第96話 動き出す第2の魔人
……カルラカンラは閉じていた目を開く。
「失敗か」
どうやらあの下等生物の女はマオルドに能力を使わせるには至らなかったようだ。
まあいい。所詮は下等生物だ。成功などそもそも期待していない。
「ふむ」
右手を胸の前へ掲げる。
しかし魔人の能力は発動しない。
「まあ……ダメならいい」
と、カルラカンラはイスから立ち上がる。
「代わりはもう見つけてある。ふふ、もっと良い代わりを」
あの下等生物が失敗したなら、ここで待っている必要はもう無い。自らで動けばあの小賢しい妹に目的を勘づかれてマオルドの能力を探るのが面倒になる可能性があるが、こうなっては自分で動いて調べるしかないだろう。
「まずは代わりを……いや、その前にあれを回収しなければな」
屋敷から外へ出たカルラカンラは指を鳴らす。と、遠くから極彩色の巨大な鳥の魔物が現れ、大きな翼を羽ばたかせて地面へと降り立つ。それの背に乗ったカルラカンラは、王都サルマへ向けて鳥を羽ばたかせた。
……
――サルマの王城。ベルミゲイロの私室では部屋の主がご機嫌で果物をかじっていた。
「イルーラが死んだっ!」
そして叫ぶ。
誰かに聞かれるかもとは考えないほど、この醜い姫は喜びに満ちていた。
「これで私が女王になれるぅーっ! 今まで私を侮ってきたカス共に苦渋を飲ませて笑ってやるからなぁ! ぐひゃはははははっ!」
皿に盛られた果物をどんどんと大きな口に放り込む。
傭兵のミルバーシュからイルーラの首を見せられてからずっと上機嫌だ。機嫌が良くなると腹が減るベルミゲイロは、昼から夕方まで肉や果物などを食べ続けていた。
「……あー食った食ったぁ。少し寝るかぁ」
食いかけのリンゴを放り捨てたベルミゲイロはベッドへゴロンと倒れ込む。
すぐに眠気がやってきたころ……。
「やあ、ご機嫌じゃないか」
「んあ?」
閉じていたベルミゲイロの目が開き、窓のほうを見る。
「あんたか」
窓を開いて部屋へ入って来たカルラカンラは嘲るように微笑む。
「上機嫌だよ。今日は生まれて一番に機嫌が良い。最高の気分だよ」
身体を起こさずベルミゲイロは言う。
「そうか。ふふ、私の言う通りにして正解だったろう?」
「ああ、あんたのおかげでイルーラを葬れた。最初にここへ現れたときは礼儀のなっていないクソ女だって、極刑にしてやろうかと思ったけどね」
「しなくてよかったな」
カルラカンラは側のイスへと座る。
「あの黒鎧の下等生物は都合良く動いてくれた。最後は下手を打ったけどね」
「そうなのか? あいつを雇えばイルーラを葬ってくれるってあんたは私に言って、実際に奴は葬って来たじゃないか? なんの下手があるって言うんだ?」
「あれがイルーラを葬るとは言っていない。イルーラは私が葬って、あれに首を持たせてここへ来させた」
「あんた自身がイルーラを? じゃあなんでミルバーシュを雇わせたんだい?」
「できるだけ強い奴なら、都合が良かっただけだよ」
「あんたがやるのにあいつが強い必要あるのか?」
「……質問は終わりだ」
これ以上、この下等生物と話すことはない。
そして存在ももはや必要なかった。
「お前との約束はイルーラという妹を殺すことだ。それは果たした。返してもらうよ」
「返す? なにを……?」
「お前の魂に埋め込んだ私の精神の欠片さ」
伸ばした手の先で人差し指を内側へ引く。と、ベルミゲイロの額から淡く赤い小さな光が現れ、カルラカンラの人差し指にはめられた指輪の宝石となって収まった。
……難儀な能力だ。上等には存在しない感情ゆえ、使用には下等を利用しなければならない。この指輪ははまっている宝石を光に変えて相手の魂に埋め込むことで感情を利用できるものだ。しかし他人の感情で能力を利用するには条件がある。これがまた難儀なのだ。
「なんだそれは?」
「便利な玩具だよ。それよりも……」
胸の前で軽く右腕を振る。
「あ、ごべっ……」
瞬間、ベルミゲイロの首から上が消し飛び、ベッドが血に塗れた。
「ふん、死に様すら醜いね。怠惰と暴食を肉体に許す肥満体の下等生物め」
目にするだけで吐き気を催していたが、利用する必要があったから生かしておいた。今ようやく始末できてカルラカンラは爽快な心地だ。
「しかし所詮は無能神ロクナーゼの作った下等な生き物だ。醜いほうが当然か」
嘲りとともに窓から外へ出たカルラカンラは、自らの脚で空へと跳ね跳び、目的の場所まで向かった。
……
……ルナリオたちが屋敷を出発をしてから数刻。エミーリアは私室のテラスへと戻ってぼんやりと空を眺めていた。
セルバートと召使いはいない。ひとりになりたかったのだ。
「ヘイカー様……」
ひとりだったあの人はもういない。愛する人を得てしまった。
「私だけまたひとり……」
つらい、苦しい、悲しい、寂しい。そしてなによりも……妬ましい。
今自分がこうしてひとりでいるときにも、どこの誰かもわからない女と彼は過ごしているのだろう。それが妬ましくてたまらない。なにもできず妬ましく思うだけの自分が哀れで愚かで悔しくて……。
涙が頬を伝う。
つらくてたまらない。心が潰れてしまいそうだ。
なぜ自分がこんな想いをしなければならないのか? 高い身分を持ち、豪華な屋敷に住み、ほしいものはほとんど手に入る不自由の無い立場である自分がなぜ?
疑問ではない。わかっている。その立場があるからこそ、自分はあの人のもとへ行くことができないのだ。こんな立場がなければ、こんな国さえなければきっとこのつらさも……。
エミーリアは首を横へ振る。
こんなことを考えてはいけない。そうわかってはいても、暗い思いが心から消えることは無く、いつまでも自分を蝕んでいた。
以前にもこんな暗い思いを抱いたことがある。
あれはまだ自分が20才にも満たないころだったか。あのときもつらく、彼女がこの世界から消えてなくなってほしいと願っていた。
「ヘイカー様、どうしてあなたはわたくしをこんなにも苦しめるのですか?」
苦しい胸に両手を置き、エミーリアは深いため息を吐く……。
「――お前を苦しめているのはその男ではないだろう?」
「えっ?」
誰かの声。女の声が空の上から聞こえたような気がする。
「あれは……」
見上げた空から人が……。
テラスに降り立ったその女が、イスに座るエミーリアを微笑み見下ろす。
「あ、あなたはどなたですかっ? どうやってここへ……」」
「昔と同じ反応だな。下等生物の女よ」
「昔……?」
「忘れたか? かつてお前の望みを叶えた女を。お前にとって疎ましい女をこの世界から排除し、お前の愛する男から遠ざけた偉大な女のことを」
「あなた……まさか」
頭の奥底に追いやった記憶の断片が蘇ってくる。
あれはそう、今から16年ほど前。丁度、マオルドさん……そしてルナリオが生まれた頃だった……。
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