第97話 ほしかった繋がり
……アーサルト王国との戦争が終わったのは、傭兵たちがデーモンアイの討伐へ向かった日からおよそ4年ほど経ったころだった。サタマイア王国の軍隊と傭兵団ガーディアンがアーサルト王国の王都を陥落させ、アーサルト国王の敗北宣言を受けて戦争は終結。長い戦争はサタマイア王国の勝利に終わった。
戦争が終わると、エミーリアは父である国王の命で結婚をすることになる。相手は祖父の弟の息子であるデルマット様だ。年齢はエミーリアより20ほど上で、位は大公を頂いている。
戦争で疲弊した王国内に明るい話題をと、そんな狙いで王女エミーリアの結婚を国王は提案したそうだ。
嫌ではない。覚悟はしていたことだ。
……しかしほぼ同じころ、ヘイカー様とキーラキルの結婚も知らされた。
「おめでとうございます」
傭兵団ガーディアンの拠点に赴いたエミーリアは2人にそう告げる。心にも無い言葉を。
「ありがとうエミー」
そう笑顔で言うヘイカーの言葉が心に痛い。
自分は笑えているだろうか? 悲しげな目をヘイカー様に向けてはないか? 恨みがましい目をキーラキルに向けてはしないか? 不安だった。
「お姫様からじきじきに祝いの言葉を頂けるなんて豪華だな」
冷たい表情をわずかに微笑ませたキーラキルに、エミーリアはたぶん笑顔を返していた。
「わたくしも結婚をすることになりまして……」
「そっか。えっと……」
ヘイカー様は気まずそうに目を逸らす。
知っているのだ。これが愛のある結婚ではないと。その上で祝いの言葉を返すべきか迷っている様子であった。
「いいんですよヘイカー様」
「えっ?」
「わたくしは王家に生まれた女です。自由に恋愛や結婚をできないことはわかっておりましたから」
「……うん。けど、うん……俺が口を出せることじゃないけど、やっぱり納得いかないよ」
悲しそうな表情でヘイカー様は言うが、
「でしたらキーラキルさんとの結婚をやめてわたくしと逃げてくださいますか?」
「い、いやそれは……」
そんなことできはしない。わかっている。しかしこの言葉はエミーリアの本心であった。
「冗談ですよ。本気になさらないでください」
クスリと微笑んで見せる。本心を悟られないために……。
「結婚はお父様……国王様がお決めになったのですが、相手は選ばせていただいたので」
「そ、そうなんだ。じゃあおめでとう……でいいのかな?」
「ええ、ヘイカー様にそう言っていただけるのは嬉しいです」
嘘だ。本当はこのまま強引に連れ去ってほしいと思っている。キーラキルがいなければ……キーラキルがヘイカー様をたぶらかしたりしなければそれはありえたかもしれないのに……。
この女がいなければ。
表情には一切出さず、そんな思いのままエミーリアはキーラキルの前に立っていた。
……
結婚相手を選ばせてもらったというのは事実だ。
祖父の弟の息子であるデルマット大公。20歳も上の彼を選んだのには理由があった。
「いらっしゃいませヘイカー様」
自分の屋敷へと招いたヘイカーを私室で迎える。
キーラキルはいない。ヘイカーひとりだ。
「やあエミー。俺に用があるって使いの人に聞いたんだけど……。あとひとりで来てほしいって」
「はい。実は相談がありまして……。あ、どうぞお座りください」
部屋へと招き入れて自分の対面にあるイスに座ってもらう。
「それで相談って?」
「はい。わたくしの結婚相手のデルマット大公様のことでちょっと……」
「デルマット大公様のことで?」
「ええ」
ヘイカー様は不思議そうな顔をする。
「俺に相談して役に立てることなのかな? 大公様のことだったら、君のお父さんの国王様か、お兄さんの王子様に相談したほうがいいと思うけど?」
「いえ、国王の父や王子の兄に結婚のことで相談をすれば、デルマット様にご迷惑がかかるかもしれませんので」
「あ、そっか。うん。それはまずいね」
納得して頷くヘイカー様を前にして、エミーリアの心はホッと落ち着く。
これからエミーリアは大きな嘘を吐く。絶対に疑われてはいけない、知られてはいけない大きくてひどい嘘を……。
……
エミーリアの結婚相手であるデルマット大公は38歳になるが、今まで一度も女性と交際したことは無く、結婚の話も頑なに断ってきたという。大公という高い身分にありながら結婚もせず子もいないというのは珍しく、なにか特殊な事情でもあるのではと周囲に噂されていた。
今回、その彼がエミーリアとの結婚を承諾したのは国王の命令というのもあったが、それ以前に彼女とある話をしていたからでもあった。
「こ、これはエミーリア様、わざわざおいでいただくとは……」
事前に訪問を告げていたためか、デルマットは屋敷の玄関に跪いてエミーリアを出迎える。
「おひさしぶりですねデルマット様。そのように畏まらなくてもよいのですよ。あなたは大公という高い身分なのですから」
「いえしかし……はい」
高い身分にありながら気の弱い男だ。しかしそのほうが都合は良い。
部屋に案内されたエミーリアは、イスに腰を下ろすとまずは人払いを求めた。
執事も召使いも出て行った部屋にデルマットと2人だけになると、用件を済ますためエミーリアは口を開く。
「わたくしが国王陛下から結婚をするよう申しつけられていることはご存じですね?」
「ええまあ。その件で私にどのようなお話が?」
「はい。デルマット様、わたくしと結婚をなさってください」
率直に用件を伝えると、驚いたのかデルマットは目を見開く。
「えっ? わ、私がエミーリア様と? なにかのご冗談ですか?」
「わたくしが冗談を言うために、わざわざここへ訪れたとでも?」
「い、いえ……」
デルマットは明らかに困ったような表情を見せる。
「あの……エミーリア様との結婚は大変、喜ばしいことなのですが……」
「わかっております。嬉しいなどと嘘を吐かなくても結構ですよ」
「そんな嘘だなんてことは……」
「デルマット様、あなたは女性に興味がありませんね」
「えっ? い、いやあのその……そ、そんなことは……」
「隠す必要はありません」
彼がこの歳まで結婚をしない理由は女性に興味が無い男色家だから。噂はあったが、それが確信に至ったのはエミーリアが彼について調べさせたからであった。
「調べはついています。あなたが男色家であることは。そしてその噂が真実だと知られれば位の剥奪もあり得る。そうですね?」
「……エミーリア様は私になにを求めておられるのですか?」
「先ほども申しました通り、あなたとの結婚です」
「しかしご存じの通り、私は女性を愛せない。それを知っておられながらどうして私と結婚など」
「女性を愛せないあなただから良いのです」
そう、女を愛せない男だから良い。女としてのエミーリアに興味が無いからこそ、デルマットは目的に都合が良いのだ。
「わたくしと結婚をすればあなたが男色という噂は根も葉もないものだと理解されるでしょう。位の剥奪も無くなります」
「それはまあ……。私は良いですが、エミーリア様が私との結婚を希望される理由がわかりません。女性を愛せない男と結婚などをして、あなたに利点があるのですか?」
「ええ」
もちろんデルマットを位剥奪から救うためなどではない。自分のためである。
「わたくしには愛する男性がおります。しかし身分の違いから、その方とは結婚ができません。ですがわたくしはその方と繋がりだけでもほしいのです」
「繋がり……ですか? そのことと私との結婚に関係が?」
「はい。わたくしはその方と子を成します。あなたはその子を自分の子として育ててください。子がいれば男色の噂は完全に無くなるでしょう」
「は、はあ……」
「断りますか?」
「……いえ」
デルマットは真剣な表情をエミーリアに向ける。
「結婚をする気も、子を成す気もなかった私に不都合はありません。エミーリア様のご意向のままに従いましょう」
「ありがとうございます。デルマット様」
これでいい。あとはヘイカー様と子を成せば大きな繋がりを持てる。しかしあの人がキーラキルを裏切って他の女性と子を作るはずはない。頼んでも断られるのは明白だが、方法はある。騙すことになるが、そうしてでもエミーリアはヘイカーとの大きな繋がりがほしかった。
……
「俺で役に立てることならなんでも相談していいよ、エミー」
「ありがとうございます、ヘイカー様。あ、まずはお茶をどうぞ。冷めないうちに」」
執事の持ってきた茶を薦める。
「あ、うん。ありがとう」
カップを持ち上げてヘイカーが茶を飲む。と……
「あ、あれ……なんか頭がぼーっとして……」
顔を赤くしてふらりと飲みかけのカップを置く。
「大丈夫ですか?」
「う、うん、なんか急にくらっときちゃって」
「まあそれはいけませんね。少しわたくしのベッドで休まれてはいかがでしょうか?」
「いやでも……」
「構いませんよ。時間はたっぷりありますから」
ヘイカーの手を取ってベッドへと連れて行く。ベッドへ横になってもらい、エミーリアは彼の頬をそっと撫でる。
「ヘイカー様は以前、お酒を少しでも飲まれると酔いが覚めるまでの記憶を失うと言いましたね。それは本当ですか?」
「えっ? うん……本当だよ。でもどうして今そんなこと……」
「執事にそれを伝えていなかったので、もしかすればお酒の入ったお茶を出してしまったのかも」
「そ、そうなの? そういうお茶もあるんだ……」
「はい」
そういうお茶があるのは事実だ。しかし執事に命じてそれを出させたのはエミーリアであった。
「う、うーん……頭が朦朧としてきた」
ヘイカーの目は焦点があっておらず、意識の混濁は明らかだ。
「エ、エミー……そこにいるの? なんかよくわからなくて……」
「……」
エミーリアはなにも答えない。その代わりにドレスを脱いでいく。
やがて生まれたままの姿となったエミーリアは、
「ヘイカー……」
「あ、エミー?」
「いや……」
唾をゴクリと飲み込む。
今からエミーリアは別人となる。
ヘイカーの愛するあの女に……。
「私はキーラキルだ。ヘイカー」
「キ、キキ? あれ? どうしてここに……」
「なにも言うな」
ベッドへと上がったエミーリアは彼の服を脱がしていく。
「キ、キキ……」
「黙って私を抱け。もしかして嫌なのか?」
「そ、そんなことは……ないよ」
裸となったヘイカーの腕がエミーリアの身体を抱く。
愛する彼のたくましい肉体。その腕に抱かれ、エミーリアは至福の心地であった。……例え自分と認識されていなくても。
「ヘイカー……愛している」
「俺もだよ……キキ」
「……」
酩酊して意識のはっきりしない彼の首に唇を寄せる。
心は痛む。しかしこれでヘイカーとの繋がりを作れるのは幸せだ。
切れることの無い大きな繋がり。一生大切にできる彼との絆。それを得られる喜びを想像しつつ、エミーリアは彼の大切な部分を身体に受け入れるのだった。
……それからも何度かヘイカーに酒を飲ませ、何度も身体を重ねる。間違いなく子を頂けるよう、念入りに何度もエミーリアは彼を求めた。
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