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第二十三世 沈殿する記憶達

 誰かが優しく俺を呼ぶ声が聞こえる気がする、もう少し泥のように眠っていたいが……目を開かないといけないような気もする、こういう時の為の折衷案……薄く目を開き、ぼやける視界の中で誰が自分を呼んでいたのかだけを知る為に視線を動かす。


「お前様よ、起こして悪いが……もうすぐ面白いものが見られるぞ」


「……面白いもの?」


 自然と口がオウム返しをするが意味は頭に入っていない、彼女の手に支えられながら体を起こし……ようやく少し頭がハッキリしてきたのか、すっかり眠りこけてしまった事を思い出す。


「悪い……めっちゃ寝てた、どのぐらい寝てた?」


「なに、ほんの半時程じゃな。可愛い寝顔じゃったぞ?」


「なにが可愛いもんさ……」


 照れ隠しに立ち上がり、あくびをしながら大きく両腕を天井に向かって伸ばす……すると深く響くような音と共にそれまで青空を映していた窓の外が一瞬で闇に包まれ、代わりに灰色の気泡が次々に浮かび始めたではないか!


「ん!? は、ちょ……なに!?」


「くくっ……いい反応じゃのう、無理にでも起こして良かったわい」


 いつの間にか立ち上がっていた墨白が驚きのあまりよろけた俺の背に手を添えて支えながら隣で喉を鳴らして笑った、よく見れば周囲が少し薄暗くなったせいか室内のシャンデリアの光がやや強くなり、壁の下部には足元を照らす為か緑色のランプが点々と点灯している。


「これ……もしかして水の中?」


「その通り、よく分かったのう」


 時折窓の外を流れる気泡の群れを視線で追いながら感想をボソリと呟くと隣に立っていた墨白が嬉しそうに頷き、窓に向かって数歩近付くと指で数度窓硝子を叩いた。


「……とはいえ、このままでは少々味気ないのう。お前様よ、もう一度ここに腰掛けてくれるか?」


 一人掛け用の椅子の一つを引き、手で座るように促されるがまま腰をおろすと墨白も今度は正面の椅子に腰かけ、ニヤリと笑う。


「こけるといかんでのう……ほれ」


 墨白が掛け声と共に指を鳴らすと部屋の照明が消え、代わりに暗闇でしか無かった外の景色の正体が徐々に露わになっていく。


「……遺跡?」


 ただただ何も無い水の中を星銀(ほしがね)は走っているのだと思っていたがそれは違った、星銀を挟むように両脇には橋を支える柱のようなものが点在し、それぞれの柱の間や天井には透明な皮膜のようなもので覆われてトンネルのようになっており……飛膜に守られていない奥では数々の文明の名残が乱雑に積み上がっていた。文様の刻まれた瓦礫が壁のように沈殿し隙間からはパイプや金属片のようなものが厚い苔にまとわりつかれながらも、辛うじてその姿を保っている。


「水はあらゆる物を流れの中でその身に巻き込んでどこかへと流れつき……溜まる。あそこに積み上がっている物達がそうじゃ、ただのガラクタでもあり忘れ去られた物でもあり、必要が無くなったものや或いは忘れ去られた物……あれらは全て過去に名前を持ったいたが今ではただのそういうモノじゃ、お前様の目には……どう映っておる?」


 その問いに正解等は無いのだろう、仮に正解があったとしても墨白はそれを求めたりはしない筈。

 あれは……いや、窓の外に広がるあれらは言ってしまえば歴史の教科書だ。解説する者も調べようとする者もおらず、俺自身にもそんな技量は無い……故に気怠い気持ちで開いていた教本に抱いた事の無い感想をただ一言、口にするだけに留める。


「……綺麗だ」


 壊れ、捨てられ失われ……ただ乱雑に積み上がっただけの光景だが、それだけに同じものは無い希少性。芸術性やら表現力など俺には皆無だが、この景色にはどこか引き寄せられるものを感じる。


「そうか……であればやはり、見てよかったのう」


「うん……ここもさっき言ってた何とかポケットって場所なの?」


「いや、ここはキールポケットではない。既に目的地である世界に入っておるよ……くふっ、楽しい時間はあっという間というのは本当じゃのう」


 急に辺りが静まり返った、何事かと窓の外へと視線を戻すと外の景色から柱も天井も……瓦礫の群れも全てが消え去っていた、深く黒と緑色に色付く世界を星銀は音も無く走り続け……やがて遠くにぼんやりと光るドーム状の何かが見えた。遠目には新たな瓦礫か何かとも思ったが、近付くにつれてそれが間違いである事に気付く。

 ドーム状に広がっているのは先程の柱間や天井を覆っていたのと同じ薄く青づいた皮膜……そしてドームの中、水底には大きな街が広がっている。


「あれこそが水底に沈んだ技術者の街、流底(るてい)世界じゃよ」




「お前様よ、足元に気を付けてな」


 墨白に手を引かれながら星銀から降り立った先はゴツゴツとした黒っぽい石の床、細かく溝が彫ってあるようだがどこもしっとりと濡れていて滑り止めが目的なのであればあまり意味を成していないような気がする。


「雨上がり……ではないよね」


「うむ、ここでは雨も晴れも無いからのう」


 だよね、と返事をしてぐるりと周囲を見回してみる……駅の作りは交路(こうろ)世界とさほど違いは無いように思えるが頬に当たる冷たい空気のせいか、はたまた光の差さぬ天井のせいかどこか寒々しい印象を受ける。

 しかし薄暗いなどという事は無く、天井にも柱にも……床にまで点々と温かな光の発するランプが設置され、中には宙に浮いているものまである。

 その一つの前を通り過ぎた際にほんのりと熱を感じた気がしたのでランプの前まで戻って手をかざしてみるとじんわりと温かく、単なる照明器具というわけではないらしい。


「……交路世界とは全然違うね」


「じゃな、街の方までは少し歩くが……平気かの?」


「もちろん、行こう」


 駅の出口には床と同じく黒い石で作られた大きなアーチに嵌め込まれた巨大な両開きの扉が設置されており、やはり黒いリング状の取っ手を掴んで押し開くと重厚そうな見た目に反して俺でも簡単に開ける事が出来た。

 扉の先は細い路地裏のような細い道がぐねぐねと捻じれながら伸びており、俺達二人が並んで歩いただけで道の半分程を占領してしまう。道の左右には圧迫感のある高い壁で挟まれており、歩きながら壁に埋め込む形で点在する扉を見て初めてそれら一つ一つが住居である事に気付く。

 交路世界が様々な文化や種族の入り混じる混成世界ならここは静寂と陰鬱、そして仄かな癒しの支配する世界と言えるだろう。

 一応扉の前を通り過ぎる度に何か硬いものを打ち付ける音や歯車の回るような音など何らかの作業音が聞こえるので人は住んでいるようだが、こうまで強い静寂を見せつけられると喋ってはいけないような気すらしてくる。


「……ちなみになんだけど、この世界だと喋っちゃダメとかそういうの……ある?」


「くふっ、そんな決まりなぞあるわけなかろう? この世界はさっきも言ったように技術者が多く住んでおる、故に他の世界より優れた物や珍しいものが多いが……まぁそれはつまり自分の世界を持っておる者が多く住んでおるという事でもあってじゃな?」


「なるほどね……それなら納得かも」


 職人と言われる人達や研究者、芸術面に秀でた種族など……そういう人達にとってこの静寂は集中に必要不可欠な後押しなのだろう、色々と言ったが住んでみたら案外住み心地が良かったりするのかもしれない。


「もう少し歩けば大通りに出る、そうすれば面白いものが見られるぞ」


 墨白の言葉通りそれから数分も経たない内に路地を抜け、開けた場所に出た。

 交路世界の大通りよりも遥かに広い上に地面にも空にも設置されたランプの数が段違いに多く、星の如く空を埋め尽くさんとばかりに広がっているのでかなり明るいし暖かい……空一面に広がる水のような皮膜とオレンジ色に輝く空の対比は美しく、首を痛めてでも眺め続けたくなる。


「不思議な景色だね、交路世界とは全然違うけど……これはこれで結構好きかも、それにこの辺りはさすがに結構人もいるみたいだし」


「食料店に服飾、薬の材料を扱っておる店から飯処まで全ての店という店がこの大通りに集中しておるからのう……効率的な大通りのこの姿こそ流底世界の有り(よう)を表しておると言えるかもしれん」


 紙袋を抱えて歩く人や恐らくはレストランか喫茶店であろうテラス席で食事を摂る人々……やはり交路世界とは環境が違う為か見かけた事の無い種族が多く、丈の長いコートや大きな帽子で全身を包んでいる人が殆どだ。


「……あ、そういえば灰飾(かいり)さんから貰ったあのカードは?」


「おおそうじゃったな、見てみるか?」


 交路世界を出る際に灰飾から墨白が受け取った銀色のカード、話によれば買い物リストらしくこの世界であれば内容が浮かび上がるらしいが……。


「うーん……読めない!」


 墨白から受け取ったカードには確かに赤い文字が浮かび上がっており数列に渡って書かれている……が、やはりというか読めない。

 適応薬とやらを飲んだ今なら何か分かるかとも思ったが、どうやらそういう効果は無いらしい。


「くふ、その内文字の勉強もせねばなぁ?」


「うげ……そっちは滅茶苦茶大変そうだぁ」


 げんなりと項垂れる俺を撫でながら墨白が心底愉快そうに笑う、貨幣程度であれば数字は分かるのでどうにかなるがこっちの言語となるととっかかりが何も無いので苦戦は想像するまでもないだろう……。


「そ、それよりさ……どこのお店から行くの?」


「いや、この辺りの店には用は無いんじゃ、行く店は既に決まっておってな」


「そうなの? あれ、でもお店は全部この辺りに集まってるんだよね?」


「うむ、奴の店は少し風変わりというかじゃな……ともかく、ここから更に移動せねばならぬ」


 どうやらここは目的地ではないようだ、墨白に案内されるがままに大通りを進むと通路に沿うようにいくつも並ぶベンチの一つに座らされた。


「時にお前様よ、アレには気付いておったか?」


 墨白の指差す先にあったのは大通りの丁度中央辺りには路地を抜けた地点からここまでずっと続く金属製の深い溝だ、どこまで伸びているのか……ここから見えるだけでも大通りのかなり奥まで続いている。


「気付いてたけど……もしかして路面電車でも走ってるの?」


「まぁ似たようなものじゃな、あの皮膜の外に広がっておる魔力を帯びた水を燃料に水蒸気を噴き出しながら走る……蒸気機関という技術の産物、儂らはペグーと呼んでおる」


 随分と可愛らしい名前の乗り物もあったものだ、何はともあれ巡回しているらしいそのペグーとやらの到着をここでしばらく待つ他無いらしい。

 小さなベンチでもないのに何を言う訳でも無く服同士が触れ合う程に隣同士で座り、どちらからともなく自然と手を握り合う……少し恥ずかしい気持ちはあるが、それ以上に受け入れられているという事実が安心する。


「……墨白さんはこの世界によく来るの?」


「いや、かなり久しいのう。先にも言ったが馴染みの店があってのう、最後に来たのは……はて、いつじゃったか……」


 頬に手を添え、記憶を辿る墨白を眺めながらどんな数字が飛び出すかを軽く予想してみる……千はいっていないという彼女が久しぶりだと言うのだ、五十……いや百という数字が飛び出してもおかしくはない。

 予想は出来た、どんな数字が飛び出すのかと墨白の口元を見つめながら答えを今か今かと待ち望んでいると視界の端から誰かが近付いて来るのが見え、ふと顔を上げるとダボっとした赤いコートに身を包み、紙袋を抱えた黒髪の少女が俺達の傍に立っていた。


「──やっぱり、墨白じゃない。何してるの? こんなところで」

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