野菜の豚バラ巻
最近では、聖ちゃんも淳ちゃんの声が少しずつ聞こえるようになってきたようだ。
二人がぎこちない会話をしているところにドアチャイムが鳴った。
「こんばんはマスター」
「鈴木さん、洋ちゃんいらっしゃい」
鈴木さんがいつもの席に腰を下ろし、洋ちゃんはその隣に座った。
洋ちゃんは、聖ちゃんに会釈し、聖ちゃんも洋ちゃんに会釈した。
その後、洋ちゃんは淳ちゃんと目を合わせて、手を振ろうとしたが、淳ちゃんが人差し指を口に当てた。『鈴木さんがいらっしゃる時は、私を無視して』の合図だ。
鈴木さんが黒板を見ずに、座ったという事は、食事は済ませて来たのだろう。
「マスター タリスカー10年と、ちょっとだけ腹に溜まるものと言うのは何かありますか」
「野菜の豚バラ巻なんてどうでしょう。 トマト、アスパラとかキノコ類…」
「それいいね」
「トマトとアスパラと分葱なら既に巻いたものがあります」
「3本は重いかな、じゃトマトとアスパラの2本で」
「承知いたしました」
「僕は3本お願いします」
すかさず、洋ちゃんものっかって来た…
「お飲み物は何にしましょう」
「鈴木さんと同じもので」
「飲み方はお二方ともトゥワイスアップで?」
「ええ」
鈴木さんが答えた
「僕はストレートで」
「承知しました」
お客様がウィスキーの銘柄と年代を直接言う時は、大抵ストレートかトゥワイスアップが多い。 俺はまずテイスティンググラスにタリスカーをお出しして、バックヤードで野菜巻の準備に掛かった。
野菜巻は、九州の方ではかなりポピューラーらしいが、最近この辺でも焼鳥屋さんなんかで見かけるようになった。種ケースに入れて見せるディスプレイをしてる店では、豚バラよりもベーコンの方が奇麗で見栄えするんだけど、俺はどっちかっていうと豚バラの方が旨いと思う。あと豚を巻いているにも拘らず、「肉巻き」とメニューに書いてある店もあるんだが、関西の方のは「肉」と言ったら「牛」というこだわりのある人もいるので、うちの店では「豚バラ巻」で統一している。
巻く時にガーリックを混ぜたり、たれを使っても旨いんだけど、今日は良い野菜が入ったので、単純に塩だけだ。
「野菜の豚バラ巻です」
鈴木さんのお皿には、2本。洋ちゃんのお皿には3本だ。右側を少し開けて盛り付けてあるのでそこにはお好みの調味料を入れてくれれば良い。
とりあえず、七味と一味とユズスコ、宮古の雪塩を用意した。
「ごゆっくり」
「ところで、村田君。 君はあちらのお嬢さんと知り合いかい?」
「知り合いってほどではないんですけど、一人でここに来た時に何度かお会いした程度です。たまに共通の話題で話が盛り上がった事もあります」
「ほう、共通の話題とは?」
すると、洋ちゃんはしまったという表情を浮かべて
「えっと、何だったかな、ちょっと忘れてしまいましたが…」
「ほんとか?」
「あ、いえ… 都市伝説系の話だったかなぁ…」
「都市伝説… また非科学的な事を…」
「はい、鈴木さんがこういう話をお嫌いなのを知っていたので、あまり話したくなかったんですが…」
「うむ。まぁ、非科学的な話に人生の時間を費やすのは時間の浪費だと思うがね…」
鈴木さんはいきなり俺に話を振った。
「マスターはどう思われますか?」
おいおい、いきなりかよ…
「そうですね、まぁ私も都市伝説は信じない方なんですが、ファンタジーと割り切るなら、それはそれで話の楽しみ方ではないでしょうかね…」
俺は更に続けた…
「私の趣味は考古学なんですが、最近…(厳密にはもっと前だけど)トルコの遺跡が注目されているんです。ギョべクリテペという遺跡なんですが…」
「あ、僕知ってます、宇宙人の神殿の話でしょ」
いきなり洋ちゃんが食いついてきた。 俺は洋ちゃんに『まぁ、ちょっと待て』という仕草をして…
「宇宙人はオイトイテ… 考古学的にもとても興味ある遺跡なんです。ファンタジーではなく、アカデミックな話で」
「考古学的にも今迄の定説をひっくり返されそうな部分がある貴重な遺跡なんですが、今洋ちゃんが言ったように、それを都市伝説派は何でも宇宙人の仕業にしてしまう… それはオイトイテ… まぁ何にしても注目を集めている遺跡なんです」
「ですが、トルコの辺鄙な場所なので、観光客はあまり行かない場所で、あえてそこに行こうと思わないと行けない場所なんです。 ですからそこの写真があまり存在しないんですよね。ところが、都市伝説が好きな人はあえてそんな辺鄙な場所まで行ってしまう人がいるんです。彼らが撮った写真や動画を見ることができるんで、けっこう助かるんです。勿論彼らの説明なんかは学術的には話になりませんが、彼らが撮った写真は貴重なんです」
「つまり、都市伝説も役に立つことがあると…」
「そう…ですね…」
「それで、学術的に考えて定説がひっくり返されそうな… というのはどういう話ですか?」
「まず遺跡がメチャメチャ古く、建造物が約紀元前1万年頃という事なんです。ピラミッドが建てられたのが、紀元前2千5百年頃と言われていますので、いかに古いかわかるでしょう」
「だから宇宙人が作ったんですよね」
又、洋ちゃんが口をはさんできた。
「村田君、君はすこし黙っていてくれないか」
鈴木さんがすかさず突っ込んでくれた。
助かった。俺も言いたかった事なんだけど、俺が言ったらちょっと角が立つからね。
「それで、文明の発達を考えると、最初に狩猟・採取・漁労から始まって、やがて農耕が始まると、定住村落ができていく。そこで食材がとれるようにと、太陽などに捧げものをするようになって、神様が生まれる。農耕が安定すると余剰食糧がとれるようになって、専門職が生まれるようになる。矢じりを作る専門家、土器を作る専門家、神様に祈る神官…」
「うむ…」
「ところが、ギョべクリテペ遺跡を発掘したドイツの考古学者のシュミット博士によると、農地や定住村落居住跡よりも神殿の方が古いんだそうです」
「どういう事かね?」
「つまり、最初に神様がいた。神様の為に神殿を作ろうとした… その神殿を作るために人々を集める必要があった。その人々を食べさせるために農耕が始まった…と言うんです」
「なるほど、教科書がひっくり返りそうな話ですね」
「まだ、仮説の段階なので、定説になるかどうかも分からないけど、面白い話ですよね」
「まずは異端仮説というわけですか」
「ところが、南米の遺跡でも同じような場所が幾つか見つかっているらしいんです」
「ほう…」
「考古学というのは地味な学問ですから、こんな遺跡がある。発掘してみたらこんなものが出てきた、じゃぁ当時の生活はこんな感じだったんだろう。他の遺跡からこんなものが出てきた、じゃあ当時の生活はこういう感じでもあったんだろう… こういうものも出てきた、やっぱり違うんじゃないか… という事が何年も、何年も繰り返され、何十年もかかって仮説が定説になっていくんです。この時間の長さに耐えれない人々が、安易に当時の人間にそんなものできるはずはない、じゃぁ宇宙人が作ったんだという事にしてしまえって、手っ取り早く結論付けようとする。仮説も何もあったもんじゃありません。しまいには、考古学者は知っていながら隠しているんだとか馬鹿な事を言い出す始末です」
更に俺は続けた…
「ファンタジーとして割り切るなら、話としては面白いんですよ。例えば、中米のマヤのウシュマルという遺跡に大きなピラミッドがあるんですけど、通称『魔女のピラミッド』と言われているんです。魔女が一夜にして作ったという伝説があるんですね。これだったら、民俗学的には面白いし、ファンタジーとして楽しむ事ができます」
そこで鈴木さんが口を開いた。
「宇宙人が遺跡を作ったと唱える人たちは、魔女が作ったと唱えるのとまったく同じくで、論理が破城しているのに、宇宙人だと科学的、魔女だと御伽噺っていうのが笑えるね」
鈴木さんも俺と同じ考えだ。
洋ちゃんは黙ってしまった。
「洋ちゃん、私が一番気にしているのは、宇宙人説を唱える人たちは自分の祖先に実に失礼だという事なんだ」
「え?」
「遺跡を作った人たちは、私たちの祖先のホモサピエンスなんだ。君の脳と彼らの脳は同じ大きさなんだよ。彼らがこんなものを作れるわけがないと思うのは、凄い失礼なんじゃないかな」
「…」
「洋ちゃんはコスタリカの石球って知ってるかい?」
俺は黙っている洋ちゃんに声をかけた。
「知ってます。 コスタリカに真球に近い石でできたものが幾つも地中に埋まっていたものでしょう?」
「そうそう」
「当時では、そんな正確に真球を作れる技術が無かったはずだから、場違いな工芸品の一つといわれているんですよね」
「そう、彼らに技術が無かったと決めつけるからオーパーツ扱いなんだけど、考古学には実験考古学という分野があって、当時使える道具だけを使って当時の工芸品を現在で再現するという事もやってるんだ。
それで、日本の石工さんに直角定規と鏨とハンマーだけで石の真球を作ってもらったら、二日でできちゃったんだ。しかもコスタリカの石球よりも真球に近いものが。
直角は、当時既に3:4:5の三角形の事は知られていたし、鏨は当時ヒスイを使っただろうし、ハンマーは普通の石で叩けば良いから、当時の道具だけで十分石球は作れちゃう事が証明されている。つまりオーパーツでもなんでもないんだよ」
「ええっ? そうなんですか?」
「だから、『彼らに作れるわけはない』という失礼な、というか身勝手な解釈が宇宙人を呼び、オーパーツをつくってしまうんだよ」
「う~ん。そうですよね…」
「あとね、無理やりオーパーツにされちゃったものもあるんだ」
「え?」
「エジプトのグライダー模型は知っている?」
「はい、博物館に展示されているんですよね」
「そう、でも後ろからの写真しか見た事ないだろう?」
「そういえば、オーパーツとして紹介される時の写真はいつも同じもので、後ろからの写真です」
「あれは、前から見ると、目と嘴が描かれているんだ」
「ええっ?」
「そう、その写真を撮影した人は、鳥だという事を知っていたはずだ」
「どうしてそんな事するんですか?」
「オーパーツを紹介した本を売りたかったんだろうな、きっと」
「酷い…」
鈴木さんが口を開いた。
「村田君。分かったかね、世の中に非科学的な物なんてないんだよ」
おれは、ちょっと考えてから口を挟んだ。
「以前は全く信じなかったんですが、最近、ちょっと幽霊っているのかもしれないと思うようになったんですよ」
「え?」
鈴木さんが驚いて俺を見た…




