出汁巻玉子(更に続き)
チーズの盛り合わせをお出しする時、パルミジャーノ・レッジャーノは、できるだけ薄くスライスして、何枚かまとめてお出ししているんだ。
俺としては、アテにするのなら、その薄いチーズを舌の上に載せて溶かすように味わって食べるのが旨いと思っているんだよね。勿論ブルーチーズなんかは少し大きめの塊でお出しする。お客様が自由にフォークで削るように召し上がって頂くのが良いと思うね。
洋ちゃんは丁度、パルミジャーノ・レッジャーノの薄い一切れを口に入れたところだった…
で、聞いてみた…
「そのお迎えってどのタイミングで来るんだろうねぇ?」
「そりゃ、その人の寿命が尽きた時でしょう…」
「という事は、上ってか、お迎えを寄こす所は、その人の寿命を全て知っているっていう事なのかな?」
「知っているんじゃないですか…」
「と言う事は、人の寿命… というか運命って生まれた時から最期まで決まっているのかな?」
「いや、そうじゃないみたいですよ…」
「ん? どういう事だい?」
「えっと、どこで見たか読んだか… 忘れちゃったんですけど… 人は生まれてから… まぁ人生はある程度決まっているらしいんですけど、その人生のなかで、幾つかの『分岐点』があるらしいんですよ」
「分岐点?」
「はい。そうなんです。 その人自身が選んで歩む道みたいなんですけど、その分岐点をどう選択するかで寿命も違って来るみたいですよね」
「ほう…」
洋ちゃんは、タリスカーで、口の中のチーズを洗い流すように飲みこんだ後、続けた。
「ほら例えば電車でも飛行機でも事故かあったりすると、『たまたま普段乗る予定の人が何かの理由で乗らなかった』ので事故を免れたとか、逆に『たまたま何かの都合で、普段は全く乗らないはずなのに乗ってしまった』からその事故に逢って亡くなってしまった。なんて話聞きませんか?」
「ああ、あるね… 思いあたる…」
実は、俺も一回そういう事故に逢いそうだったのを回避した事があるんだ…
「そいう時も、その『分岐点』を旨く避けた人と、避けられなかった人がいるわけじゃないですか… で、その分岐点をどう選ぶかによって、寿命って違って来るらしいんですけど、年々年を取って… ある『分岐点』を通過すると、もうそこから先に『分岐点』が無い… 残っていない路に行くみたいなんです。 そこを通過すると『上』の方では残りの寿命が分かるみたいで、寿命が来た時に『お迎え』を寄こすことができるって話を聞いた事があります」
「へぇ、興味深い話だねぇ…」
ふと気が付くと洋ちゃんのグラスが空いている… 俺はグラスを示して…
「次は何にしましょうか?」
洋ちゃんは、ふと考えたあと口を開いた…
「同じものを…」
「承知しました」
洋ちゃんの前のロックグラスを下げ、新しいグラスに丸氷を入れて、差し出す。
「さっきの『分岐点』の話だけど、自殺なんかしたらどうなるんだろう?」
一瞬、淳ちゃんが「ビクッ」とした表情を浮かべたようだった…
「どうなんですかね、『上』は予定にない終末を迎えた人には『お迎え』は出せないんじゃないでしょうかねぇ…」
そこで、俺も聞きかじりの話をしてみた。
「霊が視える人によると、飛び降り自殺した人… の霊は、亡くなっているにもかかわらず、自分が死んだことに気付かずに、本来の寿命の日まで、飛び降りを繰り返すって言うよね。自殺をしようと考える時って、人生で一番嫌な時期というか精神的に苦痛な時期だよね。それを繰り返すんだから、きついよな… 」
「電車に飛び込む人なんかもそうなんでしょうね」
「以前お見えになったお客様で、電車に飛び込みそうになったと話してくださった人がいたんだよね」
そういえば、以前お見えになったお客さんの話を思い出して、口にしてみた。
「という事は、現在は存命なんですよね」
「うん。その方が言うには、所謂『ブラック企業』で働いていて、朝から夜までというか、次の日の始発で家に帰って、また朝出勤するような感じだったらしいんだ。確かコンピュータのソフトウェアを作ってるって言っていたかな… それで、そのソフトウェアの『納期』前は毎年というかいつもそんな感じだったらしいんだよね。で、そのソフトウェア業界そのものが『ブラック業界』で、ほかの会社の人とかと飲みに行く機会があったとしても、『お前何日徹夜の記録がある?』みたいな話が日常会話で出てくるのが普通だったらしいんだ。椅子を4つ並べて仮眠するなんてのは当たり前だったらしくて詳しく話を聞くと、年がら年中人で不足が当たり前で、営業が仕事を採ってくるのは良いんだけど、そのプロジェクトに割り当てられる人が誰も居なくて、本来の納期の半分ならまだ良い方で、三分の一位の納期で、本来必要な人数の半分位の人足で完成させなきゃいけないらしいんだよね。となると一人一人の負担が大きすぎて… 納期前は通常の考え方が出来なくなる位朦朧としてくるんだそうだ。 するとある時突然電車が通過するのを見ると、『ああ、これに飛び込めば全てが救われるかなぁ』と思ってしまうらしいんだよね。本来だったら、会社を辞めればいいだけなんだけど、そういう風に頭が働かないそうなんだ…」
「で、飛び込んでしまう… と」
「そう、その方も一瞬飛び込みそうになるところまで追いつめられたんだそうだけど、なんかに引っかかってホームでつまずいて転んでしまったらしいんだよね。その時目の前で電車、快速だったかその駅では止まらない電車が通過した時に『ふっと』我に返ったらしいんだ…」
「要するに、自殺される方って、そこまで追いつめられるというんですね」
「そうみたいだねぇ。 『仕事しなきゃ、仕事しなきゃ…』と追いつめられて、『会社を辞める』という事を考えることさえできなくなって話だったね」
「おかしいですよね。日本人って」
「ハラキリ… 特攻… 過労死… という考え方は外国の方々が理解できないんじゃないかな…」
「僕にも理解できないですよ…」
洋ちゃんにしては珍しくニヒルに笑ったようだった。
「だって、死んだら、美味しいお酒と、美味しいものを食べられなくなってしまうんですから…」
「うん。洋ちゃんはそういう感じが良いよね。洋ちゃんらしく生きよう」
「僕らしくってどういう感じですか?」
「うん。あるがままに… が洋ちゃんらしいんじゃないかな?」
「あるがままに… そうですね…」




