第91話 祝勝会にて
――昨日の傭兵による盗賊討伐作戦は結果的に言えば成功した。
傭兵により各地の盗賊団は尽く討伐され、最大勢力であったデーモンアイも団長のピックラックを失ってほぼ壊滅状態とのことだ。
しかしこれで盗賊がいなくなったわけではない。数は大幅に減っても、盗賊は少なからず生き残っていることだろう。時が経てばいずれまたデーモンアイのような巨大盗賊団が現れることもある。未来永劫、盗賊の被害が無くなったわけではないが、少なくとも今は盗賊被害を大きく減らすことができた。国民の生活にとって、これは大きなことだと思う。
「これで戦争が終われば……」
国民は安寧な生活を送ることができるだろう。
ジャスティス本部の団長室でお茶を飲み、カップをテーブルへ置くとカナリアはため息を吐く。
盗賊の脅威が減った今、ジャスティスの戦力は戦争終結に向けて使いたい。だが、それはもう叶わぬこととなった。
国王の命により、ジャスティスは今日の酒宴を最後に解散することとなる。原因は姫である自分が盗賊の手により浚われかけたことにあった。
「私がカナリアであれるのは今日で最後……」
少しでも国の平和維持に貢献できれば。
そんな思いで立ち上げた傭兵団が無くなってしまうのは辛いことだ。自分が団長として続けるのは無理でも、平和のためにどうにか代わりの誰かに託したい。なんとかならないものか……。
――トントン
そのとき扉を叩く音が聞こえた。
「セルバートです。入ってもよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
扉を開けてセルバートが部屋へ入ってくる。
「カナリア様……いえ、エミーリア様とお呼びしたほうがよろしいでしょうか」
「今日まではカナリアでお願いします。セルバート」
「わかりましたカナリア様。そろそろ酒宴のお時間ですので、お迎えに参りました」
「はい。……セルバート」
「なんでしょう?」
「ジャスティスですが、どうにか残すことはできないでしょうか? あなたかもしくは幹部の誰かが団長になって」
「……私を含めジャスティスの主要な人間はもともとエミーリア様の護衛が役目にございます。私たちの誰かがジャスティスを引き継ぐことは国王様がお許しにならないかと」
「そうですか……」
わかっていた。
聞く意味など無い。それでも聞かずにはいられないほど、ジャスティスには未練があった。
「ですが適任にならば心当たりがひとり」
「適任……ですか?」
「はい。彼ならばカナリア様の意志を必ずや引き継いでくれるものと思います」
「彼とは……なるほど。そうですね。あの方ならば……」
「ええ」
セルバートの言う適任が誰なのかカナリアはすぐに気付いた。
そう、あの方ならばきっと自分の意志を正しく……いや、それ以上にジャスティスを正義として導いてくれるとカナリアは信じていた。
……
ジャスティス本部の大広間で酒宴が始まり、集まった傭兵たちにまずは盗賊討伐成功の報酬を支払う。ひとりひとりに労いの言葉をかけながら、カナリアの手から金を渡していく。
「あなたのおかげで盗賊の脅威は去りました。ありがとうございます」
「い、いえ、仕事ですから。カナリアさん」
金を受け取った若い傭兵は恭しく頭を下げて退く。
「カナリアさん」
「まあハシュバントさん」
赤子を抱いた少年が次いで目の前に立つ。
「おひさしぶり……あ、いや、そんなにひさしぶりじゃなかったっすね」
「ふふ、そうですね。はい、報酬です」
「あ、ありがとうございますっ」
袋に入った貨幣をハシュバントは片手で受け取る。
「少し多めに入れておきました。その子に栄養のあるものを食べさせてあげてくださいね」
「カ、カナリアさん……ありがとうございます」
頭を下げてハシュバントが退くと、次に立ったのはキーラキルであった。
「キーラキルさん、あなたには私や皆様を救っていただいた大変な恩義が……」
「仕事をしただけだ。それよりも早く金を寄こせ」
「あ、はい」
ふんだくるように金の袋を取ったキーラキルは足早に去って行く。
そして次にカナリアの前に立った男性。金を受け取るために並んでいた傭兵たちの最後がヘイカーだった。
「ヘ、ヘイカー様……」
「様なんてそんな大層なものじゃないですって」
「いえ、あなたがいなければ私は今頃どうなっていたか……本当に深く感謝しております」
深く頭を下げて感謝の意を示す。
「や、やめてくださいよ。俺は俺のしたいようにしただけですから」
「本当にやさしい方ですね」
頭を上げたカナリアはヘイカーの手を取って握る。
「あなたにお願いしたいことがあります。聞いていただけますか?」
「えっ? あ、はい。俺にできることでしたら」
彼の言葉を聞いてカナリアは息を呑む。
「ありがとうございます。実は……」
「はい」
「あなたにジャスティスを引き継いでいただきたいのです」
「えっ? ジャ、ジャスティスを俺に? どうしてそんな……」
「はい。残念ですが、国王の命により私はジャスティスの団長を続けることができなくなりました。私が本来の立場へ戻れば、セルバートや主要のメンバーである彼らも本来の役目に戻ってしまいます。そうなればジャスティスは解散となってしまうのです」
「国王の命で、ですか? あ、それってもしかして……」
「ええ、お察し通り、私の本名はエミーリア。この国の王女です」
これを聞いて彼はどんな反応をするだろうか?
畏敬して媚びへつらうような態度を取るか。それとも跪いて礼を尽くすか。
いずれにせよ寂しい思いにさせられるのは変わらない。
けれど彼ならば……。
期待と不安を胸に宿らせながら、カナリアはヘイカーの反応を待った。
聞いた彼は細い目を見開いて驚きを露わにするも、表情はすぐに穏やかな笑顔へと変わる。
「あーやっぱそうだったんですか。はっきりとはしてなかったんですけど……いや、驚きました」
今までと同じだ。
変わらない態度でいてくれてカナリアは嬉しかった。
「すいません。騙すような形になってしまって」
「いいえ。王女様が傭兵団の団長をやるのでしたら身分を偽るのは当然ですよ。けれど、どうして王女様が傭兵団の団長なんて?」
「……たぶん、ヘイカー様が傭兵をやっている理由と同じかと」
「俺と同じ?」
「人々の安寧な生活を守りたいからです。戦争や盗賊の被害で人々が苦しい生活を強いられているというのに、王女の私が城の中でなに不自由の無い生活を送っているなどできません。だから父上である国王様にお願いして、傭兵団を組織したのです」
「なるほど。カナリアさん……いえ、エミーリア様。あなたは立派です。本当に」
ヘイカーが微笑んで褒めてくれる。
それが嬉しくて、自然とカナリアの表情も微笑む。
「ふふ、立派なんて言われると恥ずかしいです。私は私のしたいことをしただけですから。ヘイカー様と同じです」
「はははっ、そうですね」
「はい。それと、私のことは今まで通りカナリアとお呼びくださっても構いませんよ。エミーリア様なんて堅苦しいですし」
「そうですか? じゃあカナリアさんで」
「はい。……あの、エミーリアって呼び捨てでもいいですよ」」
「そ、それはさすがにちょっと」
「そうですか……」
本当は本名で呼んでもらいたい。
そっちのほうがより近い関係に感じられるのだけど……。
「あ、じゃあエミーはどうですか? それなら呼びやすいかも」
「それがいいですっ」
思わず食いつくように声を上げてしまう。
「……あ、すいません。つい。嬉しくて」
「いいえ、そんなに喜んでもらえてよかったですよ」
「はい……」
本当に嬉しい。
エミーと親しみを込めて呼ばれることで、自分はヘイカーと近しい存在になれた。それが嬉しくてカナリアの胸は高鳴りに揺れていた。
「エミー……エミー……うん。ふふふ。友人のようですね」
「俺は友人のつもりだよ、あ、ですよ」
「本当ですか? 嬉しいですっ。じゃあもう敬語はいりませんねっ。普通にお話しくださいっ」
「えっ? でも……」
「私は誰にでもこういう話し方をしてしまうので治すのは難しいかもしれません。ヘイカー様は普段の言葉でお話しください。友人ですものね」
「あ、うん。じゃあ、わかった」
ああ、嬉しい。まるでヘイカー様と家族になれたみたい。
もっと仲良くなるにはどうしたらいいだろう?
頭はそればかりを考えてしまっていた。
「あ、っと……それでジャスティスを引き継ぐ件なんだけど」
「あ、そうでしたね」
話の本題はそれだ。
嬉しさに陶酔したまま、ついつい忘れてしまうところだった。
「国が後ろ盾となりますので、拠点や活動資金などの心配はさせません。もちろん強制ではありませんが、ヘイカー様にぜひジャスティスを継いでいただきたいというのが私の思いです」
「エミー……うん」
ヘイカーはなにかを決意したような眼差しでカナリアを見つめる。
その表情にドキリとしつつ、カナリアは彼の言葉を待った。
「友人の頼みだ。全力でやらせてもらうよ」
「まあ……」
この人ならきっとこう言ってくれると思っていた。
自分と志の近い……いや、同じ人だから……。
「けどひとつだけお願いしてもいいかな?」
「は、はい。なんでしょうか?」
まさかジャスティスを引き継ぐ代わりに自分との結婚を要求するのでは? そうだったらどうしようか? 王族が庶民の方と結婚をするなど父上が許してくれるはずは……。
「あの……」
「はいっ」
「傭兵団の名称を変えてもいい?」
「えっ? め、名称を?」
「うん。俺がジャスティス……正義なんて名称を背負うのは重い。俺は悪人を殺して真面目に生きてる人たちを守るだけで、善人や正義なんて大層なものになれるなんて思ってないから」
「悪人を殺して真面目に生きる人たちを守るのは正義ではないのですか?」
少なくともカナリアは正義をそういうものと考えていたが。
「俺は俺のやりたいようにしているだけだから、そういう身勝手なものは正義とは言わないんじゃないかなって思うんだよね。たぶん」
「……」
正義を行う者としてなんて意識の高い方だろう。
自分以上……いや、この人より強い正義の心を持った人はいない。そう確信できるほど、ヘイカーの言葉はカナリアの心を打つものだった。
「あなたは本当に素晴らしい心を持った御方です。ジャスティスは……いえ、新しい傭兵団はきっと私が団長を務めていたときよりも立派なものになると思います」
「いや、買い被りすぎだよ。けど、期待に答えられるように精一杯やらせてもらうよ」
「お願いしますっ」
想いを込めてヘイカーの手を握る。
彼の手から伝わる温もり。それはカナリアの心も熱くさせた。
「それで、傭兵団の新しい名称はどのようなものになりますか?」
「えっと……うーん」
と、しばらくヘイカーは考える様子を見せ……
「……ガーディアン、はどうかな?」
「ガーディアン……守護者、ですね。素晴らしいですっ」
良い名称だ。ヘイカーらしい。
「拠点はこの場所をお使いください。執事や庭師や調理人など、身の回りの世話をする者たちも用意いたしますので」
「いや、できるだけ自分でいろいろとやってみたい。拠点を探すところからね。なにかお世話になりたいときはこっちからお願いしに行くよ」
「そうですか……。ヘイカー様がそうおっしゃるなら……」
「うん。任せて」
「はい」
ニッと笑うヘイカーにカナリアは微笑みを返す。
この人に任せれば傭兵団は安泰だ。きっとこの国の平和に貢献してくれるだろう。
……しかしそう思う半面、彼に危険なことをしてほしくないという思いもあり、カナリアの心中は複雑であった。
「では引継ぎの細かい話などはあとにして祝勝会を始めましょうか」
「お、そうだね。長話でみんなをずいぶん待たせちゃった」
テーブルからグラスを取ったカナリアは前に進み出る。
「皆さま、昨日の大規模な盗賊討伐ご苦労様でした。今日は大いに飲み、食べて心と身体を十分に休めてください」
グラスを高々と掲げると、カナリアの言葉に答えるように傭兵たちの声が上がり、盛大に祝勝会が始まった。
「さあヘイカー様、ワインをどうぞ」
「あ、いや、ごめん。俺は酒だめなんだ」
「お飲みになれないのですか?」
「いや、そうじゃないんだけど、俺、酒飲むと酔ってるあいだの記憶が無くなっちゃうんだよね。酔ってるあいだのことなんにも覚えてないの。気が付いたらどっかで寝てるんだよ」
「そうなんですか。あ、じゃあこちらのぶどうジュースをどうぞ」
「ありがとう」
グラスに注いだぶどうジュースをヘイカーが飲み込む。
その姿をカナリアは頬を染めてうっとりと見つめていた。
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90話にも「いいね」をいただきました。ありがとうございます。