第93話 魔法使いミャーム登場
だがすぐに頬を緩ませ、微笑んだ。
「気付いておりましたか」
「昨日の連中を懲らしめたとき、店前の通りに人の姿がなかったのが気になっての。それにいくら変装しているとはいえ、立場のある者が護衛も連れずに屋敷を抜け出すなどそう簡単にできることではないじゃろう。恐らく、側に魔法使いがおるな」
「ま、魔法使いっ?」
って、魔物の血を飲んでその力を使えるようになった、ナレドの人間だっけ。ルナリオ様の側に誰かいるかもとはナナちゃんから聞いてたけど、それがなぜ魔法使いと思ったんだろう?
「一定の範囲を外の人間から避けさせる魔法。かけられた人間を周囲から無関心にする魔法。この2つを使える魔法使いじゃな」
「その通りです。さすがですね」
そう言ってルナリオ様はどこか遠くへ向かって手招きする。と、
「うわっ!?」
いつの間にかルナリオ様の背後に誰かが膝立ちで屈んでいた。
年齢は……ナナちゃんよりいくつか上くらいかな。
赤く分厚いローブを纏っている青髪の小柄な女の子だった。
「彼女の名前はミャーム。私の役に立ってくれている魔法使いの女性です。ミャーム、あいさつをなさい」
「はい、ルナリオ様
ミャームは静かな動作で立ち上がる。
「ミャームだ。よろしくな庶民ども」
「あ、うん。俺はマオルド。よろしくね」
ちょっと言葉遣いが乱暴な子だな。
彼女に対する第一印象はそれだった。
「おい、そこの乳デカ、ミャームにあいさつは無いのか?」
「えっ? 私ですかぁ?」
「ここにお前以外の乳デカはおらんじゃろ」
「あ、はーい。私はシャオナでーす。よろしくねミャームちゃん」
「ナウルナーラじゃ。皆はナナと呼ぶ。よろしくの」
スカートを摘まんで丁寧にあいさつの礼をするナナちゃん。
相変わらずあいさつが丁寧な子だ。
「なんだお前? 子供のくせにかしこまったあいさつしやがって。子供なら子供らしく『綺麗なお姉ちゃんよろしくねー』とか言っておけばいいのだ。クソガキがー」
「にーに、こいつぶん殴ってもいいかの?」
「い、いやダメだよ。仲良くしなきゃ」
「こんな口の利き方も知らん失礼な悪タレと仲良くなどできん」
口の利き方を知らない失礼なところに関しては君もだろうと……。
「誰が失礼な悪タレだー! お前、何歳だー!」
「8歳じゃが」
「ミャームは11歳だ! お前より年上だぞー! お前のほうが失礼だー!」
「歳だけは上のようじゃな。歳だけは」
「ど、どういう意味だコラ!」
「知能は下という意味じゃ。説明してやらねばわからんのか、馬鹿め」
「誰が馬鹿だーっ!」
「お前に決まっとるじゃろ」
「ムキーっ! こ、このーっ!」
振り上がったミャームの拳をルナリオ様が掴む。
「やめなさいミャーム」
「ル、ルナリオしゃま、でもー……」
目尻に涙を浮かべてルナリオ様を見上げるミャーム。
この子はナナちゃんと逆で、中身は年齢より幼い気がする。
「喧嘩はダメですよ」
「うう……あい」
「まったく、都合が悪くなると泣いたり手を出すところなど子供のすることじゃ」
「言い過ぎだよナナちゃん。泣いちゃったんだしもういいでしょ」
「そうじゃの。ナナは大人じゃから、この辺で許してやるとするかの」
ナナちゃんは肩を竦めてため息を吐く。
「……言い過ぎた。すまんの。お前の言動を見聞きしていたら愚妹を思い出してつい雑言が吐き出ててしまった。ナナが悪かった」
ペコリとナナちゃんは頭を下げる。
こういうところはやっぱり大人で立派だなと思う。
でもグマイって……ああ、妹のことか。
そういえば兄弟姉妹がいるって言ってたっけ。妹はミャームみたいな感じなのかな。
「うう……わかった。許してやるのだクソガキ」
「うむ。しかし口は災いのもとじゃ。あまり悪い言葉は使わんほうがよいぞ」
「むー……生意気だ。年下のくせに」
ミャームはまだ少し不満そうだが、ともかく仲直りはしたようだ。
「お前はどんな魔法が使えるんじゃ?」
「えっ? あ……」
ミャームが見上げると、ルナリオ様はやさしく微笑む。
「構いませんよ。教えてあげなさい」
「あ、はい。えっとな、ミャームの家は代々、暗殺特化の魔法を継承してきたんだ。暗殺特化の魔法はいっぱいあるんだけどな、ミャームが使えるのは2つだけ」
「一定の範囲を外の人間から避けさせる魔法と、かけられた人間を周囲から無関心にする魔法か?」
「む、そうだ。くわしいなクソガキ」
「魔法を使える親しい人間がいての」
もちろんそれはファニーさんのことだろう。
「ふむ。暗殺特化の力を持つ魔物の血は才能が無ければ飲んでも魔法は使えぬと聞いた。お前はなかなか才に恵まれているようじゃな」
「えへへー。わかるかー? まあその通りだけどなー」
顔を蕩けさせてミャームが喜びを表す。
この子は子供らしくていろいろわかりやすい。
「ミャームは才能の塊だけどな。ナレドのお姫様はもっとすごかったらしいぞ。7歳でたくさんの魔法を使えて、国に攻めてきた魔物をひとりでいっぱい倒したんだっておじいちゃんが言ってた」
「それはすごういのう。ふむ。長話が過ぎたの。そろそろ出発せんと暗くなってしまうな」
「あ、うん。そうだね。よいしょ」
俺は抱き上げたナナちゃんを馬車の中へと乗せる。
「さ、ミャームちゃんも」
「ミャームは自分で乗れるのだ! もう11歳だからな!」
「あ、うん。ごめんね」
階段をとばして馬車に跳び乗ったミャームに続いて、俺も馬車に乗り込む。
「では母上、行って参ります」
「ええ、必ず無事に戻って来るのですよ、ルナリオ」
「もちろんです。皆と共に無事戻って来ます」
最後にルナリオ様が乗り、馬車は出発をする。
今から行ったら目的地に着くころには暗くなってるかな。
揺れる馬車の中で俺はそんなことを考える。
「あのーちょっとだけ家に寄ってもいいっすか? 剣を取って来たいので」
御者台からハシュバントさんが言う。
「あ、はい。いいですよね? ルナリオさん?」
「ええ、どうぞハシュバントさん」
「ありがとうございます」
……どのくらい留守にするかわからないし、一度、戻るなら馬のエサを用意しておくか。
けどあんまり家を長く開けると帰って来たミルバーシュさんが心配するかな? 留守のあいだに帰って来るかわからないけど、書置きでも残しておくようにハシュバントさんへ言ったほうがいいかも。
……
しばらくしてハシュバントさんの家に戻って来る。
「じゃあちょっと行って来ます。すぐ戻って来ますから」
「はい。あ、ハシュバントさん、念のためミルバーシュさんに書置きかなにかを残しておいたほうがいいかもしれませんよ。もしかすれば何日か帰れない可能性もありますし」
「あ、そうっすね。まあ帰って来るかはわからないっすけど、心配させたら悪いんで書置きを残して行ったほうがいいっすね」
と、駆け足でハシュバントさんは店頭を抜けて家に入って行く。
「じゃあ俺は待ってるあいだに馬へエサをあげて来るよ」
「ナナも行くのじゃ」
立ち上がった俺の手をナナちゃんが掴む。
「うん。じゃあ一緒に行こうか。すいませんルナリオさん。ちょっと行って来ます」
「あ、私も行きますよ。ここで待っているだけも暇ですし」
「ルナリオ様が行くならミャームも行くぞ!」
馬にエサをあげるだけだから全員で行く必要も無いんだけど、まあ拒む理由も無い。
「すぴー」
「こいつまた寝ておる。どんだけ寝るんじゃ」
「ははは、まあ寝るのが好きなんだよ」
寝ているシャオナはそのままにして、4人で馬車を降りて馬のもとへ行く。
「これがマオルドさんの馬ですか。立派な体躯の良い馬ですね」
「そうですか? まあ俺の馬って言うか、うちで飼ってる馬ですけどね」
大量の草が入った桶を足元に置いてやると、馬は顔を突っ込んで食べ始める。
「名前はなんと言うのですか?」
「名前ですか? 名前って言うか、なんとなくベロって呼んでます。人の顔を舐めるのが好きな子なんで」
俺の言葉を証明でもするように、ベロは桶から顔を上げて俺の顔を舐めた。
「ベロですか。ふむ……」
ルナリオ様はベロの馬体をじっくりと眺める。
「偶然かもしれませんが、私の愛馬に似ていますね」
「そうなんですか?」
「ええ。私の馬はかつてセルバートが乗っていた馬の孫なんです。もしかすればこの馬もその馬の血を引いているのかもしれませんね」
「あー」
そういえばさっきの話で母さんがセルバートさんから馬をもらってたっけ。じゃあベロはそのときの馬の孫かひ孫くらいに当たるのかも。
「ちなみにルナリオさんの愛馬はなんというお名前なんですか?」
「グランデュールです」
「グ、グランデュールですか」
血筋は同じでもベロとグランデュールでは馬の価値が天と地ほどありそうである。
「ルナリオさんはエミーリア様と俺の父がどういう関係かご存じなのですか?」
「はい。母からすべて聞いております。まさか話に聞いていたヘイカーさんの息子さんがあなただったとは驚きましたけど」
「俺もエミーリア様と父が古い知り合いだなんて驚きましたよ」
親父はそんな話を一言もしてくれたことはなかったから。
まあ話されても冗談と思ってしまいそうだけど。
「あの……」
ルナリオ様が俺の耳に口を寄せる。
「少し気になったのですが、ナナさんはキーラキルさんのお子さんではない、ですよね?」
「ああ、それは……」
親父が再婚したことなどを話す。もちろんナナちゃんが魔王の娘とかファニーさんが魔王の元妻とか、そういうややこしいところは避けて。
……話し終えたころ、丁度、ハシュバントさんが店の奥から姿を現す。
「やあ、お待たせしました。出発しましょう」
「あ、ハシュバントさん、その剣って傭兵時代に使っていたものでしょう? 錆びてたりとかはしてませんか?」
腰に下がっている古びた鞘を目にして唐突にそんな心配が湧く。
「平気っすよ。もしものときのために剣の手入れは欠かさなかったっすから」
抜いた見せてくれた剣は、まるで新品のように輝いていた。
「あははっ、いらない心配でしたね。すいません」
「いいえ、もっともな心配っすよ。ありがとうございますマオルドさん」
剣を鞘に戻してハシュバントさんは御者台へ近付く。……と、
「父さん」
「えっ? あっ」
黒い鎧の女性が颯爽と現れた。
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