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第92話 やっぱりルナリオ様は良い人

「……わたくしがお話できるのはここまででしょうか」


 話が止まり、エミーリア様は一息つく。


「あ、ありがとうございますっ」


 まず話を聞かせてくれたことに礼を言う。


 親父と母さんが盗賊を退治してエミーリア様を救出した話。

 傭兵団ガーディアンができた理由など、俺にとっては実に貴重な話だった。


「親父も母さんも、本当にすごい傭兵だったんだな……」


 親父が弓術に長けているなんて初めて知った。今は狩りすら嫌がるのに……。

 母さんは魔人だからか、やはり強い。圧倒的に。


 ……そんな2人の子供なのに、俺は弱い。

 能力が無ければ本当に普通だ。そこらへんの若い男と変わらない。


 戦いを生業にして生きていくつもりはないけど、強い2人の息子なのにこんな凡庸なままでいいのかな、俺。魔人の母さんほどは無理でも、せめて人間の親父くらいは……。


「にーに」

「えっ? あ……」


 ナナちゃんの小さく柔らかい手が俺の中指を握る。


「にーにはにーにじゃ。なにも無理をする必要は無い」

「う、うん」


 俺は俺。そうだ。親父や母さんがなんであっても、俺は俺らしく生きていけばいい。

 ……けど、やっぱりもう少しくらいは強くなりたいかな。親父みたいに身近な女の子をだけでもしっかりと守れるくいには。


「あの、エミーリア様」

「はい?」

「エミーリア様はその……もしかしたら父のことを……」


 好きだったのでは?

 そう聞こうとしたが、王族のお姫様が庶民に恋心を抱いていたかなんて問いは失礼かなと寸前で思い、言い淀む。


「好意があったのではと?」

「あ、いえその……聞かせていただいたお話の雰囲気からしてもしや……なんて」


 エミーリア様は「ふふっ」と柔らかく笑う。


「初恋でした」

「えっ?」

「盗賊から救ってくれた逞しいあのお方……。ヘイカー様が私の初恋の人だったんです」

「そ、そうだったんですか」


 一国のお姫様が庶民の男に恋を。

 まるで夢物語のような話である。


「ええ。けど今はもちろんそういう気持ちはありませんよ」

「……そう、ですよね」


 はたして本当にそうなのだろうか?

 親父の名を呟いて涙を流していたエミーリア様を思い出し、俺の思いは複雑に絡んだ。


「日が下がり始めましたね。そろそろルナリオも帰ってくるでしょう」


 エミーリア様がそう言ってからしばらくして……。


「ルナリオ様がお戻りになられました」


 召使いの女性に続いて、うしろからルナリオ様が部屋に入ってくる。


「ただいま帰りました母上」


 丁寧に帰宅のあいさつをしたルナリオ様に、エミーリア様が微笑む。


「おかえりなさいルナリオ。あなたにお客様がいらしてますよ」

「はい。聞いております」


 ルナリオ様の視線が俺へ向く。


「昨日ぶりですね。マオルドさん、ナナさん、シャオナさん……はお休み中のようですね」

「ははは……すいません。ほらシャオナ、起きて」

「……ふぇ? ふぁい。起きまふ、むにゃむにゃ」


 シャオナを起こした俺はソファーから立ち上がり、頭を下げる。


「本日はお約束もせずに訪ねてしまい申し訳ありません、ルナリオ様」

「そんな堅苦しい。頭を上げてくださいマオルドさん。友人じゃないですか。いつでも訪ねて来てくださってよろしいのですよ」


 ルナリオ様は俺の手を握って頭を上げるよう促す。


「ルナリオ様……ありがとうございます」

「様などいりません。身分など気にせず、もっと親しみを持って話しましょう」

「え、えっと……じゃあ、ルナリオ……さん」

「さんもいりませんよ」

「そ、それはさすがに……慣れが必要なので時間をください」

「ふふふ、わかりました」


 裏表の無い素直な笑顔を向けられ、俺も笑みを返す。


 本当に良い人だ。身分の違いも気にせず、庶民の俺を対等に扱ってくれる。こんなに素敵で良い人でその上に強い人だからこそ、つい頼ってしまうのだが。


「男がペコペコ頭を下げるでない。みっともないのじゃ」

「い、いやでもナナちゃん……」

「そうですよ。少なくとも私に頭を下げる必要はありませんよ」

「あ、はい。ありがとうございます」


 と、俺は頭を下げた。


「はははっ、まあ座ってくださいマオルドさん。じっくりとご用をお聞きしましょう」

「は、はい」


 エミーリア様の隣に座るルナリオ様。

 その対面に座った俺は、ここへ来た用件を話し始めた。


「……なるほど。そういう事情ですか」


 頷いたルナリオ様は難しい顔をする。


「わかりました。私が行ってイルーラ姫を説得しましょう」

「あ、ありがとうございますっ」


 俺は深く頭を下げる。


「ほら、君のことなんだからシャオナもお礼言って」

「あ、はい。ありがとうございますっ」

「いえ、王族の事情に巻き込んでしまって申し訳ありません。お礼を言っていただくどころか、こちらが謝罪をしなければいけないことです。イルーラ姫に代わって私が頭を下げます」


 シャオナに向かってルナリオ様が深々と頭を下げた。


「そ、そんな、ルナリオ様に頭をお下げしてもらうことじゃないですよぉ><」

「そうですよっ。頭を上げてくださいっ」

「おやさしいのですね」


 ややあって頭を上げたルナリオ様は困ったように笑っていた。


「確かに私が頭を下げても意味はありません。イルーラ姫にはしっかりと謝罪をしてもらいますし、なにか形のあるお詫びもさせましょう」

「あ、じゃあお金とかもらえたら嬉しいかもですっ」

「シャオナ、お願いしに来たのにお金を要求するのはちょっとずうずうしいよ」

「だって私、すごくひどい目に遭ってるんですよっ。イルーラ姫から慰謝料をもらったって悪くはありませんよっ」

「いや、まあそうかもだけど……」


 この場で金銭の要求をできるなんて、気弱なようでなかなか肝が座っているなこの子。まあ遭った被害を考えれば当然だろうけど。


「被害者のシャオナさんが慰謝料を要求するならば、お支払いするのは当然です。私が言ってイルーラ姫に支払わせますのでご安心ください」

「はいっ。お願いしますっ。ありがとうございますっ」


 嬉しそうに礼を言うシャオナの横顔を見て、よかったと思う。

 慰謝料はともかく、これでシャオナはイルーラ姫の身代わりという辛い状況から解放される。本当によかったと俺も嬉しかった。


「ではさっそくシャオナさんの村へ行ってイルーラ姫を説得しましょう」

「えっ? でもルナリオさんは帰宅されたばかりではないですか。明日でも……」

「はははっ、お気遣いありがとうございます。でも大丈夫ですよ。シャオナさんも早く安心したいでしょうし、早いほうがいいでしょう」

「ルナリオさん……。すいません。ありがとうございます」

「ありがとうございますっ」


 俺とシャオナで礼を言う。


 本当に良い人だなルナリオ様は。

 まあこうだからエミーリア様を心配させてしまうのだろうが。


「いいえ。それよりシャオナさん、村への道案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「もちろんですっ」

「にーにとナナも行くぞ」

「えっ? でも俺たちが一緒に行く意味あるかな……」


 俺じゃ護衛どころかルナリオ様の足手まといになりそうなんだけど……。


「少し気になることがあっての。シャオナの村を見てみたいのじゃ」

「気になることって?」

「いや、ただの考え過ぎかもしれん。念のためじゃ」

「そっか。ルナリオさん、俺たちも同行していいでしょうか?」

「ええもちろん。でもシャオナさんを狙っている傭兵が現れるかもしれませんので少し危険ですよ」

「平気じゃ。むしろナナ達を連れて行ったほうが安全じゃぞ」

「ナナちゃん、俺じゃ護衛としてはあんまり役立てないよ」

「そういう意味ではない」

「?」


 どういうことだろう?

 まあ、ナナちゃんのことだし、なにか考えがあってこう言っているのだろう。


「俺も一緒に行くっす。これでも元傭兵っすから、皆さんを護衛しますよ」

「ありがとうございますハシュバントさんっ」


 元傭兵のハシュバントさんが一緒なら俺より頼もしい。だから一緒に来てくれると言ってくれてすごく心強い思いだった。


 ……


 屋敷の外へ出たルナリオ様と俺たちは、扉の前でエミーリア様とセルバートさんに見送られる。


「マオルドさん、ヘイカー様によろしくお伝えくださいね」

「はい、もちろん。いろいろとありがとうございました。エミーリア様」

「ええ」


 ……気のせいかな? なんだかエミーリア様の声に力が無い気がした。


「ではルナリオ様、馬車を用意いたしますので、少々お待ちください」

「うん。頼んだ」


 セルバートさんが馬車を用意しているあいだ、俺はエミーリア様にあることを聞こうと思う。


「あの、エミーリア様、ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「はい。なんでしょうマオルドさん?」

「私の母のことです。母はその……いつごろどのように姿を消したのでしょうか?


 ナナちゃんの話によれば母さんは魔界に連れ戻されたらしいが、一体いつごろ、どのように母さんは親父たちの前からいなくなったのか少し気になっていた。


「マオルドさん」


 俺の肩をハシュバントさんが叩く。


「団長はキーラキルさんについてマオルドさんになにも?」

「あ、はい。傭兵時代に出会った女性ということしか……」


 魔人と聞いたことは黙っていたほうがいいだろう。きっとそのことはハシュバントさんたちには話していないと思うから。


「そうですか……」


 エミーリア様もハシュバントさんも表情が暗い。答えづらいといった様子である。


 母さんは魔王によって魔界に連れ戻された。

 まさかその瞬間を2人は目撃したのだろうか。ならば母さんが魔人だと2人とも知っている……?


「キーラキルさんがどのように姿を消したかはあとで俺から話すっす。エミーリア様のお口から話されるのはつらいでしょうから」

「ええ、お願いします。ハシュバントさん」

「?」


 傍目に見えたエミーリア様の表情がひどく暗く落ち込んでいた。顔面は蒼白となり、今にも倒れてしまうのではと心配になる。


「あ、あのエミーリア様、お顔が優れないようですが、お身体の具合が悪いのでは……」

「え? あ、いえ、平気です。昨夜はよく眠れなかっただけですから」

「そうですか……」


 ……どうしてだろう?

 エミーリア様は母さんの話をするとあまり良い顔をしない気がする。


「……うん? どうやら馬車が来たようじゃぞ」

「あ、本当だね」


 道の奥から馬車に乗ったセルバートさんの姿が見える。

 やがて豪奢な馬車が目の前に止まった。


「では御者は俺がするっすよ」


 と、ハシュバントさんはセルバートさんから手綱を受け取って御者の台に腰を下ろす。


「ありがとうございますハシュバントさん。ではナナさん、シャオナさん、お先にどうぞ」

「あーい」


 返事をしてシャオナが馬車から下りている短い階段を踏む。

 続いてナナちゃんだが、


「ルナリオ、お前の仲間は馬車に乗らんのか?」

「えっ?」


 そう聞いたルナリオ様は驚いた表情をした。

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