One night in autumn…
「マスター! なんか今日元気ないね?」
涼子さんが、話しかけてきた。
「ああ、すまない。顔に出るなんて、私も… プロ失格だな」
「人間だから、いろんな事があるわよ、なんかあったの?」
涼子さんは、相変わらず鋭い。
普通を装っていても、俺の心情を読んじゃうんだよな…
「実は、また古い友人が無くなったんだ。10年以上も会ってなくてさ、近況は知らなくて… SNSなんかで見る限り、てっきり元気でやってると思ってたんだけど… 残された旦那の方も古くからの友人でさ、奴の気持ちを考えると切ないんだよね」
この齢になると、結婚式の招待状よりも、そんな話の方が多くなってくる。まぁ人間いつかは鬼籍に入るんだし、分かっちゃいるんだけど、彼女の場合それでも若いよなぁと思う。連れ合いの旦那の気持ちを考えるとどうしてもなぁ…
涼子さんと話していた淳ちゃんも、こちらに向かって…
「死は、卒業なんだよ」
淳ちゃんが言うとなんとなく説得力があるというか重い言葉に聞こえる気がする!
卒業… か…
告別式というか所謂「葬式」は、彼女の場合、最近の流行り病の事もあって静かに家族葬にするそうだ。 その…「葬式」というものは、生きている人の為に行うものだと思う。愛する人が無くなって、悲しくてやりきれない気持ちをどうにか自分を納得させるために、「儀式」という「形」を作って踏ん切りをつけたいんだと思う。
まぁ、亡くなられた本人は『卒業』なのかもしれないけど、残された方は、そんなに簡単な言葉じゃ納得できないよなぁ。
誰かが言ってたんだったかな、うろ覚えなんだけど「死には二通りある」んだとか…
一つは、本人が亡くなった時…
もう一つは「忘れ去られた時」
だそうだ。
落ち着いたら周りの縁のある人をさそって、線香でもあげに行こうと思う。
「すまないね。涼子さん… おっと… グラスが開いたみたいだけどどうしよう…」
「モエ・エ・シャンドンを…」
「ロゼ… かな?」
「当たり!」
「もしかして、愛美さんを思い出した?」
「ちょっと… ね!」
愛美さんも若くして鬼籍に入った人だ。
涼子さんの友人で、俺の知る限り最強の霊能者だった。この店をオープンした時には涼子さんと一緒にお見えになって、地鎮祭をやってくれた。闊達な方で優しい人だった。
彼女の場合、きっと此岸でのやるべき事を全てやり遂げて… それこそ卒業したんだと思う。
そういえば、淳ちゃんも愛美さんに紹介してもらったんだよな…
モエ・シャンドンをグラスに注ぎ、とちおとめとドライフルーツを少々盛った小皿を出した。
「これは、私から」
「ありがとう、マスター!」
俺は、バックヤードに入った。
カウンターには、涼子さんと淳ちゃんが何やら話しているようだった…




