雲丹のパスタ(続き)
「う~ん。 僕の場合は、実体験って無いんだ‥ 聞いた話でも良い?」
「勿論良いわよ」
淳ちゃんが答えた。
洋ちゃんが口を開いた…
「知り合いの看護師さんから聞いた話なんだけど… 緩和病棟って分かる? 終末期の患者さんだけが入る病棟。癌の方が多いらしいんだけど、もう手の施しようがなくて、手術もできない、治療ができない… 唯一出される薬は痛み止めだけ、痛みを緩和するだけの処方しかできない患者が入院する病棟みたいなんだけど…」
「ホスピスよね?」
聖ちゃんが答えた…
「う~ん。そういう終末期の患者さんになると、やっぱり宗教的な事も重要になってくるよね。神に召される… とか… で、ホスピスというのはキリスト教的な色合いが濃いところなんだ。 で、仏教的なところは『ビハーラ』という処もあるらしいんだけど…」
「初めて聞いたわ…」
聖ちゃんが答えた。淳ちゃんも同様の表情をしている。
洋ちゃんが続ける…
「そこって極端に言ってしまえば、毎週人が亡くなっているわけ… 看護師さんも、そういう病棟に長くいると、入院して来る患者さんを見た時に、大体死期が分かるらしいんだよね。
『ああ、この方は持って3日とか1週間とか…』
だから、出来るだけ献身的と言うか、患者さんの我儘も叶えてあげたいと思うらしいんだ」
「そうよね。余命数日となると… 普通の人だと、どう接して良いか戸惑っちゃうよね」
聖ちゃんが口を挟んだ。
洋ちゃんは更に続けた…
「自分が勤務している時に、患者さんが亡くなることを仲間うちの言葉で『あたる』というらしいんだけど、もちろん誰もあたりたく無いのだけれど、やたらとあたる人がいるんだそうだ。そうかと言えば逆に全くというわけでは無いんだけど、あたらない人もいるらしい」
「それって、聞いた事がある」
淳ちゃんも相槌を入れてくる。
「あと『夜専』と呼ばれる、夜勤専門の看護師さんもいるんだよね。で、患者さんが亡くなるのは、昼だけとは限らなくてその夜専の看護師さんにもあたる人、あたらない人がいるみたいなんだ。それで、その夜専のあたる看護師 さんから聞いた話なんだけど…」
洋ちゃんは一呼吸置いて続けた。
「夜の巡回は1時間に1回くらいのペースらしいんだけど、午前2時頃に巡回した時に、2回連続で車椅子が廊下の真ん中に出ている事があったんだそうだ。
まぁそれだけの事なので、昼勤務の看護師さんに申し送りする事もなく、気にしないでいたらしいんだけど、又次の夜勤の時にも、同じ場所に車椅子が出ていたので、変だなと思ったみたいなんだ。 夜専の看護師さんて、長時間勤務なので、1晩おきの勤務になるらしいんだ。という事は、最低でも多分だけど… 3日連続でそういう事が起こったと思うんだ。
また車椅子を元の場所に戻していたら廊下の先から「すみません‥」と声が聞こえてきたので、よく見ると守衛さんで、話を聞くと夜中ここ数日院内モニターに車椅子が動くのが映し出されたらしい。
決まって404号室から廊下まで動くんだけど、誰も乗っていないらしい。それでスロー再生にして、何回か見るとうっすら人の形が見えて、廊下に来ると車椅子から降りるところで消えるんだそうだ。
中年になろうかという年齢の守衛さんはかなりビビっている様子で、震えているようだった。
それで、モニターを見て欲しいという事で、声をかけられたみたい」
その夜専の看護師さんが一緒に守衛室まで行って再生してもらったら…
顔まではよく見えなかったらしいんだけど、雰囲気からして数日前に亡くなったFさんによく似ているという事だった。その夜専の看護師さんの勤務の時に亡くなったので良く覚えていたそうだ。
Fさんは、404号室のベッドで部屋からそのモニターで車椅子が止まるところまで車椅子に乗ってやってきて、そこで降りて自分のベッドに押して帰るのをリハビリにしていたという事なんだ。
守衛さんは、『やっぱり』という感じでさらに怯えたようだったけど‥
夜専の看護師さんは、うっすら悲しそうな微笑みをしながら「こう言う事は『病院あるある』だから、慣れてくださいね」という言葉を残して、自分の受け持ちの詰め所に帰ったという事なんだ」
聞き終わって淳ちゃんが口を開いた‥
「それって、守衛さんは相当怖かっただろうと思うんだけど、看護師さんにすると『あるある』なんだ‥ 人間慣れって怖いわね」
「そっちの怖さの話になるの?」
と聖ちゃんが思わず突っ込んだ。




