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第三十五世 虚空の底へ

「腐り続けるって……どういう」


 思わず彼女の腕に視線を落とす……その腕は相変わらず痛々しい縫い目が目立ち、色の違う皮膚が貼り合わせたようになってはいるが腐っているとは到底思えない、何故かゆっくりと離れようとしていた彼女の手を追いかけて強く掴むとフィルがハッと顔を上げた……どこかその表情には安心の色が浮かんでいるように見える。


「ごめんフィル、アタシが軽率だった……どうだろう、少年に続きを話してもいいかな?」


「……ハイ」


 自らの頭を数度戒めるように殴り、改めて彼女が頷いたのを確認すると長く息を吐き出した。


「ふぅー……止めてくれてありがとう少年、こんなに口が軽いつもりは無かったんだが……ただ、少年にもこの子の事を知っておいて欲しかったんだ」


 灰飾(かいり)が静かに頷き、フィルは握ったままの俺の手に浮かせた一本の指を何度も擦りつけ続けているのがややくすぐったいが……それで安心してくれるなら安いものだ。


「……一言に腐るといっても少年が想像しているようなものとは少し違ってね、神経が少しずつ機能しなくなるとか体の動きが鈍くなるとか……フィルの体の中では常にそれが起きているんだ」


「常に……!?」


「落ち着くのじゃお前様よ、フィルの体は確かに常に止まり続けておる……が、それ以上にグーラの再生能力というのは驚異的じゃ。じゃからすぐにどうこうという事は無い、こやつが儂ら以上に飛んだり跳ねたりしておるのを共に見ておるじゃろう?」


 墨白に宥められ、考えを巡らせるために呼吸を何度か繰り返してしっかりと脳へ酸素を送る……確かに彼女は初めて会った日から元気だし、今日まで変わった様子は無い。


「常に停止と再生を繰り返し、不要となった神経や細胞が死蝋(しろう)となって体の表面に浮き上がってくるからそれを削り落とす……だけでもある程度は生きられるんだけど、いずれ腐敗の速度が再生を越えると……その時がアンデッドにとって実質的な寿命になる、それを抑えてくれるのが少年が探してくれた万年百合の朝露から作れる……この薬さ」


 テーブルの上に置かれた黄色い液体の入った小瓶を灰飾が指差す、先程はなんてこと無い物に見えていたが……今ならこれが如何に貴重な物か分かる。


「腐敗の侵攻を停止、もしくは鈍化させ肉体の再生能力を向上させる……事実としてこの薬のお陰でフィルの体は普通のアンデッドの何倍もの再生力をもっているしね」


「で、でもあの花はもうどこにあるか……あの花が無いとその薬は作れないんですよね……?」


「そ、だからアタシは今この薬の複製と万年百合の栽培に大忙しさ」


 ようやく表情を緩めた灰飾が大きく肩をすくめた、薬の複製と花の栽培……確かに、どちらかだけでも成れば今後薬の心配をする必要は無くなるだろう。


「あの花って……錬金術がどうとか言ってましたけど、出来るんですか?」


「おかしな事を聞くじゃないか少年、やれるかどうか……出来るかどうかじゃない、やるんだよ。いや……やらなきゃならない」


 乱暴にフィルの頭を撫で、フィルもまたくすぐったそうに目を閉じた……決意の固まった灰飾の瞳に思わず頷いてしまう、俺だってせっかく出来た友人を亡くしたくない。


「俺にも何か出来る事があったらいつでも言ってください、おつかいでも何でも……ね、墨白さん?」


「無論じゃ、むしろ一人で全部やろうとする阿呆がいたら鼻先を弾いてやるわい」


「ありがとう少年、墨白も……だってさ? 良かったね、フィル」


「ハイ……! 良かったデス、本当に……!」


 やはり真面目な雰囲気は苦手なのか最後は少し茶化し気味の言葉だったがニコリと笑う彼女の瞳にはうっすらと涙が浮かび、俺の指先を握る手に更に力がこもった。




「──ああそうだ少年、星銀(ほしがね)はどうだった?」


 洗い物の為にとフィルは厨房へ、墨白も少し席を外すと言って店の奥へと向かい灰飾と二人で何を話そうかと脳内で話題を模索していると不意に彼女が人差し指で天井を指差しながら問い掛けてきた。


「快適でしたよ、揺れないし景色は良いし部屋は豪華だし……あと何より外見が、カッコ良かったです……!」


「あははっ、気に入ったなら良かったよ! それなら少年に朗報だ、もうすぐ上層付近を星銀が走ると思うんだが……見に行ってみないかい?」


「走ってるところって見られるんですか!?」


 思わず席から立ち上がる、駅自体がこの世界なのかどうなのか曖昧な場所だったのでてっきり普段の姿を遠目に見る事も吹き出す蒸気のような汽笛も聞けないのだと勝手に決めつけていたが……そうでないというのであれば是非見てみたい!


「その装備なら望遠機能もあるだろう? ならここの最上層でも見える筈だ、アイツが戻って来たら伝えておくから先に行くってのでもいいし……なんなら伝言だけ残してアタシ達だけで行くかい?」


 ずい、とテーブルから身を乗り出しながら問い掛ける灰飾だが俺の視線はついテーブルの上に乗る大きな二つの胸に目がいってしまう、しかも今俺は席から立ち上がっているものだから覗き込むかのような体勢になってしまう……これはまずいと首を振り、目を逸らす。


「い、いえ……先に行ってますから、墨白さん達が戻って来たら伝えてください!」


「あらら、振られちゃった?……くくっ冗談だよ少年、アイツが来たらすぐに向かうからね」


 ひらひらと手を振る灰飾に見送られながら玄関の階段を上って玄関の扉に手をかけ……外へ出た、途端に吹き抜ける風が今日は少し冷たい気がしたが熱でうだった頭には丁度いい。

 考えてもみればフィルも灰飾ほどではないにせよ豊満と言って差し支えないだろう、しかもそれで毎度抱き着いて来るものだから……フィルは元々死人なのだから灰飾とは親子関係も何も無い筈なのだが、同じ空間で過ごしていると似てくるとかあるのだろうか?


「……何考えてんだ、俺は」


 魅惑の塊に支配されかけた脳を激しく首を振って俗な妄想を吹き飛ばし、数歩歩きだして……ピタリと足が止まる、同じ空間で過ごしていると似る事が前提とすると……いずれ俺も墨白さんに似たりするのだろうか? 仮に似るとすればどこだろう、ふと角の生えた自分を想像し吹き出してしまう。


「それに角だけ生えてもな……コレが着けられなくなっちゃうし」


 腰に手を伸ばし、常備しているポーチから取り出したのはブーメランのような形状の金属片……頭部をすっぽりと覆う例のマスクだ。


「うん……いいね」


 何度も練習したお陰で淀みない動きでマスクを装着し、辺りを見回し視界に問題が無い事を確認すると両腕を伸ばして筋肉をほぐす……向かうはここの最上層、以前トカゲの連中に襲われた場所のすぐ近くだが……特に怖いだとか行きたくないとか、そういう気持ちは少しも湧かない。




「ああその環境適応マスク……! もしや貴方は旅人では?」


「はい? 俺ですか?……ってどうしたんですか!?」


 目的の場所は八階、三階までを駆け抜けたはいいが四階へ向かう階段を見つけて一段目に足を乗せたところで声を掛けられた、最初は俺の事だとは思わなかったが『旅人』という言葉に反応してしまい振り向くと……そこには一人の若い男が立っていた。

 頭部に巻かれた布には血が滲んでおり、見れば服もところどころ裂けたかのようにボロボロ……片腕も痛めたのか逆の手で庇っている。


「そこの店の奥にある倉庫で働いてたんですが……荷が急に崩れて数人が下敷きに、警備局にも連絡したのですが間に合うかどうか……旅人さんでしたらどうか薬だけでも分けて頂けないかと……!」


「っ……! 行きましょう、案内してください!」


 返事を待つまでもなくポーチに手を突っ込んで薬瓶を取り出して男に手渡すと彼の指差す方に走り出していた、墨白達に連絡出来ないのが歯痒いが彼女らなら俺がいない事にすぐに気が付き匂いで追って来てくれるだろう……それに、荷が崩れた程度なら俺でも何か力になれる筈だ!


「そ、そこの店の奥です……!」


 怪我を庇いながらも懸命に走っている男に速度を合わせながら指定された店内に飛び込む、雑貨店だろうか? 店内に人はおらず、店の奥に続く扉を見つけると男が頷くのを確認して開く。

 扉の先は廊下へと続いていた、一方は行き止まりで荷物が積み上がっており、もう片方は奥で右に曲がっている……迷うことなく曲がり角に向けて駆け出し、角を曲がったところで目の前に現れたものに驚き足が止まる。


「……は!? なんでこれがここに……ぐっ!?」


 背中から突き刺さるような衝撃に大きく体が前に吹き飛び、目の前のソレに勢いよくぶつかると……小さくカチリという音が周囲に響く。


「っバーカがよ! 人を簡単に信じるなって教わらなかったのかぁ!?」


 振り向くと男が顔の布を外しながら下品に笑っている、騙された事はもう分かっているが……目的が分からず固まってしまう、背後のコレが何故ここにあるのかも分からず混乱しながら男を見つめる……背は高くない、男性にしては髪が長い以外に特徴は無く角も無ければ翼も無く、爪が鋭いわけでもさっきの蹴りの威力もさほどではない。


「……まさかお前、人間か?」


「だったら何だってんだよ!」


 ……完全に失態だ、背後ではアレが大口を開けて俺を待っているというのに彼が人間ならば殺してしまうと魔具(まぐ)の装填を躊躇い、人間の力程度では墨白の加護も発動する筈も無くモロに蹴りを腹部に受けてしまう……服のお陰か痛みは殆ど無いが衝撃はしっかりと伝わり、辛うじて口の縁を掴んで一度は耐えるがトドメとばかりに鉄の棒のようなもので片手の指を叩かれ……とうとう口の奥へと落下してしまう。


「てめぇはそこでくたばっちまいな! ははは!」


 最早遥か上空に見える扉の向こうから下品な笑い声がこだまする……手を限界まで伸ばしても空を掴むばかりで届く筈も無く、やがて手も体も視界も、何もかもが闇に包まれていく。

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