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ジン・トニック

さて、そろそろ開店時間になったので、下の看板の電気をいれて、ドアにかけてある「Close」の表札を「Open」にしていた時に後ろから声がかかった。


「おばんでやす」


「おや、洋ちゃん。今日は早いね。どうぞ中へ」


ようやく冷え始めた室内の空調に呼応するように洋ちゃんが口を開いた。


「今日は、暑かったですねぇ」


「そうだねぇ。もうちょっとすると室内も冷えるんだけど…」


「ジン・トニックお願いします」


「ジン・トニック… 承知しました。 暑いとジンが美味しいよね…」


俺は、ジン・トニックを洋ちゃんの前に置いて… 様子を伺うことにした…


「ふぅ~  ビールも良いけど、冷えたジンは夏には最高ですねぇ…」


「そうだね。 ジンは冷凍庫に入れているからね。 冷え冷えという意味では、ビールには負けてないかな」


「ジンは何を使われているんですか?」


「これはビーフィーター。 確か洋ちゃんはあんまりジンにこだわりがあるようには言っていなかったよね。 ジン・トニックはまぁバーテンダーの名刺的なカクテルだから、一般的というか多く使われているジンを使っているんだ。 勿論、ジンにこだわりがあるお客様にはそういう配慮もするけどね」


「じゃぁ、これがマスターの最高のジン・トニックなんですね」


 おやおや、今日は洋ちゃん珍しい突っ込みをするね。


「う~ん、ま、そういう事になるかな。 なにかお気に召さなかったかな?」


「いえ。美味しいです」


「その一言が、何よりも嬉しいよ」


「じゃぁ、なんでビーフィーターなんですか?」

 更に洋ちゃん突っ込んでくるねぇ…


「実は、ビーフィーターをベースにする店が多いんだよね。まぁタンカレーとか、BOLS、GORDON、GILBEYとか、いろいろあるんだけど、こだわりがある人は、最初から指定するでしょ。指定が無いっていう事は、まぁ『おまかせ』なわけだ、そうなると店としては、多分だけれど、お客様が飲みなれているだろうメーカーをチョイスするという感じかな…」


「じゃぁ… マスターが最高に美味しいと思うジン・トニックのベースのお酒はなんですか?」


「おやおや今日はやけにジンにこだわるね… そりゃぁ勿論、その時の気分によって違うんだけど。今日はこれ… だね…」


「あ、なるほど、そうですよね」


「本当は、「絶対にこれだ」と自信を持ってお出しするものが無いといけないのかもしれない。これはバーテンダーの考え方なんだけど、『客をひれ伏すような完璧なカクテル』を出さなければならないと考えている人もいるし、日々精進と考える人もいる。少なくとも『今はこれがベストだ!』といえるものを出せないといけないよね」


 洋ちゃんが半分ほどグラスを開けたので…


「時間も早いけど、何か食べる?」


「じゃぁナッツを少し頂けますか」

 いつもは、もうちょっとボリューミーなもの注文するんだけど…


「 …もしかして、今日この後予定あるの?」


「そうなんです。ちょっと…」

 おや、くちを漕ごしたね。 では、これ以上聞くのは野暮かな…


「はい。ナッツ盛り合わせ。少し少なめにしておいたから」


「ありがとうございます」

 洋ちゃんが、この早い時間に現れて、この次に予定があるというのなら… プライベートな話だよね。

 ここは詮索するのは止めておこう。


「ところで、マスター 歴史に詳しかったですよね?」


「う〜ん、詳しいかどうかはジャンルによるんだけど…」

 俺の専門は、実は古代マヤ文明なんだけど、とりあえず、古代というと日本と、中国もまぁ勉強している… つもりだ。

 それは、おいといて歴史は好きな話題だ…


「なんで、日本にキリスト教が広がらなかったんですか?」

 洋ちゃんは突然聞いてきた。


「この後、お会いする方は、そういう話が好きなの?」

 と、とりあえず、意地悪な質問を返してみた。


「そういうわけでは、無いんですけど… 以前に聞かれて、僕自身答えられなかったんで…」


 どうやら、お相手は歴史好きのようだ。

 ここは、俺の知ってる限りの答えをしてみよう…


「なぜ、キリスト教が日本で広がらなかったかというと、まぁ一言で言うと日本人の風土や考え方に合わなかったというのがあるじゃないかな… 日本に最初に訪れた宣教師…」


「フランシスコ・ザビエル」

 洋ちゃん瞬間に答える。


「おや、詳しいね。 そのザビエルがローマ教皇だったか、上司に手紙を書いているんだけど、その内容が面白いんだよね」


「どんな内容ですか?」


「まぁ、その前に背景というか状況を説明すると…」


「布教先の農民だか町人に説法をした際に質問されたんだそうだ…


『あんたが言う神様ってのは偉い神様で、それを信じた俺は天国に行けるのか?』

『その通りです』

『でも、その神様を信じていない死んだ俺の御袋は、地獄に行っているという事か?』

『そ、そうなるかな…』

『あんたの言う、全知全能の神様って無慈悲だな。全知全能なら、地獄にいる俺の御袋を救う事はできねぇんかい?』

『…』


 まぁ、『宣教師』っていえば、神学学校を出た当時の欧州ではバリバリのエリートなわけだ。それが日本に来れば、普通の農民だか町人に論破されちゃったわけだよね。でね、その手紙の内容っていうのが…


『私は、ほとほと布教に疲れました、次に来る宣教師はよっぽどの覚悟と信念をもって日本に来るべきです』


 と書かれていたらしい」


「なんか面白い話ですね」

 洋ちゃんは答える…


「日本人は、その頃から、物事を論理的に考えるという事ができていたんだと思う」


 洋ちゃんは納得した顔だ。


「もう一つ、一番大きな理由は、宣教師の問題だと思う」


「宣教師ですか?」


「さっきも言ったように、日本に来た宣教師は、イエズス会派だよね。彼らは『人は神のみなに置いて平等…』と言うけど、彼らが言う『人』は白人の事を言っているんだよね」


「どういう事ですか?」


「まぁ、ぶっちゃけ行っちゃうと、日本にキリスト教を広めて、信者になった人たちを宣教師達は、外国に連れて行って、奴隷として売ってたんだよ」


「ええ? 初めて聞きます」


「まぁ、教科書には載っていないからね。マカオだったかな、その奴隷売買の記録っていうか『伝票』が見つかったんだよ。日本人奴隷を売買したという…」


「宗教にかこつけて、言葉悪く言うと、騙して売ってたっていう事ですか?」


「その通り。 それが分かったから、徳川幕府は徹底的にキリスト教を弾圧したんだ。年貢を納める大事な民を盗まれちゃ困るからね」


「初めて知りました」


「私も、最初知った時は驚いたんだけど、ネットで文献を探すと結構出てきたんだ。まぁそういった意味ではネットの情報は当てにならないかもしれないけど、

『伝票』が出てきたとなると、かなり信憑性は高いだろうね」


「なんか、世の中自分の知らないことが多すぎます…」


「何を言ってるの、洋ちゃんはまだまだ若いでしょ。私だって自分の知らないことだらけだよ」


「あ、じゃぁチックをお願いします」


 チェックを済ませて、洋ちゃんはお帰りになったけど… なんか、今日はめっちゃ急いでいたな…


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