焼鶏(続き)
渡辺さんと、ひとしきり話題が盛り上がっているところでドアチャイムが鳴った。
「こんばんは、マスター」
「涼子さんいらっしゃい」
すかさず、渡辺さんは挨拶をした
「あ、木村さん、こんばんは。先日はお世話になりまして…」
「こんばんは… あれから何かありました?」
「いえ、お陰様で平穏な生活をしています」
形式的というか、無難な会話で挨拶を終えた…
そこに淳ちゃんが顔を出した。
すると、今まで淳ちゃんに気付かなかった、渡辺さんがいきなり淳ちゃんに声をかけた。
「あ、この間はお世話になりました… 今日はバニースタイルですね…」
俺と淳ちゃんは顔を見合わせた。
今迄、淳ちゃんが渡辺さんの前にちらほら顔を出していたのに、全く気付く様子が無かったのだが、今ははっきり視えているらしい…
ん~ やっぱり、涼子さんの霊感に感化されたのか…
このお店の常連客の中では、涼子さんの霊感がダントツに強い…ようだ。
聖ちゃんも普段は淳ちゃんが視えるのだが、声を聴くことはできないらしかったんだけど、涼子さんがいる時は普通に会話ができる…(尤も、今では涼子さんがいない時でもなんとか会話はできるようになったみたいだが…)
霊感の強い人が近くにいると、霊感のない人も霊が見えるようになるというか感化されるという話はよく耳にする…
「マスター、ジンフィズに唐揚げお願い」
涼子さんのオーダーだ。
「ジンフィズに唐揚げ、承知いたしました」
例によって俺は、ジンフィズをサーブしてから唐揚げの為にバックヤードに入るんだけど…
淳ちゃんは涼子さんに渡辺さんのコースターを指さして今まで淳ちゃんを視えなかった事を話していた。
さて、こういうお客さんに今後どいう言う風に接してよいか… 思案するところだ。
淳ちゃんは渡辺さんの前に立って…
「渡辺さん、その後いかがですか? 肩が重くなったりしていませんか?」
「ありがとうございます。あれ以来ずっと体調も悪い処は無く平穏に過ごしております…」
「そうですか、それは良かったですね」
渡辺さんは、今は間違いなく淳ちゃんと会話できるみたいだ。
先日渡辺さんは、涼子さんには相当お世話になったわけなのだが、金銭的な御礼やそのほか物質的な御礼などは一切必要なく、とにかく他言無用で通常通りの生活を送って戴くことが、何よりの返礼だと言われていたので、特別な接し方をしないようにしているようだった。
「そういえば、私が入って来た時笑い声が聞こえてたけど、何の話で盛り上がってたの?」
涼子さんが話題を振って来た。
「歴史の教科書に載っていた事が、今では実は違ったんじゃないか… という話」
「そういえば、ミーチューブで、いろいろな話が聞けるわね。米栽培は、中国から朝鮮半島経由で日本に入って来たと考えられていたのが、今では朝鮮半島は通らずに、直接中国から日本に伝わったとか…」
「涼子さん詳しいね。私も見ましたよ」
この手の話は俺も大好きで、専門書は勿論、ミーチューブも見ている。
「ええ! そうなんですか」
渡辺さんは、やっぱり知らなかったらしい。
「もうちょっと、詳しく教えてください」
俺と涼子さんは、顔を見合わせて、お互いに『どうぞ』という仕草をしたが、結局俺の方から説明する事になった。
「ざっくり説明しますと、米粒が見つかったからと言って、自然の米を収穫したものかもしれないので、稲作が始まったとは言えないですよね。畑と言うか水田の跡(遺構)がみつかって更に米が出土すれば、完璧に稲作が行われたと言えます。そういう事を踏まえて、稲作が始まったのは、長江流域というのがほぼ定説になりつつあるんですけど、元々稲という植物は南の地方で育っていたものだから、北の方では栽培できないわけです。まず、当時の稲は朝鮮は北限以北で栽培できなかったんです。更に日本で発見された稲作の遺構と朝鮮半島で発見された遺構では、500年も日本の方が古いという訳なんです。更に、朝鮮の遺構で発掘されたコメと、日本で発掘されたコメの遺伝子が違うらしいのです。この事実を考えると、稲作が、朝鮮半島を経由して日本に来たという説は成り立たなくなるんです」
「なるほど、そうなんですね…」
そんな話をしていた時に、ドアチャイムが鳴った。
「こんばんは~」
「こんばんは、洋ちゃん」
「あ、渡辺さん、先日はどうもです~」
「先日は、お世話になりました」
「いやぁ~ そんな御礼なんて良いんですよ、本当良いんですってば、 良いんです…」
俺と、涼子さん、淳ちゃんは驚いて顔を見合わせた。渡辺さんはどうして良いか困った顔をしている。
そして一斉に出た言葉が…
「お前が何かしたのかよ!」




