焼鶏
その日、口明けの御客さんは、渡辺さんだ。
渡辺さんは、洋ちゃんが酔った時に焼鳥屋さんで仲良くなってうちに連れてきた方だ。
「こんばんはマスター、先日はお世話になりました。」
「こんばんは渡辺さん。どうぞお好きな席へ」
渡辺さんは一番手前の席に座った。先日座った席と同じところだ。
「洋ちゃん… 村田さんに伺ったんですが、ここはメニューに無い料理も戴けるとかで…」
「はい。食材があって私が知っている料理であれば提供できます。今日の御勧め食材は、鶏ですね」
「申し訳ないんですけど、焼鳥なんてできますか?」
「はい、常連さんでお好きな方がいらっしゃいますので、正肉、ネギま、せせり、胸肉はだいたい用意しているんですが、今でしたら皮、ココロ、砂肝、軟骨もあります」
「ああ、嬉しいな、じゃぁその正肉、せせり、軟骨を2本ずつお願いできますか?」
「味付けはどうしましょう?」
「お任せでお願いします」
「お飲み物は何になさいますか?」
「生はどこのですか?」
「プレミアム・モルツとギネスです」
「では、プレモルをお願いします」
「プレモル生と、正肉、せせり、軟骨2本ずつ種承知いたしました」
おれは、プレモルをサーブしつつ、バックヤードに入るのだけれど、ちょっと気になる事を思い出した。
先日の渡辺さんの騒動は、いろいろあったんだけど、そういえば渡辺さんは淳ちゃんがどういう風に視えていたんだろうという事だ。
その事を察したように、淳ちゃんがちらちら、奥から顔を出している。今日も久々にバニーちゃんスタイルだ。
渡辺さんの前にバニーちゃんスタイルで顔を出す淳ちゃんに渡辺さんはどうやら気が付かないようだった。
鶏料理をする場合、ほぼ丸のまま仕入れるので、希少部位は少なくて数人前しか取れない。ハツなんて1羽で1つしか取れないのは分かるだろう?
うちの焼鳥は、串の上の方が食材を少し大きめに切り、下の方に行くにしたがって、ちょっとずつ小さくなっている。炭火で焼く時こうしていると均等に焼きやすいんだ。
軟骨だけは塩で2本、あとは塩1本、タレ1本だ。 うちのタレは普通の焼鳥屋で出される甘ダレではなく、醤油と味醂だけでさっぱりした薄味なんだ、この方が食材の味がでると思ってね。
盛り付ける器も大事なんだ。焼鳥専門店のように白い皿に載せただけというわけにはいかない。
「焼鳥お待ちどう…」
「こりゃぁ、美しいですね。専門店よりも上品だ!」
「ありがとうございます、料理を修行した店が料亭だったものですから… 焼鶏というか、鶏の串焼きです。ごゆっくり」
そう言って俺はいつものようにグラスを磨きだした。
「ところでマスター、先日村田さんの話によると、都市伝説に詳しいと伺ったんですが…」
「いえ、先日も申しました通り都市伝説は詳しいわけではありません。 私が好きなのは考古学なんです。ところが、都市伝説が好きな人は、古代文明も都市伝説の一部だと考えているようなんです。私としては、古代文明は都市伝説ではなく考古学で、超古代文明というものがあるなら都市伝説の一部で良いんじゃないかと思うのですよ」
「なるほど…」
「渡辺さんは、都市伝説とか… お好きなんですか?」
「そこそこですね。信じているという訳ではないんですけど、そんな番組がやっていたら見てしまうという感じです。先日は村田さんと何となくそんな話で盛り上がって…」
「私も話としては面白いと思いますよ」
俺は、更に続けた
「考古学も地味な学問ですが、日々進化というか新しい発見があって、私達の時代に教科書で習っていた事が今では違うんじゃないかという話があちこちに沢山あるわけですよ」
「例えば? 具体的にといった事でしょう」
「そうですねぇ… エジプトのピラミッドは、奴隷によってつくられたと聞いてましたよね?」
「違うんですか?」
「実は、ヘロドトスが奴隷によってつくられたと文献に残したから、奴隷説が広がったんですが、近年ピラミッド建築に携わった労働者達の出勤簿が発掘されたんです」
「ほう…」
「それによると、『〇〇班の誰々べぇは、本日欠席。理由:二日酔い』なんてのがあるそうです」
「本当ですか?」
「まぁ、二日酔いで欠勤する奴隷なんて考えにくいですよね」
「面白いですね… その出勤簿が一つ発見されただけで、奴隷説は覆ってしまうわけですね」
「ジョッキが空きましたね。 次は何になさいますか?」
「そうですね、ジントニックをお願いします」
ジントニックをサーブしながら、俺は更に続けた…
「でも考え方によっては、まだ奴隷がピラミッドを作ったという可能性もあるんですよ」
「ええ? どういう事ですか?」
「奴隷という言葉の定義の問題なんですが、私達が『奴隷』と聞くと、アメリカの黒人奴隷の事を思いますよね」
「ええ。強制的に家畜のように働かされた…」
「そう、朝も暗いうちから、日が暮れてからも家事手伝いさせられた…というイメージですよね」
「そうですね。違うんですか?」
「アメリカの黒人奴隷の場合はそうだったみたいなんですけど、『奴隷』という制度は有史以来ずっとあったわけなんですけど、昔…というかアメリカ以外では奴隷に対してもっとおおらかだったようです」
「おおらかと言うと」
「家族を持って、朝ごはんを食べてから主人の所に行って働いて、日が沈む前には、家に帰って家族で食事をするような感じ… そういえばスターウォーズという映画御存知ですか?」
「勿論、有名な映画ですよね。エピソード1~9まで見ています」
「エピソード1で、アナキン坊やが奴隷という役ですけど、主人のワトーの所からから家に帰る頃はまだ日が高かったでしょう?」
「そういえばそうですね」
「奴隷というと大変そうですが、主人に従えて働いていた人の事を言うわけで、今でいうサラリーマンみたいな生活だったんじゃないかという学者もいて、アメリカの黒人奴隷の場合は、歴史の中でも例外的に酷な状況だったそうなんです」
「奴隷は、今でいうサラリーマンですか… 使えている主人が会社になっただけで… 私ももしかしたら時代が違えば、奴隷だったのかもしれないわけですね」
「だから、奴隷も酒を飲んでいて二日酔いで欠勤したなんて事もあったかもしれないですね… まぁ、主人から大目玉喰らったのは間違いないでしょうが…」
二人は、顔を見合わせて大笑いした…




