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第三十二世 決別の火の蝶

「さぁて、それではいよいよ魔具(まぐ)の説明をするとしようかの? お前様も待ちかねておったじゃろう」


 そう言ってニヤリと笑う墨白の手には一本の小さな小瓶が握られており、軽く揺らすと中に入っている赤みを帯びた粉末が小さな音を立てながら波のように動き回った、量は最初に玄関で拾い上げた時よりも半分程減っている。


「魔具とはその名の通り魔力を帯びた道具の総称でな、大きさも用途も関係なくみな魔具と呼ぶ。基本的には旅人用に作られてはいるが数もあって便利なゆえ、日常生活や或いは漁であったりと……とにかく色々な場面で使われておる。お前様よ、コレと同じ物を取り出してみよ」


「分かった」


 目の前に差し出された細長いケースを一目見ると立ち上がり、革のズボンに付いた土埃を軽く手で払うと腰に装着しているサイドポーチに手を伸ばす……大小様々な大きさのケースが連なっている内の一つ、小さなケースの蓋を開くと中から差し出されたものと同じ細長いケースを一本取り出して墨白に見せると満足そうな返事が返ってきた。


「うむっ、それじゃな!」


 ──このサイドポーチの仕様には本当に驚かされた、何よりまずはその容量の多さ……信じられない事だが俺達を唖然とさせたあの魔具の山が全てこのポーチの中に入っている、にも関わらず重さはポーチ自体のもの以外全く感じないし……更にはこれを着けているだけでポーチのどのケースに何が入っているのかが手に取るように分かる、慣れない感覚に最初は驚いたがお陰で今のようにすぐに目的の物を取り出せる。


「ではこれを……ええと、何と言ったかの?」


「カートリッジだよ、墨白さん」


「おお、そうじゃったそうじゃった! しかしあやつめ、あれほど嫌っておったのに似た物を作り上げるとは……いやはやたくましいというか、なんというか」


 手のひらに乗せた細長いケースをジトリと見つめ、墨白が何とも微妙そうな表情を浮かべているが……無理もない。

 実はこの細長いケース……カートリッジは正規のものではなく完全な俺仕様の逸品だ。通常魔具は瓶詰めの粉末や液体である事が殆どらしく、普段の日常で使うならともかく咄嗟の使用を求められる事もある旅人において物も浮かせられない人間である俺が使うには少し不便だろうと風重(かざね)が用意した物……それがこのカートリッジだ、この中に予め粉末や液体を入れておきグローブの甲部分に開いた穴に装填しておけばいつでも使用できるという優れものだが……この仕様は明らかにあの時見た銃の構造に酷似している、感情のままに破壊したにも関わらず俺にはこの方が馴染み深いと判断したのだろう、改めて風重の器の大きさにも技術力の高さにも驚かされたが果たしてあんなにも数が必要だったのだろうか……? これは何だと墨白と目を白黒させながら玄関に這いつくばり、かき集めたカートリッジは全部で六十本以上もあった。


「でも……ありがたいよ、こんな見た目をしてるお陰で俺の方が早く使い方が分かったもん」


 両手に着けたグローブの甲部分を覆う金属プレートは手首に近付くにつれて太くなり、その側面には小さく細長い穴が両手で三つずつ開いている……その中の一つ、右手の真ん中の穴に取り出したカートリッジを押し込むとするりと中へ入っていき……小さくカチリ、と装填完了を知らせる音が響いた。


「確かにのう……よし、では始めようか」


 準備が出来た事を知らせる為に頷いてみせるとそれを見た墨白も頷き、指を鳴らした……すると俺達から少し離れた位置に数本の丸太が組み合わさった山が姿を表す。


「おぉ……すげぇ」


「くふっ……なんじゃ、この程度でも驚いてくれるならもっと見せてやれば良かったのう」


 世界の操作、支配下にある多層世界の中でなら構造を変化させたり現象を起こしたり今のように無い物を作り上げる事も出来る……思えば鬼観(きかん)世界へ最初に来た日に見たあの花火を上げた時も同じ事をしたのだろう。


「さて……未開世界ではあらゆる不可思議な現象が当然のように起きるが、青以下の世界で道を塞いでおるのは大抵建物の瓦礫かあのような大木じゃ、時には水のようになっておって効果が無い時もあるが……大半は燃える、さぁやってみよ」


「……うん」


 後ろに下がった墨白に返事をして数歩前へ歩き、丸太の山と向かい合う……太い幹だ、表面は僅かに苔むしており枯れ木ではなくしっかりと水分を有しているのが分かる。

 本当に燃えるのか疑問だが、極端な話をしてしまえば今はそこは重要ではない……右手を前に突き出し、山に向けてしっかりと狙いを定め……グッと力を込める。


「っ……火炎蝶の粉塵(フレイマ・パピーリオ)!」


 俺の叫びに合わせるようにプレート前方の射出口からキラキラと輝く真っ赤な粉塵が噴き出し、やがて粉塵たちは蝶へとその姿を変化させながら丸太の山へと飛んでいき……蝶達が触れた箇所から小規模の爆発が起こり、次々に火の手が上がっているではないか!


「いよっし! 最初から当てるとはやるではないか、さすがは我が夫よ!」


「あ、はは……でもちょっとズレちゃった、もう少し真ん中を狙ったんだけど……」


「くかかっ! 何を言うか、儂はむしろ外すと思っておったぞ?」


「ひどい!」


 大笑いする墨白に抗議しようと一歩前に踏み出すと辺りに重々しく、鈍い音が響き渡った……どうやら半分程燃えたあたりで丸太が自重に耐え切れなくなって崩れたようだ。


「くふ……何がひどいものか、失敗も経験じゃ。失敗を悔やむのはいい、しかし恥じる事ではない……失敗して壁が壊せなかったなら別の方法を試せばよい、壁が増えたなら二つともを焼き払えばよい……なんならもう一度同じ事をして失敗だったかを自分の中で噛み締めてもよいしのう」


「……墨白さん」


 ──それは、それは強い人の言葉だ。

 肉体的に……或いは精神的に強い人であればその言葉に鼓舞される事もあるだろう、俺に当て嵌まるとは思えない。

 俺の目の前にも壁はあったのだろう、しかし頭を押し付けながら進んでいるフリをして……時折気まぐれに頭をぶつけてみてはその硬さに絶望し、再び頭を押し付ける……そんな日々だった。

 現実世界での俺が同じ言葉を聞いても鼻で笑うだけだったかもしれない、しかし……しかしそれでも、あの時の俺も鼻で笑い、全てを馬鹿にしながらもそんな言葉を欲していたような気がする。


「さぁまだ丸太は残っておる! 全てを燃やして見せよ、お前様の力であのような丸太如き塵芥(ちりあくた)に変えてしまえ!」


「うんっ……ふっきとべぇ!」


 勢いよく噴き出した蝶の群れが次々に丸太を削り、燃やし、灰へと変えていく……考えてもみればあの時感じた壁は硬かったかもしれないが大きかっただろうか? 掴みどころが無かっただろうか? 回り込めたかもしれない、壊せずとも乗り越えられたかもしれない……ただ俺が『この壁は破壊出来ず、どこまでも広がっている』と思い込みたかっただけではないだろうか? 負けて当然という理由を無限に思いついていただけだったのかもしれない。


「ふぅー……」


 大きく息を吐き、目の前の丸太だったものを見つめる……残っているのはどうにかバランスを保って(くすぶ)り続けている黒い炭の塊だけ、構え続けていた腕を下げると炭に向かって歩いて行き……思い切り蹴り飛ばす、手ごたえも何も無い……ただ靴やズボンが汚れただけだ。

 ──腹が立つ、負けを良しとし続けた自分にもあの時の全てに腹が立つ……何度も何度も炭を踏みつけ、次々に溢れてくる涙がうっとうしくなりマスクを外すと優しい風が頬を撫でる。

 目元を拭い、振り向くと墨白が動揺も困惑も軽蔑も無くただまっすぐにこちらを見つめていた……踏みしめるように一歩近付いても二歩近付いても彼女はその場を決して離れようとせず、頬に手を添えてもその赤い二つの瞳は俺の姿を捉えて離さない。


「……んっ」


 とうとう俺の方が彼女の瞳から逃げた、技術も思いやりもあったものではない……乱暴に唇を押し付け、少しでも彼女との隙間を無くそうと体を擦り付けるように密着し……腰に手が回されていた事に気付いたのは(すが)るような一方的な口づけを終えてからだった、彼女の瞳は変わらず俺を見つめ続けている。


「……ちゃんと全部吐き出せたかのう?」


「ん……ごめん」


「何を謝る事がある、儂はお前様の伴侶……むしろ儂を求めてくれなければ困る!」


 胸に手を当て、何故か自慢げな墨白に思わず笑ってしまう……まるで本当に先程まで胸の奥からせり上がり続けていた怒りも悲しみも全て鬼に吸い取られてしまったかのようだ、そんな彼女の笑顔を見ていると胸の中で一つの決意が固まるのを感じる。


「さて……どうする? 別の魔具の練習もしてみるか? それとも今日はこの辺りにして切り上げてもよいぞ?」


「ううん、他にも色々試したいし……例えばこれだと、何をすればいいかな?」


 ポーチから新たなカートリッジを取り出して装填し、右手を振り上げると射出口から銀色に輝く長く伸びた鞭のようなものが飛び出した……魔力水銀、元が液体なのであまり耐久力は無いが自由に形を変えられる魔具で武器は勿論鍵などにも使えると墨白が言っていた。


「くふっ、よかろう……では、これじゃな」


 やる気に満ちた俺の顔を見て笑顔を浮かべた墨白が片手を上げ……再び指を鳴らした。

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