イチボのステーキ(続き)
いきなりドアチャイムが鳴って…
聖ちゃんと涼子さんが入って来た。
「こんばんは、マスター」
「こんばんは」
「こんばんは、お二人さん… なんか最近二人一緒だね…」
「今日は、ちょっと私が涼子さんに付き合って戴いたんです」
聖ちゃんが答えた。
「今日は牛肉…ね。 タリアータなんてお願いできます?」
涼子さんの御質問だ!
「勿論!」
「あ、じゃぁ私も」
聖ちゃんも同じメニューだ!
「お飲み物は?」
「プレモル生で!」
二人同時の答えだ。
「牛タリアータ、プレモル生! 承知いたしました」
「あれ、そういえば今日、淳ちゃんは?」
聖ちゃんがやっぱり聞いてきた。
「うん。ちょっと…ね」
俺は一応曖昧に答えてみたけど、涼子さんには淳ちゃんが視えているはずなので、俺が料理している間にきっと聖ちゃんに詳しく説明してくれている事だろう…
二人にプレモル生をサーブしてバックヤードに入った。
タリアータ… はステーキを薄切りにした料理だ。
いつもならローストビーフを頼みそうな涼子さんが、タリアータを注文したのは、きっとあの二人が召し上がっているステーキの香りにつられたんだろう…
ルッコラやクレソンを皿の上に乗せて、ステーキ状に一旦焼いた肉をローストビーフより厚めにスライスして載せる。
黒胡椒は振りかけてあるけど、チーズやソースはお好みによってかけてもらおう。
「はい。イチボのタリアータお待ちどう」
「イチボ? ラッキー」
「普段はあんまりイチボはないんだけど、今日たまたま卸の方に勧められてね… ごゆっくり」
二人のジョッキに半分ほど残っているビールを確認して俺はグラスを磨きだした。
…すると
「あなた! 霊感あるわね…」
唐突にあの若い霊能者さんが涼子さんに声をかけた。
ヲイヲイ… いきなりかよ… 普通『初めまして』からだろう?
「初めまして、私、藤堂麗子と言います。突然声をかけてすみません」
おや、ちゃんと挨拶できるんじゃないか…(まるで、俺の心を読んだようだぜ…)
「こんばんは、木村です」
涼子さんは藤堂さんの目を見ながら挨拶をした。
「唐突ですが、木村さんって霊感ありますよね?」
藤堂さんはさっきまでの中二病のような高飛車な態度とはうって違い遜ったように涼子さんに尋ねた。
「さぁ、何の話かしら… いきなり唐突に言われても答えようが無いし… 私達は今、食事を楽しんでいるんだから放っておいて貰えないかしら…」
涼子さんのクールな対応に若い霊能者さん… 藤堂さんもおとなしくなった。
「分かりました…」
「おい。何があったんだ?」
カールスバーグの叔父さんは、姪の突然の行動に驚いたようだ。
いつも高飛車な態度の姪が神妙な態度をとるのが腑に落ちなかったのだ。
「私… 私は小さい頃から変なものが視えて、それを言うと周りから嘘つき呼ばわりされて… 怖がられて… 友達もいなかったの… それが霊能力というか… 霊が視えるんだとわかって… 霊が嫌いになったの… なんであんたたちがいるのよ! あんたたちのせいで私は友達もできなくて、いつも… いつも独りぼっちだったのよ」
藤堂さんは、叔父様に小さな声で今迄の自分の不遇を訴えた。
「それで、あの人… 木村さんは私より霊感が強いって分かるの、今まで私の周りでそんな人はいなかった… だから… だから… 相談に乗ってもらいたくて…」
ああ、よく聞く霊能者あるあるだよな。 ちょっと同情するよ。 俺の霊感は愛美さんや涼子さんがこの店と関わりあってからだから… 十分大人になってから時々視えるようになったんで… まぁそういったものが居るんだという事は、頭で理解できる。 子供の頃から霊なんて視えてたらきついだろうな…
涼子さんは藤堂さんの小さな声を聴いていたのか、何か小さなメモを渡したようだ。 多分ちょっとほっとけなかったんだろう…
男性は、チェックの合図をされた。
「こちらでお願いします」
俺は、伝票というか金額を書いた小さなメモを渡した。
「ちょっと待て… これは安すぎるんんじゃないかい?」
「はい… ああ以前、突然お帰りになった時に置いてかれました代金のお釣りをお渡ししていませんでしたので…」
「あの時は、たしかお釣りは良いと言ったはずだが…」
「そうでしたっけ? まぁ、たまたま覚えていましたので… またのお越しをお待ちしております」
俺は先ずあの時の借りを返しておきたかったんで、肩の荷が下りた感じだった。
「また来る…」
二人を見送った後、俺はしみじみ思う…
ああ、一見さん(本当はそうではないんだけど)に「また来る」と言って戴けるのは、店をやっていいて良かったと思える一言だ。
(本当にお見えになるかどうかは分からないけれど、きっとまた近ゞお会いできるだろうと思う)
という訳で、先ほどの状況を聖ちゃん、涼子さんのお二方に説明して、淳ちゃんも交えて今後の対応を伺ってみた。
「そんなの簡単よ、普通に視えるんだったら、淳ちゃんはバイトか従業員って事にすれば良いんだわ」
聖ちゃんが口を開いた…
なるほど… 前の時は、バニーガール姿にいやらしい目つきになったカールスバーグ叔父さんが怖くなって消えちゃったから、叔父さんは驚いたんだよな。
普段は、バーテンダーズ・スタイルで出て貰っていれば良いんだ。
「でも、私コスプレ好きだし…」
淳ちゃんはちょっと、憂鬱というか残念そうな表情でそう言った。
「大丈夫よ、コスプレは普段通りにやってもらって良いの… あのおじさんが来たら一旦奥に行って… 着替えれば良いのよ」
「そうか! ちょっと奥に入るのは面倒臭いけど、あの嫌らしい目で見られるよりましだもんね」
淳ちゃんは、希望を見つけたような表情をした。
「問題なのは、あの藤堂さんの方ね。中途半端な霊能力… のお嬢さんが来たらどうするかね… まぁ、私今度会ってみるから、ちょっと話してみるわ…
世の中、悪い人間だけじゃなく良い人間もいるように、霊にも良い霊がいるって事さえわかってもらえれば良いんだから、なんとかなるでしょう」
ここは申し訳ないけれど、涼子さんにお任せだ。




