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鱧の落とし(続き) 鮎の背越し

涼子さんと聖ちゃんが入って来た。

「今晩はマスター」

「今晩は」


「今晩は、お二人さん」


 涼子さんが黒板を見て呟く‥

「お魚かぁ‥」

「今日は、ヒラマサ、鮎、鱧ですね」


「鮎! 良いわね。塩焼き以外の食べ方あります?」

「背越しなんていかがでしょう?」

「良いわねそれ」

「背越しって何ですか?」

聖ちゃんが聞いて来た。

「すっごい乱暴な言い方をすると、鮎の骨ごと輪切りの刺身かな」

「川魚の刺身って… 怖くないですか?」

「天然ものはね… うちのは養殖で信頼のおけるところから仕入れているから…」

「そうですか、じゃぁ私もそれでお願いします」


「お飲み物は如何いたしましょう?」


「プレモル生かな」

 涼子さんが答えると、すかさず聖ちゃんも

「私も」


「プレモル生と鮎の背越し。承知致しました」


 そうなんだ、日本人は何でも生で食べたがるけど、やっぱり寄生虫が怖い。川魚は特にそうだけれど、海魚になだって勿論いる場合がある。鶏なんかも熊本・宮崎の方では生で食べるらしいけどやっぱり生鶏と言えばカンピロバクターが怖い!

 「新鮮だから大丈夫」という考え方は明らかにまちがっていて、寄生虫や微生物は「いる」か「いない」かのどちらかでしかないわけだ。いくら新鮮でも寄生虫や微生物が居ればあたる。まぁ、理屈っぽく言うと「ない」あるいは「いない」という証明は悪魔の証明といわれていて論理的にはできないんだ。(たとえば不在証明(アリバイ)ってあるよね。殺人事件ドラマなんかで出てくる奴。あれは現場に『居なかった』という証明はできないから、他の場所に『居た』事を証明してるわけだ… それはオイトイテ… まぁ、昔は牡蠣なんかも「あたる」場合があって、新鮮ならあたらないと言われた時期もあったんだけど、牡蠣が「あたる」原因のほとんどがウィルスだとわかってきているから、いかにウィルスが付着しないように養殖するかというところで、加熱用と生食用が分かれたよね)


 それで俺は俺なりにすべての食材を、最も信頼のおけるところから仕入れている。

 鮎の場合、養殖の方が格段に寄生虫の危険性が少ないのは分かっているんだが、それでも全くいないというわけではないんだ。だから俺は自分で何軒かの養殖業者さんを回ってみて、ここならまず大丈夫だという処の物しか扱っていない。 え? 冷凍にすれば良いんじゃないかって? 鮭なんかに付いているアニサキスとかかはそれで良いんだけど、鮎についている横川吸虫は、冷凍では死なないんだよ。

 ここまでしてというか、それでも… 日本人はやっぱり生食にこだわるというか… 生で食べたいと思う人が多いのは事実だ。日本人の(さが)というかDNAなんだろうな! 俺自身もそうだ。

 だから俺はどんな食材でも実際に見てきているから自信を持って出せるんだ。


 天然ものが入った時は、必ず火を通す調理方法で、お出しすることにしている。

 まぁ、本音を言ってしまえば、鮎は塩焼きが一番だと思っているんだがな。



 背越しに使う鮎は若めの物を使う。先ず鱗を落として内臓を取り出す。流水で腹の中を洗って輪切りにする。氷水にいれて汚れを除いて、キッチンペーパーで水をきって、頭と尻尾も添えて、あしらいと共にお出しするんだ。

 


  涼子さんと聖ちゃんがいらっしゃると当然、淳ちゃんも登場だ。因みに今日は通常のバーテンダースタイルだ。

 三人のガールス・トークが始まると、渡辺さんは淳ちゃんにむかって…

 「あ、いらっしゃったんですね。 気がつきませんでした。今日はシックなお召し物で‥」


 淳ちゃんはいつもの愛くるしい笑顔で、ニコっと頭を下げた。


 ガールストークの腰を折られたわけでは無いが、その時涼子さんが化粧直しに入った。


 すると渡辺さんは不思議な事を始めた… 淳ちゃんの方にてを伸ばして掴もうしたのである。


 俺はすかさず渡辺さんの伸ばした手の甲を「ピシャリ」と叩いて言った…


 「渡辺さん… うちは「お触りバー」じゃありませんので、うちの子に手を出さないでください」


 渡辺さんは、『あっ』という表情をして言い訳を始めた。

「あ、いやすみません、そんなつもりじゃなかったんですが、淳ちゃんが今少し透けたように見えたので、思わず手を伸ばしてしまったんです」


 勿論俺達は、分かっていた。

 だがここで問題だ。淳ちゃんの正体をバラして良いものか、渡辺さんが淳ちゃんを怖がらずにいてくれるか… 勝負に出るか思案にくれるところだ。

 渡辺さんがこの店に来た時の状況を考えると、そう松蔵さんの話を思い出すと、渡辺さんは『霊』の存在は理解しているはずだ。それで思い切って淳ちゃんの正体を明かすことにした。


 淳ちゃんはうちのマスコット幽霊(ガール)で、人を驚かすとか呪うとか変な事はしないという事。

 たまにコスプレなどをしてお茶目な存在である事。

 お客さんの中には淳ちゃんが視える人と視えない人がいる事。人によっては視えるけど、声が聞こえない人などがいる事。

 お客さんの中には、霊能力の強い涼子さんがいる時だけ視える人がいる事。

 渡辺さんは最後ののタイプの人だという事を説明した…


 話を終えると、渡辺さんは案外驚かなかった。まぁ、松蔵さんの話もあるから、そういう事もあるのかという受け止め方だったようだ。


 丁度、涼子さんが席に戻って来た…

「あ、また淳ちゃんがしっかり視えるようになりました… やはり、そうなんですね…」


 渡辺さんも、聖ちゃんと同じく涼子さんがいらっしゃる時に、霊能力というのか霊を視る力が強くなるという事がわかったようだ。

 それでも淳ちゃんを怖がらずにいてくれると言って戴いたので、渡辺さんも今日から赤いコースターだ。


 そうだ、コースターの説明もしておかなきゃな…


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