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涼子さん

 淳ちゃんとそんなやり取りをしていると、ドア・チャイムが鳴った。


「こんばんは」

「涼子さん、いらっしゃい」


 一度奥に姿を隠した淳ちゃんが、涼子さんだと知って現れた。


「涼子さん、聞いてくださいよぉ! マスターったら酷いんですよぉ!」

 え!? 俺何かした?


「私が、お客さんを驚かせて帰らせたっていうんですよぉ」

 おやおや、なんかとんでもない濡れ衣だ。


「淳ちゃん。まずは涼子さんを席に案内して、ご注文を聞きましょうね」

「あ、そうだ! 涼子さん何にしますぅ」

「そうね。ちょっと小腹が空いているから… マスター! 鶏唐お願い」

「鶏唐承知いたしました」

「飲み物は、プレモル生ね、唐揚げと一緒に。その間淳ちゃんの話、聞いておくから」

「…すまないね。 プレモル生承知いたしました」

「気にしないで、いつもの事でしょ」

「淳:いつもの事でしょ」

「俺:ナゼ、キミガ、クリカエスカナ…」


 涼子さんは、少し微笑みながら、カウンターの一番奥の席に座った。そこが、いつものお気に入りの席だ。


 お察しの通り、涼子さんは「視える」人だ。

 色白で髪の長い、なかなかの美人さんだ。淳ちゃんは彼女に、お姉さんのようになついている。



 彼女と知り合ったのは、この店のオープン以前からで、当時知り合いの主催するセミナーというか勉強会の2次会で紹介された。

 俺の趣味の一つは歴史の勉強で、特に古代史が専門だ。似たような趣味の仲間が、あちこちの大学の先生に依頼し定期的に勉強会をしていたので参加していた。それ以来、勉強会…というより2次会の度に必ず顔を見るようになって親しくなった。


 丁度、店の物件を探していた頃で、ようやくこのビルに目星が付いた時に

「今度、店を開くんだけど…」

 と彼女に話しかけたら、

「う~ん、ちょっと待って」

 と切り返された。

 軽く目をつむり、左手の人差し指で自分の眉間を指している。


「そのお店、ビルの4階ね?」

『なぜ、知ってるんだ? 俺はじめて話すよな…』

「そこに、開店前に今度知り合いと伺ってもいいかしら」


 おいおい、いったい何だっていうんだ? 


「どういう事?」

 意味も分からずとりあえず俺は聞き返したんだけど、なんか間抜けな質問だったかな。


「川の近くの4階建てのビルの4階、東南角部屋ね」

「その通りだけど」


 何なんだ? 俺はその場から逃げたくなった。


「その部屋は良いんだけど、隣の部屋が気になるの」

「…」

「なんとなく、薄暗いイメージ」

「つまり…?」

「よくない気がする。気というのは気功の気みたいなものね」


 気…ですか、当時俺はあまりそういった事は信じない方だったんだけど、ここまで言い当てらて「よくない」と言われれば、いい気はしない。

 ぶっちゃけ、「そんなもん知らねぇよ」と逃げたい気分ではあるのだが、ちょっと自分を落ち着かせて考えてみる。

 占いなんて信じないけど、今日のラッキーアイテムが、「紅茶」と言われれば、いつも飲んでいるコーヒーを一杯だけ紅茶にしてみようかと思う気持ちにもなる事もあるかも…

 そんな感じか? 全然ちげーよ。 わけわかんねーし。 とりあえず先ずは落ち着け > 俺。


「で、どうしようと?」

「あたしね、ちょっと視えるんだ。あまりそういう事は言わない方なんだけど…」


 そりゃぁ、視えるんでしょうよ。そこまで当てちゃうんだから。だから俺がこんなに動揺してるんだろうが…


「あたしは、視えるだけで、何もできないんだけど、知り合いはちゃんとした霊能者で、悪い運気を良い運気に替えられるの」


 おいおい、霊能者まで出てきちゃったよ。この人、変な人じゃないのは分かっているんだけど、どこまで信じて良い話なんだ? そのうち壺でも買えって言い出すんじゃないだろうな?


「それは、ありがたいけど、開店資金でお金はほとんどないんだ。その人に払えるお金も…」


「ううん、その人はお金は取らないんじゃないかな」


 余計わかんなくなってきたぞ、只でそんな事するか普通? (怖い怖い怖い。落ち着け、落ち着け、落ち着け)


「じゃ、なんでそんな事してくれるんだ? その人にも君にもメリットないだろう?」


「メリットはあるのよ。その人が運気を良い方に替えてくれれば、私の居心地の良い場所ができるってわけ」


「つまり、お店が繁盛したら、只で飲み食いさせろと?」


「そこまで図々しくないわよ。居心地の良い空間を提供してくれれば良いだけよ」


「居心地の良い空間って?」


「最近ゆっくりお茶を飲むこともできないのよねぇ、落ち着ける良い場所がなくて。あったかいチャイでもゆっくり飲める場所、変なのに話しかけないでもらえる空間とか…」


 店を作る以上、バーとして居心地の良い空間を作ろうとするのは目標だ。

 でもバーだからどっちかっていうと、チャイよりお酒がメインなんだけどな… あ、でも食事もできるし、チャイやコーヒーも飲めるようにしとくのも良いか… そのアイディアいただきだ!


「そんな事でよいの?…その人も?」

「その人も」


 なんだか、本当にわけわかんねー展開になって来たよ。 お金の問題じゃないんなら…ってか、さっきの話なら、お互いにメリットしかないような気もする。変に人を疑うのはよろしくないからな。壺も買わなくてよさそうだし。


 まぁ、新築を立てる前の地鎮祭をするようなものと思えば良い…か。

 日本人は、神様を信じないと言いながら初詣には行ったするもんな。

 店内に神棚を祭る気はないけど、居酒屋なんかではあったりするしな。


「じゃぁ、その人と一緒に来てみてもらおうかな。まぁ、その運気がよくなったら… 報酬はそうだな… お金は払えないけど… その人と、君にそれぞれお店の…10回分の飲食50%割引券ってのはどう?」

「それで充分よ」


 その後、お店は無事に開店にこぎつけ、オープンの時にはその霊能者さんと涼子さんの連名でお花を戴いた。

 あの時から随分時が経つけど、例の割引券は今迄一度も使われた事はない。



 うちの唐揚げは、おろしにんにくとおろし生姜、酒と醤油で漬けておいて味をなじませておくんだ。それに片栗粉をつけて、たっぷりの油で、2度揚げする。そうすると外側がかりっとして、中側がジューシーになるわけだね。油の温度が大事だなんだよ。


「はい、鶏唐お待ちどう。それとプレモル生ね」

「美味しそう」


「ね、涼子さん。マスターって酷いでしょ」

「淳ちゃん、それってマスター全然悪くないじゃん」


 そうでしょ。そうでしょ…


「じゃぁ、私が悪いの?」

「それも違う。それって単なる事故みたいなもんでしょ。だからお互いに気を付けようってだけよ」

 涼子さんの答えに、淳ちゃんが言葉を足した。


「そう・・ですよね。マスター! 変なお客さん入れちゃダメですよぉ」


 う~ん。淳ちゃんが言うのはなんか違うような気がする…

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