雲丹のっけてみました
まずは、スキャパのダブルのロックとチェイサーを用意して、俺はバックヤードに入った。
うちのレギュラー・メニューとして、「ローストビーフ」は定番だからすぐお出しできるんだけど、鈴木さんは「お腹にたまる」と表現されたので、ローストビーフはいつものように盛り合わせて、更にちょっと小さく切ったローストビーフに雲丹をのせて幾つか並べてみた。
最近この『牛肉』に『雲丹』を載っけるという悪戯が気に入っていて試しているんだ。ローストビーフの他にも「タタキ」に載せてみたり、刺しに近い肉を炙ったものに載せてみたり… 何にでも会うな。 所謂「マリアージュ」といって良いかは、よく判らんが、日本語では「出会いもの」という表現があるよね… 海の物と丘の物が出会って、とても良い組み合わせになったと思う。
そして、スキャパにも会うんじゃないかな。
「おまちどおさまです。ローストビーフ… プラス雲丹載せです」
「ローストビーフに雲丹を載せたのか… どんな味になるんだろう…」
「ごゆっくり…」
鈴木さんは一口頬張って…
「おっ! 旨いじゃないか…」
気に入っていただけたようだ…
「ありがとうございます」
お客様に『旨い』『美味しい』と言っていただけるのが、食を提供する側の心からの喜びだ…
一枚、二枚とローストビーフを召し上がって一息ついたのか、鈴木さんはゆっくり口を開いた。
「先ほどの『毒』のはなしではないが… マスターは『環境ホルモン』についてどう考えるのかね?」
でたなぁ、『環境ホルモン』… 『毒』の話がでたので、こっち系の話が来るかなぁと、さっき一瞬思ったんだ。
「環境ホルモンって、あれでしたっけ… 」
おれは確認するように聞いてみた。
「確か… どこかの川だかの魚を調べたら、そこで捕まえられた魚が全てメスだったので、その上流の工場が何かケミカルな物質を流しているんじゃないか… その物質の結果、魚の性ホルモンに影響を与えて魚を全てメスにしてしまうような物質があるんじゃないか… 環境に影響を与えるからそのケミカルな物質を仮に環境ホルモンと呼んだんでしたっけ?」
鈴木さんは答えた。
「まぁ、そういう話だな」
「まぁ何とも言えないんですが、前提条件が良くわからないんですよね」
俺は答えた。
「と言うと?」
「実は、魚って全てではないんですけど、ある群れを捕まえたら全部メスっていう事は自然界では普通だったりするんです」
「どういうことかね?」
鈴木さんは喰いついてきた…
「魚って、哺乳類とちがって、孵化する時の温度で、オスメスが決まるものもいるんです、例えばある一定温度以上の場合、孵化するものは全部メス、以下の場合全部オスというのもるんです」
俺は更に続けた…
「そうかと思えば、ある種では群れの中にオスが一匹しかいなくて、もしそのオスが何らかの状況で居なくなったら、次に体の大きい奴がメスからオスに性転換する… なんていうのもいるんです。 最近ではメダカはお腹が空くと性転換するなんていう論文もあるんです…」
ちょっと一息ついて
「ですから、川の一帯を掬ったら、魚がみんた雌だった… っていう事は自然界には普通にあり得る話なんです」
鈴木さんは驚いているようだった。
「ですから、魚の世界を我々哺乳類っていうか人間の世界と一緒くたに考えると無理がでるという事です」
鈴木さんは少し考えて口を開いた。
「では、マスターは『環境ホルモン』は存在しないというのかね?」
「いや… なんと言ったら良いんでしょうかね、先ほども触れましたが環境ホルモンという『前提条件』というか、何をもって環境ホルモンというのかわからないんです」
鈴木さんは考え込んでしまったので、俺は続けた。
「以前にも言いましたっけ、『無い』という事は証明できないので、さきほどの川の生物の『性に影響を与える物質』を全く『無い』という事は証明できないんです。 …でもその前に『環境ホルモン』とは何だ… こういうものだ… という定義が良くわからないので、私には何とも言えないわけです。
鈴木さんは、更に考えこんでしまった。




