第87話 シャオナは魔人かも?
シャオナが魔人?
聞き違いじゃない。ナナちゃんは確かにそう言った。
「んーんー?」
なぜそんなことを言ったのか?
発言の真意を問いたいが、口に押し付けられる柔らかいなにかがそれを阻む。
「ん……ふぅ、わき腹の傷じゃ」
「ん?」
「父上の作った人間。つまり魔人はロクナーゼの作った人間よりも優れていることは話したの」
「ん」
「はふ……ん、魔人は傷の治りが早い。シャオナの負った傷は、魔人でなければ完治までもっと時間がかかるはずなんじゃ。しかしわき腹の傷は跡すら残らず綺麗に治っていた……んぅ」
言われてみれば確かに普通ではない。
けどティアみたいに生まれつきやたら身体能力の優れた人間もいるし、魔人でなくても傷の治りが早い人間もいるのではないだろうか。
「んーんん?」
「あぅ、ん……う、うむ。魔人でなくもそういう者がいるかもしれんという疑問はもっともじゃ。しかし確率は低い。そんなのは滅多にいないはずじゃ。シャオナがその稀な存在という可能性もなくはない」
「んー」
「傷の件だけなら……んんぅ……その可能性を信じてもよかった。だがあの女はもうひとつ、魔人を疑う理由があるんじゃ」
もうひとつ? とは……なんだろう?
あのおっきな胸? いや、そんなわけないか……。
「今は暑い季節じゃ」
「ん?」
なんで急にそんな話を?
「変に思わんか? この暑い季節の中、シャオナは全身を鉄の鎧で覆っていたんじゃぞ。暑さに呻くことも無く、脱いだときは汗すらほとんど掻いておらんかった」
「んんー?」
「あっ、ふう……じ、自分ではわからんと思うが、半魔人は暑さや寒さなどに強い。魔人はさらにじゃ。暑さに呻くこともなければ、寒さに凍えることも無い」
そういえば他の人たちが汗だくになるような暑さでも、俺はそうでもない。自分は暑さに強いんだなくらいにしか考えていなかったが、そういう理由があったのか。
「傷の治り、暑さへの強さ。この2つを魔人と同じように持った者が、この世界に生まれる可能性を無いとは言わん。しかし魔人である可能性も疑えるんじゃ」
「んー……」
ならシャオナは魔王の子で、ナナちゃんを連れ戻しに来た? ……いや、兄弟姉妹ならナナちゃんが知っているはずだ。なら……。
「あれが魔人ならば、父上の血から作り出された奴か……。しかしどういう意図があってあの程度の魔人を父上は寄こしたのじゃ? いやまさかもしかしたら……」
「ん? んん?」
「あふっ」
ナナちゃんが変な声を出す。
どうしたの? と問いたいところだが、柔らかみに口を閉じられて息すらほとんど出ない。
「ん、ふぅ……まあなんにせよ、とりあえずは様子を見ようかの。魔人でない可能性も無くはないからの。しかし確信があれば、放置というわけにもいかん」
「ん?」
「始末するべきじゃろう」
「んんっ!?」
「ひふっ!」
なんか時折、変な声出すなナナちゃん。いやそれよりもシャオナを始末って……殺すということだろう。そんなことはできない。
「はぁ……ふぅ……わかっておる。にーにはシャオナを殺すことはできんじゃろう。安心せい。あの女を殺すのは殺せる者に任せる」
殺せる者って……誰だ? ハシュバントさん? まさかルナリオ様? いや、誰にせよシャオナを殺させるなんて……でももし彼女がナナちゃんを連れ戻しに来た魔人だったら俺はどうしたら……。連れ戻しに来たのならまだいい。ドラゴドーラのように殺す気で来るかもしれないんだ。そうなったら俺はナナちゃんを守るためにシャオナを……。
「……」
「そう落ち込むな。魔人でない……かもしれないんじゃ」
まあ……そうか。その可能性をまずは信じてみよう。
「さて大事な話のひとつ目は終わりじゃ」
「ん?」
そういえば大事な話は2つって言ってたっけ。
またこういう辛い話だったら嫌だなぁ。
「こっちのほうが重要じゃ」
「んーんん……」
「ん……んぅ……あぅ」
やっぱり変な声出すなぁ。本当にどうしたんだろう?
「2つ目の大事な話とはの」
「ん」
「にーにが女の大きな胸に魅了され過ぎということじゃ」
「んんっ」
大事な話ってそれっ?
驚きを声にしたいが、ますます強く柔らかみを口に押し付けられる。
「はひぃ……う、うん。ま、まったくにーには、またしてもシャオナの前でだらしない顔を晒しおって。ナナの言ったことを忘れたか? ナナだけを女と思うのじゃ。そうすれば他の女を相手にだらしない顔など晒すことはなくなる」
「ん、んん」
「ふぐ……っ、む、むう……まあ、ナナの身体はまだ幼いし、今はまだしかたないからまあよいとも言ったのは確かじゃ。だがやはり解せん。大好きなにーにが他の女に魅了されるというのはまったく不愉快極まりないのじゃ」
「んー……」
ナナちゃんに不快な思いをさせてしまうのは心苦しいことだ。だからと言って、どうにかできるほど簡単なことではないのだが。
「どうしたらにーにを今すぐにナナだけの男にできるんじゃろうな? ナナがこれだけ考えてもわからないということは、これはすごく難しいことなのじゃ」
考えているのか、ナナちゃんは黙ってしまう。
俺にとってはそうでもないけど、ナナちゃんにとっては大事なことなんだろうな。
ナナちゃんだけの俺ってことは恋人とかそういう関係になるわけで、この子がかしこくて大人っぽいのはわかるけど、8歳の幼女とそうなるのはやっぱり抵抗がある。もちろんナナちゃんのことは好きだけど、恋人になってあげるのは難しいかも。何年か先にってことならわからないことだけど……。
「ナナが大人になるまでにーにをどこかに監禁しようかの」
「んーっ!?」
そこまでするっ?
この子は本当にやりそうな雰囲気があって怖い。
「ん、ふっ……んんぅ……ナ、ナナ以外の女をこの世から消し去れる方法があればいいのじゃが」
「んー?」
なんか口のところが濡れてきた? いやまあ、さっきまで湯に浸かっていたからもともと濡れているんだけど、それとは違う湿りを唇に感じるような……。汗かな?
「ひぅ……っ、ううっ……はあ……」
ぬるぬるして……ちょっと良い匂い。というか口元がびしょびしょなんだけど。
湿りを拭おうと、舌が自然と唇から生え出る。が、舌先が触れたのは、口元ではなく押し付けられる謎の柔らかみであった。
「ひゃあっ!?」
「ん?」
ナナちゃんが甲高い声を上げる。
「はふぅ……んんっ……な、なにをしたんじゃ……ふう……にーに?」
「?」
なんだろう? なにか声がすごく熱っぽくて興奮している様子だけど……。
「いや、感触から察して、舌で舐めたのじゃな。ふむ。これはすごい。もっとしてよいぞ」
「ん?」
なんで?
まあいいかともう一度、柔らかみを舐める。
「ひうぅっ!」
また甲高い声で叫ぶ。
本当にどうしたんだろう?
「はぅ……うう……んっんん……もっとじゃぁ」
そうナナちゃんが疲れ切ったような声で言ったとき、
「あのー……マオルドさんにナナちゃん、まだですかー? 私もう服も鎧も着ちゃったんですけどー」
シャオナの声と共に脱衣場と湯殿を繋ぐ扉がトントンと叩かれる。
「んんー」
「はぅ……むぅ……じゃ、邪魔が入ってしまったのう」
柔らかみが唇から離れ、小さな足音が遠ざかっていく。
「ナ、ナナちゃん?」
どこへ行ったのかな?
「いつまで目を瞑っているんじゃ」
「えっ? でも……」
「もう服は着ておる」
言われて目を開くと、ドレスを着たナナちゃんが俺を見下ろしていた。
「あ、ナナちゃん……。っと」
俺は自分が裸だということを思い出し、慌てて股間を両手で覆う。
「今さらなにをしておる」
「は、はは、まあそうだね」
とは言え、丸出しでは恥ずかしい。
俺はよいしょと身体を起こす。
「マオルドさーん」
「あ、はーい。今行くよー」
というか、シャオナが脱衣場にいたら裸見られちゃうんだけど。まあこれも今さらか。
「……あれ? なんかナナちゃん、顔赤くない?」
頬がほんのり赤い。少し呼吸も荒いような気もした。
「うむ。すごく良かったのじゃ」
「良かったって……そういえばなんか声が変だったけど大丈夫? どこか具合が悪いんじゃ……」
「平気じゃ」
「そう。ならいいけど……あ、ところで俺の口になにを押し付けてたの? 腕? 脚?」
だとして、なんのためにそれで口を押さえていたのか謎だが。
「教えてもよいが、そうしたらもう二度と同じことはしてやれなくなるがよいかの?」
「えっ? そうなの? どうして?」
「どうしてもじゃ」
「そ、そうなんだ……」
よくわからないけど、そういうことらしい。
なにを押し付けられていたのかは気になるけど、さっきのは気持ち良かったしまたしてほしいな。
「どうするんじゃ? 教えてほしいのかの?」
「あ、じゃあ……いいや。うん。気にはなるけどね」
「うむ。わかったのじゃ」
そう言って頷いたナナちゃんは、どことなく嬉しそうであった。
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