野菜の豚バラ巻(続き)
二人のグラスが開いていた。
「お飲み物はどうしましょう?」
鈴木さんは少し考えて
「ラガヴーリンは…」
鈴木さんは島物のスコッチがお好きだ…
「えっと、今は8年と12年と… 16年がありますが…」
「じゃ最初は8年にしよう」
「僕も同じものをお願いします」
洋ちゃんは鈴木さんといらっしゃった時は同じものを頼むのが癖のようだ。
「飲み方は、先ほどと同じでよいですか?」
「うむ」
「はい」
二人にラガヴーリンをサーブしながら、お皿を下げると…
「マスターほどの理論家が、幽霊を信じるというのはどういう事ですか…」
鈴木さんが口を開いた。
洋ちゃんもワクワクしながらこちらを見ている。洋ちゃんは淳ちゃんの存在を知っているから、当然幽霊はいると信じている。
「まぁ、そうですね。私も数年前までは人間死んだら終わりと思っていたんです… 人は脳で物事を考える、理論する、哲学する。脳が死ぬイコール物を考える事は無くなると思っていたんですね」
「その通りだろう…」
「眠っていて夢を見ていない時は、自我は存在しない」
「そうそう…」
「今はや3次元スキャナやプリンターなどが出てきて、CTスキャナやMRIでスキャンした物を3次元プリンターで具現化する事ができますね。今はまだプラスティックとか石膏みたいな物だけですけど、将来というより遥か未来に人間の体を原子・分子のレベルまでスキャンして、同じ原子・分子を使って3次元プリントできたとしたら、スキャンした人間と全く同じ物質が出来上がるわけですよね。タンパク質レベルではなく、原子・分子レベルまで同じなら、脳のニューロン回路やシナップスまで同じ物が出来上がるはずです。もっと極端にいうと、電子のスピン、軌道位置までコピーできたとします」
「…」
「勿論、遠い未来でもできないかもしれません。が、ここではできたと仮定した場合なんですが、物質的には全く同じ二人が存在する事になります… 人工的に作った人間も目を覚まして、コピー元と全く同じ考え方をする…」
「そうなるね」
「私はそれがイメージできないんです。プリントを繰り返して、100人ぐらい同じコピーを作ったとしたら、コピー元と100人が全く同じ人物になる事になりますよね。それがどうにもイメージできないんです」
「と、言うと」
「コピーで作られた人間は、物質的には全くコピー元と同じなんですが、目覚めないんじゃないかなと思うんです。つまり自我が目覚めない」
更に俺は続けた…
「物質的な物の他に何かこう… 命の灯とでもいうのか、何かがなければ只の肉の塊でしかないんじゃないかと思うんです」
「…」
「それを何というのか、魂というのか、エーテル体とでも言うのかわからないんですが…」
「この命の灯というか魂が、生きている体の脳のニューロンを利用して哲学するんじゃないかと思うんです。ですから幽霊というのとちょっと違うんですけど」
「確かに幽霊とは違うものだね」
「もしこの魂が、肉体が死ぬ時、ニューロン回路を自分にコピーするなりして、記憶を保存したとするならば、幽霊というものに成りうるのかな、なんて考えています」
「…なるほど、人間を物質的に完全コピーしてもただの肉の塊で、自我は目覚めないというんだね… 理論家のマスターらしい面白い考え方だと思う。つまり幽霊は非科学ではなく、未科学とでも言いたいのかな」
「そうです、未科学か… 旨い表現ですね。 だってまず、なぜ人だけに自我があるのか科学的にわかってないわけでしょう」
「つまりマスターは幽霊を理論的に完全否定するのではなく、もしあるとすればこういうものだろうと仮定しているわけだ…」
「そうなりますかね…」
鈴木さんは、どうやら納得したわけではないが、そういう考え方もあるのかと思ってくれたようだ。
まぁ、うちには淳ちゃんがいるから、幽霊を否定する事は、淳ちゃんを否定する事になるので、それはしたくないんだよ。




