、それより……今、なんて言ったんだい?」


「え? めっちゃ綺麗だなって……羽根の一枚一枚が艶やかだし、なんだか生命力に溢れてるっていうか……上手く言葉に出来ないけど、綺麗すぎて思わず黙っちゃったよ」


「……あ、ああぁ……!」


「え、何!? なんかマズい事言った俺!?」


 気の抜けた呻き声と共に四枚の翼で自らを包んでしまった七釘に褒め言葉がマズかったかと別の言い回しを並べるが呻き声が増すばかり、どうしたものかとあたふたしているとやがて少し離れた位置から盛大な笑い声が聞こえてきた。


「くふふっ! 案ずるでない、照れておるだけじゃよ。じゃから何も心配はいらんと言っておいたじゃろうに!」


「ハイ、人間サンならそう言うと思ってましタ!」


「み、みんな何を笑って……?」


「……四翼はね、不吉の象徴なんだ」


 僅かに翼を広げた隙間から七釘がボソリと呟いた、彼女の身長を考えると翼に包まれてから随分と小さくなったとは思っていたが階段に膝を抱えて座り込んでいたらしい。


「……不吉?」


「そう、四枚の翼はしつこく付き纏っては死を運ぶ奇種なんて言われてね……だから普段は二枚の翼を隠して飛んでいるんだ、君が発作を起こした時……本来は神聖の影響が最も少ない私が君を運ぶべきだったんだけど……魔力相殺の影響で翼を隠せなくなっていてね、つい墨白の言葉に甘えてしまったんだ……本当にすまな……あっ」


 何をふざけた事を言っているのかと、それこそ笑い飛ばしてやろうかと思ったが何を思いついたのか翼を再び広げるとなんと階段の上で正座し、そのまま土下座し始めたではないか! 確かに一段一段の幅が広いその階段なら出来るだろうが、そういう問題ではない!


「いいから! 土下座しなくていいから!」


「し、しかし……君の世界ではこれが最上位の謝罪なのだろう!?」


「いないから! そんな事する人映画とかじゃないと見た事無いから!」


「えっ……そうなのかい? 正座も?」


「あ、いや……正座はまぁ、状況とか環境によってはある……かな?」


 縋りつく七釘を支えながら二つを教えた張本人達の方へ視線を向けると何故か灰飾が勝ち誇っており、それを呆れた様子で風重が見ていた。


「と、とにかく……謝る必要は無いですし……ふぅー……それに、その翼……本当に綺麗ですよ、隠すなんてもったいないぐらいです」


「ほ、本当に?……そ、そうか……ありがとう、本当に嬉しいよ」


 頬を赤らめ、顔を逸らされるとこっちまで照れくさくなってくる……しばらく沈黙が続き、不意に七釘が小さな笑い声を上げた。


「ふふ……みんなが君を気に入っている気持ちがよく分かったよ。ああそうだ……言うタイミングを逃してたんだけど、これから私と話す時はもっと砕けた感じで気安く話してくれると嬉しいな?」


「!……分かったよ、七釘……さん」


「ん? 呼び捨てで構わないよ?」


「いや、何て言うか……七釘……さんはどっちかっていうと七釘さんって感じかなって」


「え……も、もっと遠慮せずに距離を詰めておくれよ? フィルの事はなんて呼んでるんだい?」


「フィル」


「風重の事は?」


「風重」


「……私は?」


「七釘さん」


「どうしてなんだい!?」


 店中に響き渡る咆哮にとうとう耐え切れず、他のみんなに混じって笑い声を上げてしまった……不吉の象徴らしい美しい四枚の翼をもつ七釘、目の端に涙を浮かべる彼女を見ていると……灰飾がよく意地悪をする気持ちが少しだけ分かってしまった。

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