鶏の胸肉の温玉のせ(続き)
「マスターって、いつも僕の話の腰をおりますよね」
洋ちゃんは口をとんがらせながら言った。
おいおい、ちょっと待てよ。『どう思うか?』って聞いてきたのはそっちだろう、今日は変に絡むなぁ…
「う~ん、私自身の意見を言ってるだけなんだけどね。 なんか気に障ったかい?」
「マスターって、都市伝説とか全く信じてないんですか?」
「そんな事はないさ… 都市伝説かどうかわからないけど、日ユ同祖論なんて好きなんだけどね」
「日本人の祖先が、ユダヤの失われた十氏族の一つだという奴でしょう?」
「そう、それ。ロマンがあると思わないかい? 歴史ロマンというか…」
「伊勢神宮には、六芒星の入った灯篭があるって言いますしね」
「すまない洋ちゃん。また話の腰を折るわけじゃないんだけど… あの石灯籠は、伊勢神宮とは別の団体が建てて、伊勢神宮に寄付した物らしく、その団体は寄進後に解散してて、所有者不明らしいんだ。 で、老朽化の為伊勢市により撤去されたって」
ちょっと機嫌が直ったように思えた洋ちゃん。また不貞腐れた顔にもどってしまった…
「遺伝子的にはどうなんですか? 日本人とユダヤ人って」
おや、洋ちゃん今度は随分科学的な事を聞いてきたな… 酔っぱらってる割には面白い処を突いてくる…
「ユダヤ系の団体が、世界中の民族の遺伝子を調べて、失われた十氏族の末裔を探している… という話を聞いた事があるけど、それからどうなったかは聞いてないな。ただ、日本人は以前は中国から朝鮮半島を経て日本に来たと考えられていたようだけど、その線は遺伝子的には否定されているみたいなんだ」
「え? そうなんですか?」
「うん。 日ユ同祖論と離れてしまうんだけど… DNA研究の結果、以前は日本人の祖先は中国から朝鮮半島を経て日本に来たという説を裏付ける結果が出たと発表されたこともあるんだけど、その先生… 確か京都大学だったかな… が調べたのはミトコンドリアDNAだったんだ…」
「どういう事ですか?」
「ミトコンドリアDNAは、女系由来の遺伝子なので、母方からの遺伝情報しか親から子へ伝わらないんだ。それに対してY染色体からのDNAを調べると、この説は否定されるというんだ。 Y染色体は男系の遺伝子なので父方からの遺伝子情報が親から子に伝わるわけで、この二つの情報を比較しながら考えないといけないよね」
「そうですね。 でも、なんで男系遺伝子と女系遺伝子で差が出るんですか?」
「一言で言ってしまえば『争い』というか『戦争』かな。例えばグレートジャーニーじゃないけど、民俗大移動してた時に、他の民族と出会ったらどうなると思う?」
「僕だったら、仲良くしたいですね」
「で、どうする?」
「う~ん、なにかお土産になるようなものを渡して、その場所を通過させてもらうとか…」
「そのお土産を持っていなかったら?」
「ニコニコして手を振ります」
「うん。洋ちゃんは平和主義者だね。でも見ず知らずの人が突然現れて、先頭の奴はニコニコして手を振っていても、その後ろの奴はこっちをにらんでるんだぜ。こっち側としては怖いだろう? 追っ払いたいと思うよね?」
「そうですね。こっちとしては長旅をしてきたんで、とにかく先に進みたいんですけどね」
「人は、未知なものに恐怖を抱くんだ。 見知らぬ人が大勢やってきたら凄く怖いよね。 肌の色や目の色や髪の色が違う全く視た事が無い人が大勢来たら…
今の時代だったら、肌の色や目の色の違いで差別するな、なんて話になるだろうけど、当時は待ったく見た事もない人々やってきたら、恐怖を感じただろうね。
結果として争いが起きちまう。 まぁ戦うのは男だよね、当時は… 女は子供を守り、男は戦う… そして、結局勝った方の男と女の遺伝子が残る。 負けた方の種族の男系の遺伝子は残らない。でも負けた方の女は殺されない… だから遺伝子は残る」
洋ちゃんは静かに聞いている。
「つまり、中国から半島を通って日本にやってくる間に、女はそのルートを通った遺伝子は残っているんだけど、男の遺伝子は残っていない。つまりこのルートで来た男は殺された可能性が高い。男は別のルートで日本列島にやって来た。この時女も男と一緒に別ルートで男と一緒にやって来た…
だから朝鮮半島経由で来た少数の女性と、他のルートで来た男女が今の日本人と考えるのが自然じゃないかな。
以前話した『米』が朝鮮半島経由で日本に来たという説は間違いだったって話と似ているね」
「『米』って何の話ですか?」
「あれ? あの話は渡辺さんに話したんだっけ。その後で洋ちゃんが入って来たんだったね」
「何の話ですか?」
「実は『米』も朝鮮半島経由では日本に入ってきていないって言う話」
「米もなんですか?」
「うん。米の原産は中国、長江流域の河姆渡とかの辺なんだけど当時の米は南方由来の植物なので、北の方では作れなかったんだ。朝鮮半島は、その北限以北なので、当時というか暫くは朝鮮半島で稲作は行われていなかったんだけど、日本では既に行われていたわけで、日本で発見された稲作遺構というか水田跡より朝鮮半島で発見された稲作遺構の方がずっと新しくて、日本の方が古くから水田があったんだ。だから長江流域から朝鮮半島を通って日本に稲作が伝わったっていう説は間違いらしいんだね」
「へぇ~そうですか」
「まぁ、考古学はいろんな説が唱えられて、遺構などの物証に裏付けられて、ああでもない、こうでもないと学者が議論してやっと定説になって行く、地味ぃ~な学問だからね。僕らの孫の世代あたりではまた新たな説が出ているかもしれないね」
「そうですね」
おや、やっと洋ちゃん納得してくれたみたいだな。




