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第88話 俺は普通の男なのに

 脱衣場に戻った俺は、畳んである白布を見つけると、それで身体を拭いてから服を着た。


「あれ? ナナちゃんは身体拭いた?」

「ナナはドレスの下に布を隠し持って行ったのじゃ」

「あ、そうなんだ」


 さすが抜け目の無い子である。


「私にちょっと待ってろだなんて言ってここで待たせといて、自分は先にマオルドさんとお湯に浸かっているんですからっ。ずるいですよーっ」

「待っていろと言われておとなしく待っているお前が馬鹿なんじゃ」

「馬鹿じゃないですよー。かしこくもないですけど……」


 自分で言って落ち込むシャオナ。


 ……どう見ても普通の……ちょっと抜けてる女の子だ。とても魔人だなんて思えない。けど、ナナちゃんは魔人の可能性があると言う。


 シャオナがナナちゃんを殺しに来た魔人? そんな馬鹿な。


 とても信じられなかった。


「んー? どうしたんですかー? マオルドさん? 私のことじっと見つめてー?」

「あ、いや……」

「私に見惚れてました?」

「そ、そういうわけじゃ……」

「いいですよー。いっぱい見惚れて」

「おっと」


 正面から抱きついてきたシャオナの身体を思わず両手で受け止めてしまう。


「くあ……」


 重装の鎧からとび出している胸が当たって……。

 それに湯で身体を清められたからか、女の子の温かく良い匂いが香しくてたまらない。


「にーにっ!」

「あいたっ」


 ナナちゃんに膝を蹴られた。


「だらしない顔をするでないっ! お前もにーにに抱きつくなーっ!」

「ナナちゃんがマオルドさんに抱きついていいなら、私だって抱きついていいんですーっ!」

「ダメじゃっ! にーにはナナのなんじゃっ!」

「誰のものでもないですっ! いえ、私のマオルドさんですっ!」

「なんじゃとこの牛女ーっ!」


 ぎゃんぎゃん言い争う2人。


 俺なんかのためにここまで感情的にならなくてもいいのに……。

 ともかく喧嘩は止めなきゃ。


「えっと……あっ。あ、あのさ2人とも、あそこにおもしろいものがあるよ」

「えっ?」

「なんじゃ?」


 俺の指差す方向へ2人は目を向ける。そこにあったのは……。


「あー姿見ですねー」


 全身を映しても余りある大きな姿見であった。


「鏡か。珍しいのう」

「そりゃそうだよ」


 姿見……鏡って言ったほうがおしゃれなのかな? これは貴族とかお金持ちだけが所有しているもので、庶民が滅多にお目にかかれるようなものではない。


 俺たちはその大きな鏡に寄って行き、じっくりと見つめる。


「ふぁー私ってこんな顔なんですねー。水面とかでたまに見ますけど、こんなにはっきり見たのは初めてですー。なんか感激しますっ」

「ははは、感激だなんて大袈裟だなぁ。まあわからなくもないけど」


 自分の顔をこんなにはっきり見ることができるのは確かにすごいことである。


「知ってましたけど、私ってすごい美人ですよね。胸も大きいですし、すっごく魅力的っ。ね、マオルドさんもそう思いますよね?」

「え、うん。シャオナはすごく美人で魅力的だよ。初めて会ったときからそう思ってたし」


 こんなに美人がこんなに親しみやすい性格とは思わなかったけど。


「あ、えと……」

「えっ?」


 なぜかシャオナは顔を真っ赤にして俯いてしまう。


「どうしたの?」

「え、だ、だって、すごく真剣な顔で答えてくれるから……」

「そりゃ本当のことだし」

「あ、じゃあ私のこと魅力的な女の子って思ってくれてるんですね?」

「うん」

「えへ、よかった」


 頬を染めた顔でシャオナは微笑む。


 笑った顔も綺麗だな。

 こんな子が俺の側にいるなんてちょっと不思議な気分だ。


「にーにっ」

「えっ? どうしたのナナちゃん?」


 ズボンを引っ張られて見下ろす。


「ナナのほうが美人じゃろ? そうじゃろ?」


 ナナちゃんももちろん美人だ。まあこの子はまだかわいいと言ったほうが適当だけど、美しい女の子であることには変わりない。


「ナナちゃんも美人だよ」

「ナナのほうが美人なんじゃ。そうじゃろ? そうだと言うのじゃ」

「どっちが美人とか言ったら喧嘩になるでしょ」

「ふむ。だから口にはしないということか。そうじゃな。言えばシャオナは怒るじゃろうしな」

「怒るのはナナちゃんのほうじゃないですかー?」

「それはどういう意味じゃ?」

「頭の良いナナちゃんなら言わなくてもわかりますよね」

「お前、ナナに喧嘩を売っておるのか?」

「マオルドさんは私のほうが綺麗だと思ってますよ。ナナちゃんよりずっとずーっと」

「そんなわけないじゃろっ! にーにはナナのほうが綺麗で美人じゃと考えておるんじゃっ!」


 俺を挟んで2人は睨み合う。


 俺なんかを理由になんでこんなに喧嘩するんだろう? ルナリオ様とは違って、俺なんてどこにでもいる普通の男なのに。


 目の前にある鏡を見つめながら思う。

 綺麗な2人のあいだに立っているのは冴えない男だ。足は短いし胸毛は生えているし、おまけにほんのちょっぴり髪の毛が薄くて額が広め。


 顔は……親父に似ているな。


 母さんは美人だったらしいけど、俺にその要素は無い。エミーリア様も言っていたが、俺はやはり親父に似ているようだ。けど、


 親父はどことなく愛嬌のある顔をしているけど、俺はなんか厳ついな。


 よく言えば男らしいか。髭もちょっと濃いし。


「ん? どうしたんじゃにーに? 鏡を見ながら呆けおって」

「あ、いや……」


 下からナナちゃんに。左からシャオナに見つめられながら俺は自分の頭を掻く。


「どうして2人は俺なんかを好きになってくれるのか……不思議に思って」

「変ですか?」

「変だよ。2人はすごく綺麗なのに俺みたいな普通の……美しくない男を好きになるなんて……」


 2人が宝石なら俺は石ころだ。まったく美しくない。


「なにを言ってるんじゃにーには?」

「えっ?」


 見上げるナナちゃんが俺の手を掴む。


「にーには男じゃろ。美しい必要など無い」

「で、でも……」

「美しさは女の役目じゃ。男は強く、自分の女にやさしくあればよい」

「そうかな? けど俺そんなに強くないよ。ルナリオ様のほうがずっと強いし、きっと俺よりも好きな女性にはやさしいと思うな」

「マオルドさんもやさしいですよっ」


 と、シャオナが反対の手を握って言う。


「ルナリオ様がやさしい人でも、マオルドさんよりっていうのは無いと思います、私」

「シャオナ……」

「あとマオルドさんはルナリオ様よりずっと声が低くてシブいところも素敵ですっ」

「えっ? 俺って声が低いの?」

「低いのう。男らしい声じゃ」


 他人に聞こえる自分の声は違うとか聞いたことあるけど……シブいっておっさんみたいってことなのかな。なんかそれって落ち込むなぁ。


「それにルナリオ様はその……マオルドさんと違って刺激されないんですっ」

「刺激されないって?」

「母性本能をですっ」

「母性本能っ?」


 えっ? なに言ってるのこの子?

 母性本能ってあれでしょ。子供を守りたくなる女性のサガみたいな……。


「マオルドさんはなんか守ってあげたくなるんですっ。私が側にいてあげなきゃ心配みたいな」

「それって俺が頼りないってことじゃ……」

「おお、なるほど。そういうことか」


 ナナちゃんが嬉しそうな声を上げる。


「にーにには不思議な魅力があると思っておったが、そうじゃ。母性本能というやつじゃ。側にいて助けてやらねばと思える魅力があるんじゃよ。にーにには」

「そうなの? なんか格好悪いなぁ……。というか、いくら俺でも女の子に守ってもらわなきゃならないほど弱くはないよ」


 ティアは別として……。


「にーには危ういところやだらしないところがあるからの。ナナがしっかり見ててやらねばならん」

「ナ、ナナちゃん……」


 それを言われると言い返せない。ナナちゃんのほうがしっかりしてるし。


「私もマオルドさんがあぶないことしないように見張っててあげますからねっ」


 あぶない目にあってる原因のいくつかは君にあるんだけどね……とは言わなかった。


「いやシャオナのほうがよっぽどあぶなっかしいと思うけど……」

「でもマオルドさんもあぶなっかしいですよ。平気で危険なことしちゃいそうですっ」

「そ、そんなことは……無いとも言えないか」


 しかし母性本能を刺激されるか。

 好きになってもらえるならもっと格好良い理由がよかったなぁ。


「お前はなにもせんでよい。にーにはナナが面倒見るからの」

「いーえっ。マオルドさんの面倒は私が見ますからっ。だいたいナナちゃんの未熟な身体じゃ、マオルドさんは母性を感じてくれませんよ。こういう身体でなきゃ」


 と、シャオナは俺の頭を胸に抱く。


「お、おお……」


 しあわせな感触。

 こうされると嬉しすぎていろいろどうでもよくなっちゃう。俺って本当におっぱいに弱いな。いやおっぱいに強い男などいない。男はみんなおっぱいに弱いのだ。特に大きなおっぱいに。


「マオルドさん、母性は私のほうにいっぱい感じますよね」

「うん、おっぱい感じる」


 あ、今の俺、すごく甘えてるな。

 物心ついたときには母さんがいなかったから、女性に母親を求める部分があるのかもしれない。


「にーにっ! がぶっ!」

「ぎゃっ!?」


 ふくらはぎに感じた鋭い痛みに驚き、シャオナから離れて足元を見下ろすと、俺の脚に噛みつくナナちゃんの姿がそこにあった。


「むー……くぱ、ふは……にーにはこれだからナナが側にいてやらねばならんのじゃっ!」

「め、面目ない……」


 大きな声で叱られて俺はうな垂れる。


「確かにマオルドさんはおっぱい好き過ぎですよね。私より大きい人がいたらそっちの人を好きになっちゃったりするかも」

「そ、そんなことないよっ」


 そんなに単純じゃない。

 それにシャオナよりって、さすがに大き過ぎるしたぶんいないと思う。


「ともかくの、にーにが女のように美しい必要は無い。男らしく男らしい外見と性格がにーにの魅力で、ナナはそれを美しいと思うのじゃ。少し頼りないところもの」

「頼りないところも魅力、か」


 女の子って男の良いところばかりに魅力を感じるわけでもないんだな。……いや、ナナちゃんとシャオナが変わり者なだけか。実際、他の女の子にはまったく好かれたことないし。


「納得いかんか?」

「まあ……だって、俺のこと好きだなんて言ってくれる女の子は2人くらいだし。やっぱり普通の女の子はルナリオ様みたいな外見の男性が好きだと思うよ」

「2人? いや、まあそれはよい」

「?」

「光り輝く宝石と同じじゃ。通常の女は男の魅力と単純な美しさを混同して考え、宝石でも欲するように男を求める。しかし男は強く、自分の女にやさしければ良いのじゃ。女のような美しさなどいらん。男の魅力とは、女に無いものなのじゃからな」

「母性を刺激すると尚魅力的ですっ」

「なるほど」


 確かに親父も顔は良いわけではないが、美人らしい母さんに愛された。だったら俺がナナちゃんとシャオナに好かれても変じゃない? いや、母さんもこの2人も変わり者なだけかも……。


「まあ……それはともかく戻ろうか」

「そうじゃな」

「です」


 俺は2人を連れてエミーリア様のいる部屋へ戻ることにした。

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