表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

91/101

第89話 救出の一瞬

 部屋の前に戻って来ると、ナナちゃんがゆっくりと扉を引いた。


「あ、ノックしないと……」


 しかし扉はすでに開いてしまい……


「う、うう……」

「えっ?」


 すすり泣く声。

 誰の声かとわずかに開いた扉の隙間から中を覗く。


「うっう……」


 泣いているのはエミーリア様だ。

 ひとりソファーに座り、両手で顔を覆って涙を流していた。


 どうしたんだろう? なにが……


「ヘイカー様……」


 親父?


「どうして……あなたは……わたくしの側には……ううっ」


 わからない。

 なぜエミーリア様が親父のことで泣いているのか。


「中に入らんのか?」

「あ、いや……」


 いま入るわけには……。


「マオルド様」

「えっ? あ、セル……」


 セルバートさんは自分の口元に人差し指を当てる。


「なにも聞かなかったことにしていただけますか?」


 小声でそう言われ、俺は黙って頷く。


 気にはなるが、こんなに神妙な表情で頼まれては了承するしかない。


 扉をそっと閉じた俺は、しばらくみんなとその場に立ち尽くして待っていた。


 ……


 やがて部屋に入った俺たちは元の通りソファーに座る。


「お湯はいかがでしたか?」

「あ、は、はい。とても気持ち良かったです。ありがとうございました」


 泣いていたせいか、エミーリア様の目は少し赤い。

 だがさっきまでの様子が嘘のように、表情は笑顔であった。


 なぜ親父の名を呟いて泣いていたのか?

 やはり気になる。しかしそれを平気で聞くほど俺は図々しくないし、平気で聞きそうなナナちゃんには失礼な問いを慎むようきつく言っておいた。


 このことは忘れよう。

 きっと俺が知るべきことではないのだ。


「あの、どうかいたしましたか? わたくしの顔になにか……」

「あ、いえ……なんでもありません」


 俺は慌てて顔を逸らす。


「そ、そういえばハシュバントさんはどちらに?」

「あ、えっと……」

「おトイレへ行かれました」


 エミーリア様の代わりにセルバートさんが答えた。


 ……それからしばらくしてハシュバントさんが戻ってくる。


「ではみなさん揃いましたので、話の続きをわたくしからしましょうか」

「あ、は、はいっ。お願いしますっ」


 いよいよ続きが聞ける。

 あれからどうなったのか? 先が気になっていた。


「すかー……」

「あれ?」


 寝息に気付いて隣を見ると、ぐっすりと眠りこけるシャオナの姿があった。


「この女は起きてるほうが珍しいのう」

「そ、そうだね。ははは……」


 シャオナはこの話にあまり関心が無いようだからしかたないか。


「ふふっ、では始めてもよろしいでしょうか?」

「あ、はいっ。もちろんですっ。お願いしますっ」

「では……」


 一呼吸を置いたエミーリア様の口から、過去が語られ始めた。


 ……


 ――ピックラックらデーモンアイの盗賊が馬で荒野を駆けて行く。

 その背後を金髪の傭兵がなんとか追い縋っているという状況であった。


「くそっ! あの女まだ追って来やがるっ!」


 カナリアをうしろ向きに抱えている巨漢の男が振り返りつつ、イラだたしげに言う。


 大勢いた盗賊もすでにピックラックと巨漢の男の2人だけ。ついて来ていた数人の盗賊らは矢で射られ3人は死んだ。残りの盗賊は金髪の傭兵のうしろから追ってきたセルバートと……ヘイカーだったか。その2人を攻撃に行った。

 セルバートとヘイカーはもう見えない。やられてしまったのだろうか?

 不安な思いに駆られながら、なにもできない自分をカナリアは不甲斐なく思う。


「うしろの2人を殺りに行った連中も戻って来ねぇっ! やばいぜっ! あの女に追いつかれたらっ! 団長っ!」

「男のくせにギャーギャー喚くんじゃないよっ!」


 明らかに動揺している巨漢の男をピックラックが大声で叱りつける。


「国境を超えればアーサルト王国の軍隊が待っているっ! そこまで行けばあたし達の勝ちだっ!」

「わ、わかってるっ! けどよっ……」


 じりじりとだが、うしろを走る馬はこちらとの距離を詰めている。

 途中で馬を替えたらしい。その馬はさっきよりも速かった。


「近付いてるっ! 間違いなくっ! あの女の馬は俺たちに近付いてきてるぜっ!」


 今までと違い、脚の速い馬は確実に距離を縮めて来ていた。


「いや追いつけないっ! 奴が追いつくより先にあたしらが国境を超えるのが先だっ!」


 余裕の声音でピックラックはそう叫ぶ。


 少しずつだが追いついて来ているのは確かだ。

 しかしそれは本当に僅か。なんとかそうだとわかる程度の迫り。

 あれはセルバートの馬だ。速いが体力に不安がある馬……。息の上がっている様子から、だいぶ消耗していることは明らかだった。


 追いつけない。


 なにかのきっかけで盗賊らの馬が減速でもしない限りきっと追いつけない。

 だがほんの少しでも馬の脚を遅くできれば……と、足をバタバタ振ってみるも、抱えている男は意にも介さない。腕は身体ごと抱えられているので指くらいしか動かなかった。


「もうすぐだっ! 国境は近いっ!」


 考えてみればデーモンアイのアジトはアーサルト王国の国境に近い位置だ。もしやの可能性を疑ってみるべきだったか。今さらではあるが……。


 ほどなくし国境を超えるだろう。

 自分はどうなるのか? 人質として戦争に利用される。

 この戦争はサタマイアが有利で、終戦は間近と聞く。もしもサタマイアの姫が人質に取られれば戦争は長引き、また多くの人が犠牲になるかもしれない。

 そんなのはダメだ。ダメだが……今はどうすることもできなかった。


「見えたっ! アーサルトの軍隊っ! あそこが国境だっ!」


 とうとうか。


 絶望にカナリアの首は俯く。


「あははははっ! あたしらの勝ちだっ! このクソおん……」


 ――後方から蹄の音。

 盗賊でも金髪の傭兵でもない。別の誰かが乗る馬がこちらに近付いてきている。


 そこからはほとんど一瞬だった。

 後方からやってきた誰か。カナリアの愛馬を乗りこなすその彼は金髪の傭兵が乗る馬をあっという間に抜き去ったと思うと、


「な、なんだてめえはっ!」


 巨漢の男が乗る馬の隣へと並び、手に持った弓に矢をつがえて狙う。


「こいつ……うしろから矢を射った野郎か。ちっ、こっちにはお姫様がいるんだぜっ! 撃てるもんかよっ!」


 片手を手綱から離した巨漢の男はカナリアの首を掴み、まるで盾のように矢の前へ突き出す。


「やってみや……ぐぁっ!」


 しかし躊躇など微塵も無く放たれた矢はカナリアの頬をわずかに掠めて男の眉間を貫く。

 絶命した男の手から解放されたカナリアの身体が地面に落ちようとしたとき、


「おっと」


 矢を放った彼の逞しい腕に抱えられる。


「ご無事で?」

「は、はい……」


 見上げて彼と目が合ったその瞬間、顔が熱くなるのをカナリアは感じていた。


「な、なんだっ!? まさかやられたのかっ!?」


 この状況に声を上げるピックラック。

 仲間に起こった異常を確認しようとしたのだろう。奴の馬は減速をしていた。


「はっ!? しまっ……」


 追いついた金髪の傭兵がピックラックの背後を脳天から斬りつける。

 馬上で真っ二つとなったその身体が左右に地面へと落ちた。


 カナリアの身体を抱える彼と金髪の傭兵が乗る馬の足が緩やかに止まっていく。

 こちらの状況を確認できたのだろう。遠目に映るアーサルトの軍隊が引いていくのが見えた。


「ふう……一件落着だな」


 彼は脚を止めた馬からカナリアを地面に降ろす。


「ヘイカー……様」

「様なんて上等なもんじゃないですよ」


 彼の笑顔に胸が高鳴り、それがなぜか心地良い。こういう感覚は初めてだった。


「まさか追って来るとはな」


 そう言いながらこちらへ馬を歩かせて来たのは金髪の傭兵……よく見ればキーラキルだ。

 追って来ていたのがまさか彼女であったとは少し驚いた。


「女の子が浚われて、女の子が追って行った。だったら男の俺がどっちも助けに行ってやらなきゃならないだろう?」

「私の強さを目にしてもそう思ったのか?」

「どんなに強くても君は女の子だ。女の子なら男に守られる義務がある。特にかわいい女の子はね」


 それを聞いたキーラキルは目を見開き、それから……


「ふっ」


 と、笑う。


「ただのナンパ男かと思っていたが、なるほど。ただの馬鹿だったか」

「惚れ直した?」

「惚れてたことが無い。しかしまあ……」

「うん?」

「……いや、なんでもない。お前は馬鹿だ」

「馬鹿か。まあ馬鹿だな。かしこくは無い。あははー」

「……」


 なにを思うのか、笑うヘイカーをキーラキルはじっと見つめていた。

ブックマーク、評価、感想ありがとうございます。^^

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ