スモークド魚介
俺がグラスを磨く時ってのは、御客さんが帰った後、使われたグラスを洗って磨くという事は勿論あるんだけど、その他にも御客さん同士の話が盛り上がっていて、俺が話を挟める雰囲気じゃぁない時や、一見さんの御客さんと会話に詰まった時なんかに間を持たせるために磨いている事もあるんだ。
勿論、開店前に全てのグラスは磨いているんだけど…
今俺はグラスを磨いている。
開店早々に一見さんの御客さんがお見えになって、生と唐揚げを注文され、黙々と召し上がっている。俺としては、ちょっと話しかけずらく… 間が悪いわけだ。
「やっぱり、唐揚げにはビールがよく合いますよね」
ありがたいことに、お客さんの方から声をかけてくれた。
「そうですね。唐揚げお好きですか?」
「唐揚げ嫌いな人なんていないでしょう?」
「まぁ、あまりいないでしょうね。たまにレモンを絞るのは駄目という方はいらっしゃいますけど」
「いますね。唐揚げにレモンは必須でしょうにねぇ。唐揚げ本来の味が分からなくなんて通ぶっちゃって」
「好みは人それぞれですから。 ところでお客さん初めてですよね? この店入り難くなかったですか?」
「それが、以前居酒屋で隣になった村田さんという方に勧められたんですよ。面白いバーがあるって」
洋ちゃん、あちこちで宣伝してくれてるみたいだ。ありがたい事だ。
「なんでも、オーセンティックなバーで食事も出来るし、メニューにない料理も作ってくれるというちょっとバーとしては変わっている店があるんだとか」
「まぁ、食材があってレシピが分かるものだったら御作りしますが」
「私以前にロンドンにしばらくいたんですけど、スモーキーなアイラモルトにはまってしまって、それでスモークサーモンとか燻製を食べるのが好きなんですよ。何かできますか?」
「燻製でしたら、5分から10分位燻すのだったらできます。ソミュールに漬けるようなものは予約頂かないと無理ですけど」
「今できるものでしたら何があります?」
「そうですね、変わったものでしたらホタテの貝柱とか〆鯖とか」
「良いですねそれ、お願いします」
「ホタテの貝柱と〆鯖のスモーク承知いたしました」
俺が、バックヤードに入ろうとした時、ドアチャイムガなった。
「洋ちゃん、いらっしゃい」
「こんばんは、マスター! あ、高橋さん来てくださったんですね」
「こんばんは、洋ちゃん。 ええ、お話伺って、興味がわいたものですから…」
洋ちゃんは、自分が褒められたように、ニコッとして
「マスター、ギネスと唐揚げね!」
「ギネスと唐揚げ承知しました」
まずは、ギネスをサーブして、バックヤードに向かうと、淳ちゃんが奥から顔を出した。
「おや、こんなに可愛らしいお嬢さんがいらっしゃるとは」
すると洋ちゃんが紹介した。
「こちら、淳ちゃん。 お店のマスコット的な存在… で、こちらは高橋さん」
洋ちゃんは、淳ちゃんと目で会話したようだ。
『この人、淳ちゃんを普通に視えるんだ…』
「こんばんは、高橋です。僕の事は、高ちゃんと呼んでください」
「ええ? 呼びにくいですよ、高橋さんかなり歳上でしょう?」
洋ちゃんが口を挟んだ。
「いいんだよ、こういうカウンターで飲むときは、みんな対等な立場なんだから、村田さんが洋ちゃんなら、僕は高ちゃんだ!」
淳ちゃんも自己紹介だ。
「はじめまして、よろしくお願いします。私の事は淳ちゃんと呼んでください」
急いでスモークする時は、中華鍋を使うといい、先ず鍋底にチップを置く。
チップはお好みで好きなのを使えばいい。魚介の場合はサクラだとちっと癖があるかなと思って、今日はブナを使ってみる。
次に、チップに触れないように少し鍋の上に網を乗るせ、食材を乗せ、蓋をする。
食材は、刺身でも食べられるホタテの貝柱と先ほど〆た鯖が丁度良い頃合いだ。
スモークは、10分位かな…
その間に唐揚げを作る。
「ホタテの貝柱と〆鯖のスモーク、お待ち…」
ほぼ同時に出来上がったから、先に高橋さんにお出しして、次は洋ちゃんに
「唐揚げ、お待ち…」
俺は二人に声をかけた
「ごゆっくり…」
と、気が付くと高橋さんのグラスが開いている。
「お飲み物はいかがいたしましょうか」
「ボウモアを…」
「12年、15年、18年とありますが…」
「12年を、それをストレートでお願いします」
「承知いたしました」
ボウモア12年をサーブすると…
洋ちゃんがまた何やら口を開いた…
「マスター …予言って信じます?」
おやおや、また始まったな… 洋ちゃんのオカルトと言うか都市伝説好きの話題…
「ん? 例えばどんな話だい?」




