淳ちゃん
カウンターの奥から、ボブカットの女の子が顔を覗かせる。今はバニーガール・スタイルだ。
「てへ、やっちゃいました」
「あのねぇ、今時『てへぺろ』なんて流行んないよ! どうしたの? いつもだったら鈴木さんがいらっしゃる時は顔を出さないのに?」
「初めてのお客さんだったから、ちょっと奥から覗いたら、うっかり目が合っちゃって。 あ、この人視えてるんだと思ったら、嬉しくなっちゃって、サービスしようと思ってバニーちゃんになったら、『ニタッ』て気持ち悪い目をしたから、怖くなっちゃって…」
「…なっちゃって?」
「そのまま、消えちゃった」
「…」
「…」
「まぁ、初めて入ったお店で、いきなりそういうの見たら驚いて逃げ出すわなぁ…」
「ごめんなさい」
「謝る必要はないさ。いつもの事だし。でもあんまり、お客さんを怖がらせないでね」
「は~い」
この子は、通称「淳ちゃん」愛嬌が良くて特定の常連客の人気者でもある。
本人は、自分の事を「幽霊」と言っている。
彼女の事を全く視えない人もいるし、そうかと言えば普通に視えるという人もいる。うっすら視えるという人もいるし、なんとなく感じるという人もいる。
先ほどの鈴木さんには、彼女の事が全く視えないらしい。
俺はどうかって?
彼女が意図的に消えている時は視えないが、そうでない時は、全く普通の女の子に視えるし、話もできるんだよ。
怖くないかって?
多少いたずら好きだが、別に悪さするわけでもないし、普通の娘にみえるんだから、怖がる必要なんてないだろ?
まぁ、たまにさっきみたいに、一見さんともめる事もあるけど、それが元で常連になってくれたお客さんもいるし、それに良く言うだろ、幽霊がいる店は流行るって。
そういった意味で、彼女は福の神なのさ。
うちの店は、会員制というわけではないのだが、淳ちゃんを怖がったり嫌がったりする人は、常連になる事はできないだろう。彼女を悪く思わないない人だけが、繰り返し足を運んでくれるんだ。だから常連さん達は、うちを「会員制バー」と呼んでいるらしい。
そういうわけで、さっきの一見さんは会員にはなれそうもないな。